第14話 由美のお母さん

「あれ、賢治くん?」



 俺は、急に後ろから名前を呼ばれ振り返る。

 そこにいたのは思いもよらない人だった。



「やっぱり賢治くんだ。懐かしいわねぇ〜。何年ぶりかしら?」



 楽しそうにそんなことを話しているのはゆっちゃんの母、白神愛菜しらかみあいなさんだ。



「どうしたの?そんな鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして?」

「い、いえ、その、声を掛けられるとは思ってもいなくて……」

「なによ〜。昔、よく家に遊びに来てたじゃない。忘れるわけないでしょ。」

「は、はは、そうですか。」

「賢治くん、あの後は大変だったんでしょ?お父さんとお母さんが離婚しちゃってお父さんの方に連れていかれちゃったって聞いたけど……」

「え、ええ、まぁ、そうですね。ですが、今は父さんも再婚して楽しくやっていますよ。」

「ふふっ、なんだか全然見ないうちに変わっちゃったわね。」

「そうですか?」

「そうよ〜。なんだか、大人っぽくなったって感じ。」

「ま、まぁ、そりゃ、何年も経ってますからね。」

「たしかにね。あっ、由美を連れてくるわね!」

「い、いえ、その……大丈夫です。」

「え〜、久しぶりに3人で話したくない?」

「た、確かに話したいですがその……」

「もしかして……うちの娘、あなたが昔遊んでいた賢治くんってことに気付いてないの?」

「恐らくですが………」

「もぅ〜!あの娘ったら何をやってるのかしら!ごめんね、賢治くん。」

「い、いえ、大丈夫ですよ。」

「一応聞くけどあなたはうちの娘が誰なのか分かる?」

「え、ええ、それはもちろん。」

「それは良かったわ。それでなんで賢治くんはうちの娘と話さないの?」

「話さないというかなんというか………結構時間が経っちゃってゆっちゃ……由美さんが俺のことを忘れられていると思うと話しかけるのが怖くて……実際俺の姿を見てもどうとも思っていないようでしたし。」



 言葉にしてきたらだいぶ分かってきた。

 俺が怖いのは俺のことを認知されていないことを知るということよりも俺との思い出がゆっちゃんの中でもう昔の話で忘れ去られているということを知るということだ。



「さすがにそんなことは無いと思うけど……まぁ、うちの娘のせいでそう思わせているのよね。じゃあ、私からそっと賢治くんのことを言っておきましょう。」

「あ、いえ、それも大丈夫です。」

「なんで?」

「正直、今知られてもたぶん由美さんのことですから申し訳ないと思って逆に距離が開くような気がするんです。」



 俺の知っているゆっちゃんなら。



「あ〜、確かにそうなりそう。………じゃあ、賢治くんはまた、1からうちの娘と接するつもり?」

「はい、そうしようと考えています。それになんか過去を引き出すのって今の由美さんの周りに失礼な気がするので。」

「え?なんで?」

「由美さんにはもう中学からの友達がいるでしょうからそこに昔の幼なじみだからってズケズケと入るのはちょっと気が引けるんですよ。」

「う〜ん、そうかしら?結構賢治くんって卑屈なタイプなのね。」

「それは昔からよく言われます。」

「賢治くんは、考えすぎな気もするけど……まぁ、人付き合いなんて人それぞれだものね。でも、これだけは言っておくわね。私は、賢治くんと由美が昔みたいに仲良くするのを楽しみにしてるって。」

「………頑張ってみます。」



 俺だって昔のように仲良くしたい。

 正直、ここの高校に通うことに決めたのもゆっちゃんがいるかもしれないと思ったからだ。

 でも、昔のようにって思ってるのは俺だけでゆっちゃんの方は変わってきているんだ。

 なら、俺も昔を思っていてはいけない。



「それじゃ俺は、家族を待たせているんで。」

「ごめんなさいね、引き止めちゃって。賢治くん、高校生活、楽しんでね。」

「はい。」



 俺の返事を聞いた愛菜さんは手を振って去って行った。



「それにしても久しぶりにゆっちゃんのお母さんに会ったな。覚えてくれていたんだ。」



 俺は、懐かしいと感じるよりも自分のことを覚えていてくれた人がいて嬉しいと感じた。

 それから俺は、気分を良くしてみんなの元へと戻っていった。





 一方その頃………



「ちゃんと賢治くんに会ってきたわよ。」

「あ、ありがとう〜。」

「はぁ、あんたから会えばいいじゃない。」

「だ、だってぇ〜、緊張しちゃうんだもん〜。」

「はぁ、あんたときたら………」

「で、でも、のおかげでたぶん少しは昔のようになれるようになったかも。」

「はいはい、そうだといいわね。あ、でも、賢治くん、こう言ってたわよ。また1からあなたと話していくって。」

「え……ええっ!こ、困る!」

「あんたが変な態度取るからよ。そもそもなんで最初、会った時、無視して来ちゃったのよ。」

「だ、だって、この街で見かけた時に帰ってきてくれたんだ、嬉しい!って思っちゃって何も話すことが浮かばなくて……もしかしたら、私のことを覚えてないかもって思っちゃって話し掛けるのが怖くなっちゃったの。」

「だからって無視は酷いわよね〜。まぁ、賢治くんも話し掛けてないんだけどねぇ〜。」

「で、でも、今度は大丈夫!明日は話せると思う!」

「はいはい、応援してるわよ〜。」

「うん、ありがとう!」



 そんな話がされていた。

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