第27話 フラグメント
「帰ったら、みんなでパーティーだ!」
ロメロの言葉にげんなりとしていたカスミは、ぱぁっと笑顔を輝かせた。
先ほどまでの狂気に満ちた表情とは違う見た目相応の少女らしい笑顔。轟々と燃え盛る炎が彼女の背後になければ、見る者の心を奪いかねない満面の笑みである。
一切の邪気を含まないただ喜びだけを浮かべたその笑顔に、リリィは顔を引きつらせロメロは優しく微笑み返した。
「うん! 絶対絶対約束だよ! みんなで可愛いドレスを着て、美味しいものを食べて、勝利を祝うんだよ!」
「ああ、約束だ。だから、頼んだ!」
任せて! とカスミは返事をしてそびえたつ古城を見上げると、軽やかに跳んだ。
その跳躍力はすさまじく、あっという間に尖塔から飛び出したテラスに着地すると振り返ることなく城の中へと姿を消したのだった。
中庭に残されたのはロメロとリリィ。そしてオークたちと、今はどこかに身を潜めているシアンたち妖精軍団だ。
敵はかつてのギルドメンバー、ブディの体を操る死霊使い。さらに亡者と
カスミの放ったマジカル☆ナパームによって、深緑と清流が美しかった中庭も、今や見るも無残な戦場と化していた。城やかつてエルフたちが住んでいたであろう住居の壁は崩れ、地面や壁を這っていた植物は黒い煙を出しながらオレンジ色に燃えている。空気中には燃え上がった木々が吐き出す黒い煤が舞っていた。
「あとは私たちが切り抜けないとね」
「ああ。だけど相手の手ごまはカスミちゃんのおかげでほとんど壊滅状態だ。圧倒的に有利なこの機会を逃さない手はない! ヤサク! お前たちは亡者共のせん滅にあたれ! シアンは投石やパチンコでヤサクたちをサポートしろ! 俺とリリィは死霊使いを倒す!」
「任せるだべ! いくどぉ皆の衆!」
大地を震わせる雄たけびが聞こえ、中庭の中央で亡者たちの出方を伺っていたオークたちは、槍や斧を手にばらばらに蠢いている亡者たちの群れへと切り込んでいった。
本来物量で押し切る亡者たちは今なお数においては三十頭のオークたちよりも遥かに多い。しかしカスミによって頭数を減らされ、いまや隙間だらけで動きの鈍い的である。
俊敏な動きの大陸産の魔物も、瓦礫の隙間や古城の中庭にある水辺や炎の影から遠距離攻撃を仕掛ける妖精たちに足止めをくらい、これもまたオークたちの進行の妨げにはならない。
オークたちは斧やこん棒を振るって次々と亡者たちを倒していった。頭を粉砕され倒れる亡者。そして体を割られて沈黙する大陸の魔物たちが次々と灰色の地面を覆いつくしていく。
「活きがいい豚どもだ。だが調子に乗れるのもここまで。我が死霊使いと呼ばれる所以、とくと見せてやろう」
「なんだ!?」
瓦礫の隙間から死霊使いを覗くと、奴は再び両手を無造作に振り回していた。
だが、今は魔力を抑えているのか、周囲の物を傷つけることなく、視認できないほど細い魔法のワイヤーは、オークたちが倒した亡者や魔物の肉片をかき集めていた。
「あれは……まずいよロメロ! 止めないと!」
「わかってる!」
リリィに言われるよりも早く、瓦礫の陰から飛び出したロメロは、剣を引き抜き死霊使いに向かって真っすぐ向かっていった。
しかし、一体の魔物が炎の中から飛び掛かってきたため、ロメロは足を止めて一刀で両断した。
胴を真っ二つにされた魔物は、すぐさま見えないワイヤーによって引き寄せられていく。
死霊使いの右隣にはロメロの倒した魔物を含め、数多の死体の塊が出来上がっていた。
「見ろ。この無残でみすぼらしい死体の山を。我の力では体をバラバラにされた者までは使役することができん。だが、この体の力を使えば、それぞれの欠片をつなぎ合わせて新たな奴隷をつくることもできる!」
透明な糸は、つぎつぎと肉片をつなぎ合わせ、水の滴るような音と共に一つの形を作り上げた。
骨でできたくすんだ白い両翼。太く強靭な四つの足には鋭い爪が生えそろい、首は蛇のように長く、頭は骨がむき出しの竜。
仄暗い眸の奥には、理性など感じさせない赤い光が、うっすらと灯っていた。
全身の肉は腐っているのか、首や胴からはぼたぼたと、紫色の体液をまき散らす醜悪な姿に、ロメロは立ち止まった。そして鼻が曲がりそうな腐臭が辺りに立ち込め、彼は顔をしかめた。
「
「いや逃げない!」
「ロメロ!?」
リリィの言葉は正しい。腐っているとはいえ竜が相手なのだ。一般的にこの世界に広く分布するリザードドラゴンと呼ばれる中型のドラゴンでさえ、ギルドのメンバー数十人がかりでようやく仕留められるような化け物である。目の前にいる死霊竜は、そのリザードドラゴンよりも一回り大きく、頭の先から尻尾の先までは五メートルはあるだろう。剣士と魔法使いのたった二人で勝てるような相手ではない。
だがしかし、彼は敵に背を見せるような真似はしない。普段ならそれは武人としての誇りゆえのことだが、今日の彼は違った。
彼が逃げなかった理由。それは。
「ここで手こずっていたら、エキドナが殺されるかもしれないじゃないか!」
自身の呪いを解くためだった。
カスミならきっとエキドナを倒してくれる。その気持ちに嘘偽りはないロメロだが、それ以上にカスミが約束を守ってくれる保証がないということに酷い焦燥を感じていた。
むしろ冷静になるにつれて、エキドナの身に危険が迫っている事実に敵ながら身を案じるまでになっていたのだ。
はやく片づけてエキドナの無事を確認したい。
今の彼は、とにかくその一心で、巨大な竜を相手に剣を構えていたのだった。
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