第5話 喫茶店の店員さん

 俺は、運ばれてきたミートソースパスタには手を付けず目の前に座る今さっきまで女性店員だった人を見つめる。

 今さっきまではこの喫茶店の可愛らしいフリフリとした制服を着ていたが今は、清楚さを漂わせる少し薄い水色の服を着ている。

「あ、別に私に気にせず料理食べていいからね。せっかく熱々なのに冷めちゃったらもったいないから。」

 と、その女性は申し訳なさそうな笑顔で俺にそう言った。

 ここで食べることを躊躇うと女性の方が申し訳なさを感じてしまうだろう。それに美味しいうちに食べないと作ってくれた人に対して悪い。

 なので、ここは遠慮せず食べることにしよう。

「それではいただきます。」

 俺は、合掌をしてフォークを持ちパスタを食べる。

「どう?美味しい?」

「はい、とても美味しいです。」

「ふふっ、それなら良かった。」

 ここで働いている店員だからだろうか、俺が料理を褒めると嬉しそうに微笑んだ。

「……それよりもすいません。俺のためにわざわざ時間を頂いて。」

 俺は、パスタを食べる手を一旦止め頭を下げる。

「ううん、気にしないで。私、こういうことにはすごい気になっちゃうタイプだから。……だから、ちょっとお話聞かせてもらってもいいかな?」

「はい………と、その前に自己紹介をしないとですね。俺は宮村賢治って言います。15歳です。」

「そうだったね、私は佐藤綺音さとうあやね。歳は16歳だから宮村くんより1個歳上だね。よろしく。」

「あ、はい、佐藤さんですね。よろしくお願いします。」

(やっぱり、歳上だったか。)

「それじゃ、早速お話聞かせて。」

 佐藤さんは、早くと急かしているように俺を促す。

「……えっと……それじゃ、まずは結構前のことから話しますね。」

 俺は、せっかく話を聞いてくれるんだからと思い、ゆっちゃんの名前を伏せて過去のこと、そして、俺がこの街にやって来たことの意味を全て話した。

「宮村くんは、その幼なじみとの約束を守るために1人でわざわざこの街に来たんだ。すごいね!」

 佐藤さんは、驚いたという表情で目を見開いて俺を見る。別に馬鹿にしているというわけではないのは佐藤さんの瞳で分かる。ただ、純粋に驚いているのだろう。

「……そうですかね。俺は、今までその子との約束を守るためだけに生きてきたんですよ。だから、それが当たり前みたいな感じなんですが……」

「いやいや、当たり前なんかじゃないよ!ものすごくすごくて素敵だと私は思うわ!」

「……そんなに言って貰えて嬉しいです。ありがとうございます。話しを続けますね。それで俺、ずっとその子のために頑張ってきて、この前高校入試の時にようやくその子と出会えたんです。」

「おおー!良かったね!運命の再開かな?」

「………ははっ、どうでしょう。」

「ん?どうしたの?その子と会えたんでしょ?」

「会えたのは会えたんですが……もしかしたら俺のことを覚えてないかもと思ったらつい足がすくんじゃって声が掛けられなかったんです。それにその子の隣に男の子がいて……もしかしたら付き合ってるのかなって……」

「あ………そ、そういうこと……それでもしかしたらのことを考えちゃって今さっき泣いてたの?」

「は、はい、お恥ずかし限りです。」

 その場には途端に沈黙が訪れる。

 周りは、お客の喋り声や食事の音が聞こえている中、俺たちのところだけ無音である。

「あ……えっと……すいません、変な空気にしてしまって。」

 俺は、変な空気にしてしまったことをすぐに謝る。

「う、ううん、別に大丈夫だよ。それよりも宮村くんは、親とここに来てるの?」

「いえ、一人暮らしです。まぁ、一人暮らしと言っても一年後にすぐに妹が俺のところの学校に入るつもりなのでたった1年間だけですが。」

「そうなんだ、大変そうだね。」

「そうですね。まずは、この街に何があるのかとか色々覚えたりバイトも探さないといけないし。」

「あっ!バイトの件ならこのお店でやらない?この頃人手が不足してたから。時給もいいし、まかないもあるし、テスト期間になったらちゃんと休ませてくれるよ。……って、ごめんね。急に勧誘なんかしちゃって。」

「い、いえ!バイトもいつかは始めないといけないと思ったので、助かります。高校を入学して少し慣れてから面接に来てもいいですか?」

「ホントに来てくれるの?嬉しい!ありがとね、宮村くん!」

 佐藤さんは、すごい嬉しそうに喜んでいる。そんなに人手不足だったんだろう。これは早いところバイトをしないといけないのかもしれない。

「そう言えば宮村くんってどこの学校に行くの?」

「ここから近くにある城ヶ崎高校ってところですね。」

「ええ!そこって私と一緒の学校だ!すごい偶然!それじゃ、これからは学校でも会えるんだ!」

「そうなんですか?頼れる先輩がいて心強いです。」

「そ、そんな、頼れる先輩だなんて。でも、困ったことがあったらいつでも言っていいからね。」

「ありがとうございます。佐藤さん……いえ、佐藤先輩。」

「せ、先輩か……」

 佐藤先輩は、少し照れくさそうに目を逸らした。

「そ、それじゃ、バイトのことは学校で話すね。」

「はい、ありがとうございます。」

「って、つい話し込んじゃった。ごめんね、せっかく注文したのに。冷めちゃったよね?」

 佐藤先輩は、俺の前にあるパスタを見ながらそう言った。

 俺は、話に夢中になってパスタのことを正直忘れていた。

「まぁ、多少冷めてても食べられますから大丈夫ですよ。」

「で、でも……」

「それに残すわけにはいきませんからね。」

「………なら、なにかお詫びに奢ってあげるよ。何がいい?」

「べ、別にいいですよ!気にしなくても。」

「いいから、いいから。私もお腹空いちゃったし、なにか頼もっかな。」

 佐藤先輩は、そう言ってメニューを見る。

「ほらほら、宮村くんも遠慮しないで!」

「………そ、それでは………デザートとしてこのケーキを頼んでもいいでしょうか?」

 俺は、デザート系のメニューの中で1番安いものを選んだ。

「もちろんいいよ。」

「ありがとうございます、佐藤先輩。」

 俺は、申し訳ないと思いながら感謝の言葉を述べた。

 それから佐藤先輩がメニューとにらめっこをしている間、俺は少し冷めていたパスタを全て食べ尽くした。

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