第3話 旅立ち
高校入学式、二週間前。
俺は、あっちの街で一人暮らしをすることが決まり今日はその出発日だ。まぁ、一人暮らしと言っても来年、琴音がうちの学校に入学するまでのたった一年だ。琴音ならあれくらいの入試なら落ちることはないだろうと確信している。
もうそろそろ家を出ないと電車に乗り遅れてしまうだろう。
(だと言うのに……)
「お兄ちゃん、忘れ物はない?」
「ああ、大丈夫だよ。昨日、何回も確認しただろ?」
「で、でも………うぅ、やっぱり心配だな〜。」
「琴音、もう俺も居なくなるんだからその心配性も少し改善した方がいいぞ。」
「あ、それなら大丈夫。私、お兄ちゃん以外の人のことはあまり気にしてないから。」
「気にしなさい。」
平然とそんなことを言う琴音のおでこに軽く拳をコツンと当てる。
「いたっ」
「痛くないだろ。」
「えへへ〜。」
(ん?何か忘れてるような……)
「って、そろそろ出らないと本当にヤバい!琴音、俺はもう行くぞ。」
「あ、待って、お兄ちゃん。私も駅までついて行く。」
(まぁ、駅までついてくるくらいなら別に構わないか。)
俺と琴音は、少し急ぎながら玄関へと向かう。
玄関で靴を履き終わるとそこに母さんがやって来た。
「賢くん、気を付けてきてね。入学式、絶対に行くからね。」
「ははっ、別に無理してこなくていいよ、母さん。」
「絶対に行く!」
母さんに言ったつもりが隣の琴音が反応してきた。
「ふふっ、だそうよ、賢くん。」
「あはは……それじゃ、そろそろ行かないとヤバいんでもう行くね。」
「ええ、また入学式でね。」
「うん、じゃあね。行ってきます。」
「行ってきま〜す!」
俺と琴音は、母さんに見送られながら家を出た。
そして、家から駅まで10分の道のりを琴音と一緒に歩く。
「………こうしてお兄ちゃんと二人っきりで外に出かけるなんてこと滅多に出来なくなっちゃったのか。」
琴音が悲しそうな表情で呟く。
「……何言ってんだ。長期休暇の時はちゃんと帰ってくるよ。その時に一緒に出かければいいだろ。」
「………うん……でも、やっぱり少し寂しいかな。」
「………分かった、なら、毎日学校から帰ったら電話掛けてあげるよ。」
「ホント!?絶対だよ!約束!約束だからね!毎日だよ!」
琴音は、念を押すように俺に詰寄る。
「分かった、分かった。もし、俺が掛けなかったらそっちから掛けてくれ。」
「うん!絶対に掛ける!」
そこまで言うと琴音は、ようやく笑顔を見せてくれた。
そこからこれと言って重要な話なんかせずにただ世間話程度のことを話しながら駅へと向かう。そして、歩き続けて10分。駅が見えてきた。
「……もう着いちゃった……」
「それじゃ、切符買ってくるな。」
俺は、琴音にそう言って切符販売機へと向かう。
そして、家に一番近い駅の切符を買う。
「……買い終わったからそろそろ行くな。」
俺がそう言って駅の改札口を通ろうとした瞬間、服の袖が引っ張られた。
「……お兄ちゃん……電話、ちゃんとしてね?」
「ああ」
「……怪我とかには注意するんだよ?」
「ああ」
「……困ったことがあったら絶対に私たちを頼ってね?」
「ああ」
「……絶対に……来年、合格するから。待っててね。」
「ああ」
「……お兄ちゃん……あのね……最後にギュッてして?」
琴音は、そう言って俺の胸に頭を優しく置いた。
「………わかった」
俺は、琴音のお願い通り優しく抱きしめてあげた。
「……この感じ、久しぶり。」
「そうだな、こんなことしたのほんとうに数年前だもんな。」
「………うん……だって、恥ずかしいから。」
「思春期な年頃だな。」
「それはお兄ちゃんもでしょ。……お兄ちゃん、頑張ってね。」
「ああ、精一杯頑張るよ。」
「………お兄ちゃんは、頑張り屋さんだもんね。そんなお兄ちゃんの姿………大好き……」
妹からの愛の告白……ではなくただの尊敬の眼差しなんだろう。
「……お兄ちゃん、これ、渡しておくね。」
琴音は、そう言ってポケットの中から御守りを取り出した。
「……これ、私が作ったの。あまり上手じゃないから汚いけど……貰ってくれる?」
「っ!と、当然だ!ありがとう、琴音。一生大事にするよ。」
「………うん、ありがとう。お兄ちゃん、行ってらっしゃい。」
琴音は、少し恥ずかしそうな笑顔を浮かべ見送りの言葉を言ってくれた。
「ああ、行ってきます。」
俺は、返事をして改札口を通る。改札口を通るとまだ琴音が手を振っていたので俺も軽く手を振り返す。
そして、その瞬間、アナウンスがなり俺の乗る電車が到着するとの連絡があった。
俺たちは、最後にお互い顔を見つめニコッと笑った。その後、俺は、ゆっくりと琴音に背を向け電車が来るところまで向かい無事に電車に乗った。
そして、約2時間電車に揺られながら昔住んでいた街まで向かった。
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