第26話 カスミちゃんも不満気
死霊使いは手の感触を確認するように拳を握ったり開いたりを繰り返していた。ロメロは死霊使いの動きをしっかりと見定め、再び彼が手をふりあげると同時に両腕でリリィを抱えた。
今回はとっさの判断ではなかったため、守る必要のないカスミは置き去りにしてシアンの隠れていた瓦礫目指して走り出す。
「きゃああ!?」
「黙ってろ! 舌噛むぞ!」
滑り込むように瓦礫の陰に隠れると、つい先ほど自分たちのいた場所の土が弾けた。そっとリリィを自分の上から降ろし、瓦礫の陰から様子を伺う。
死霊使いはまだ体を自由に操り切れていないのか、足を引きずりながら少しずつこちらに近づいてきていた。
なんとか自分の剣の間合いまで距離を詰めたいロメロだが、速度。切れ味。リーチ。それらを兼ね備えた魔法のワイヤーは、ロメロでなくとも脅威と感じることだろう。
とはいえ、鈍重なオークやとっさの回避行動に対応できないリリィでは勝機は薄い。戦闘力の低い妖精たちはもってのほかである。カスミならば一撃で葬り去ることができるかもしれないが、これ以上手ごまを失い、更にカスミの力を間近にみたエキドナが逃げないとも限らない。
だからこそロメロは、真に打倒さなければならない敵を、彼女に任せることにしたのだ。古城を取り戻し、かつ自分自身にかけられた呪いを解く。その両方を達成するには分担するほうが可能性がある。すくなくとも、彼女がいる限り、このパーティーが負けることは微塵も考えていないロメロだが、それでも万が一エキドナに逃げられることも考慮して、叫んだ。
「カスミちゃんはエキドナを倒してくれ! でも殺しちゃダメだぞ!」
まだ少し砂煙の残る場所で一人たたずんでいたカスミはいまだ上空でいやらしい笑みを浮かべる魔女を見上げた。
ぼんやりとエキドナを眺めていた彼女は、不思議そうな表情でロメロに顔を向けると、ダメなの?、と言った。
「ダメ! 俺の呪いを解かなきゃならないんだから絶対ダメ!」
「んー……わかった! 呪いが解ける程度ならいいんだね☆」
ロメロの脳裏に黄色い五芒星が現れ、風車のようにくるくると回りだす。
同時にとても口には出せないような無残な姿となったエキドナを思い浮かべたのだった。
「ふはは、なんじゃお主ら、ワシに敵うとでも思っておるのか? まあ、確かに金髪の小娘からは怪しげな気配を感じるがのぉ。とはいえ、このワシの敵ではないわ」
上空で笑うエキドナに、ロメロは思った。
あいつ、後で泣くことになるだろうな、と。
「よぉーし! それじゃ、いくよー! マジカル☆ホームラン!」
彼の心中を体現するかのように、地上からカスミが弾丸のように飛んでいった。地面は小さな爆発を起こし、一直線に飛んでいくカスミ。
飛び立ったと同時に彼女の周囲の景色が歪んだ。
「なに!?」
空気の層をぶち抜くような勢いに目を丸くするエキドナ。
カスミの手に握られた狂気のバットは、箒の上で足を組んでいたエキドナの腹部を無残にも貫通した。
「だから殺しちゃダメだってばああああ!」
「大丈夫! 峰打ちだから!」
「峰ごと貫通してるじゃないの! ていうか、その武器の峰ってどこなの!?」
ロメロとリリィが熱い
彼女の体から色彩は消え、緑色の蔓状の植物が幾重にも絡み合った人形へと姿を変えた。そしてカスミに纏わりついていく。バットから手、肩、胸へと蔓は這っていき、体中を覆いつくそうと蠢いていた。
「きゃあ!? なぁにこれ!?」
「カスミちゃん!」
「流石ですエキドナ様! あの蔓はたった一本でさえゴーレム十体以上が綱引きしても千切れない強度を持つ! あの小娘はじきに全身の骨をくだかれるだろう! フハハハ!」
カスミの体に纏わりついた植物は、彼女の顔や腿まで隙間なく覆いつくし、ぎりぎりと締め上げる。
彼女の体はさらに絞られ、ただでさえ華奢な肢体がさらに細くなっていく。まるで顔のないマネキンのようになってしまったカスミは、声を発することもなく地上へ向かって落下してきた。
「いけない! 私の炎魔法でーーーー」
「やめろリリィ! 余計なことをするとカスミちゃんに殺されるぞ!」
杖の先端に赤い水晶を取り付けたリリィを、ロメロは手で制した。たとえピンチに見えたとしても、カスミにそのような常識は通用しない。
最悪、ピンチを演出している可能性がある。むしろその方が高いだろう、と彼は思っていたのだった。そしてその予想はおおむね当たっていた。
「で、でも」
「見ろ」
ロメロがカスミちゃん指さすと、いままさに地上へと真っ逆さまに落下しているカスミの姿があった。だが彼女の体に纏わりついた蔓が突然膨張し、空中で四散した。
特にカスミの動きを封じるようなことはなく、一瞬にして役目を終えたゴーレム十数体分の引っ張り強度を持つ蔓は、ぼたぼたとその欠片を地上へと落下させた。
蔓の欠片と共に着地したカスミが落下したのは燃え盛る炎の中だったが、彼女は熱さなど感じることはないのか、炎の中でゆっくりと立ち上がった。服も髪も燃えることなく、揺らめく炎と同じ真っ赤な瞳をぎらつかせて、彼女は三日月形に口元を歪める。
右手に持った釘バットは、炎に照らされて鈍い光を反射していた。
その光景はまさに、地獄から来た魔人のそれである。
「偽物だったなんて全然気がつかなかったよぉ~! なんだか不思議な雰囲気の子だなぁとは思ってたけど!」
ゆらり、と業火の中から出てきたカスミはいたっていつも通りの様子でエキドナへの賞賛の言葉を並べ立てた。
しかしあまりにも迫力のある背景のせいでその姿は普段以上に狂気に満ちている。顔に浮かび上がる濃い影といい、目だけが笑っていない笑顔といいあまりにも一般人とはかけ離れた言動に、リリィは顔を強張らせて絶句していた。
しかしゴブリンの虐殺やオークたちへの容赦のない不意打ち。何より自身の腹を躊躇なく突き刺した彼女を間近で見てきたロメロは、この程度のことならばもはや気にならない。
「奴はきっと城の中だ! 俺たちも必ず追いつくから、先にエキドナを抑えてくれ!」
「わかったよゲボちゃん!」
「それと絶対に城は壊さないでくれ!」
「了解だよゲボちゃん!」
「あとエキドナは絶対に殺さないでくれ!」
「承知だよゲボちゃん!」
「もう一つ……」
「今日のゲボちゃん注文が多すぎるよ!?」
さすがのカスミも腹が立つのか、小姑の如く約束事を確認するロメロには困惑気味である。
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