第24話 魔の住み着いた古城
「これは、死霊使いだべ!」
「ちょっとこれ、死んでない?」
遅れて斜面を降りてきたリリィとオークたちが、後ろから死体を覗き込んでいた。
杖の先で死霊使いをつつくがなにも反応はない。相変わらず顔をゆがめたまま固まっている。
「死んでるな。爆風に巻き込まれた、というよりは、直撃したんだろうな」
「どんな確率よ……」
「目的は達成、ってことになるべか?」
「まだだよぉ! お城を取り返さないとパーティーができないよ!」
斜面を滑り降りず、上空から颯爽と登場したカスミが胸の前で拳を握りながら鼻息を荒くして訴えかけてきた。
敵を蹂躙すること以上に、今はパーティーのほうが気になっているらしい。
「パーティー、だべか?」
ヤサクはなんのことなのかわからないようで、怪訝な表情になる。
オークたちは、このクエストの真の目的である婚活パーティーのことを知らないのだ。いくら温厚な彼らといえども、自分たちの復讐を個人の結婚願望に利用されていると知れば怒り狂うことだろう。
そして最終的にはギルドヘッドと魔法少女の二人に徹底的に駆逐され、この大陸からオークの一集落が壊滅するのは想像するに難しくない。
魔物とはいえ誇り高い精神を宿すオークたちに微かなシンパシーを感じていたロメロは、わざわざ彼らを危険にさらすことは
「それはこっちの話だ。けど、念のため城の状況を見ておく必要があるな。死霊使いが死んだとはいえ、アンデッドや大陸の魔物がいないとも限らない。放っておいたら森の生態系が崩れかねんしな」
「それに、こんな山の中なのに魔物や獣と一切遭遇しないのも気になるわ。やっぱり一度、城までいきましょうか」
「お城は山の頂上だからあと少しでつくよ! ボクたちが先行するからついてきて!」
死霊使いの亡骸はそのままに、一行は再び歩き出した。
☆
それからおよそ一時間後。
生い茂る木々の密度は増して、もはやまっすぐ歩くこともかなわない。
鬱蒼と茂る森の中は夜のように暗く、翼をもたないロメロたちは、隙間なく伸びた枝葉のせいで空を見ることもできない。
山頂に近づくにつれてきつくなる傾斜に皆額に汗を浮かべ始めた頃、ロメロの前を飛んでいたシアンが急に止まった。
「ここが、かつてエルフたちが住んでいたお城。エルレキャッスルだよ」
シアンの肩越しに見える景色に、ロメロはほぅっと感嘆の声を漏らした。
かつてその建物にはエルフが住んでいたのか、煙突らしきものや、小さな庭園らしきものも見える。
それらが一つの城の一部となっている光景は、文明をも飲み込む自然の強さと息を飲むほどの美しさを感じさせる。
森の樹齢何百年という木々さえ、まだほんの新芽と思わせるほど巨大な城は、そこかしこから木や蔦が伸び、灰色と茶、そして緑色の美しいコントラストを作り出していた。
地下水をくみ上げているのか、城から半端に飛び出した橋のような部分からは、水が流れており、太陽の光を反射して煌いている。
人工物と自然の調和が荘厳な印象を振りまく城の中庭に、かすかに蠢く黒い影が見えた。
「ロメロ、あれを見て!」
リリィが差し出した双眼鏡を受け取り、城の中庭を見た。
城の正面入り口と建物の間にある中庭には、土気色をした人々や、骨だけで歩き回る魔物の姿が見えた。
ゾンビとスケルトンである。
死霊使いの魔法で生ける屍としてよみがえった彼らは、かつてこの森のクエストで命を落としたギルドメンバーが大半をしめているようで、鎧を着こんだものや、剣や斧をもった者もいた。
だが、中庭にいるのはそれだけではない。
影そのものが形をなしたような、異形の存在もいた。
それは人の形をしているが、頭はむきたての卵のようにつるりと丸く、腕に当たる部分に手はなく、その代わり手首のあたりから先が、槍のように鋭く尖っていた。
猫背気味のままぎこちない動きで中庭を闊歩する姿は、およそ生命と呼ぶにはあまりにも無機質な雰囲気である。
「大陸の、魔物」
ロメロは、自身の口をついて出た言葉に身震いした。
彼が奴らと戦ったのは、過去に一度きり。
町の南の海に、魔女がやって来た時だけだ。
奴らは理性のない化け物。同じ理性がない化物でも、獣や眼下で蠢くゾンビとも違う。
理性も本能もなく、ただ命令されたことを忠実にこなす人形なのだ。
その人形を操っていたのが、ロメロの命を弄び、不死の呪いをかけた魔女である。
ロメロは、黒い三角帽子をかぶった魔女のいやらしい笑みが一瞬脳裏をよぎり、すぐにそれを振り払った。
「うわぁ、うじゃうじゃいる。下手したら、ボクたちよりも多いかもしれないよ」
「相手はウスノロゾンビ共だべ。死霊使いがいないならオラたちの敵でねぇ」
「ダメよ、大陸の魔物がいるもの。一匹一匹はそんなに強くないけど、奴らは機械みたいに連携して襲ってくるわ! 無策に突撃するのは無謀よ!」
ロメロが魔女に敗北したあと、遅れてやってきたリリィも応戦したため、彼女もその鬱陶しさをよくわかっていた。
「ヤサクたちは大陸の魔物と戦ったことがないのか?」
「ないべなぁ。オラたちは死霊使いの魔法とゾンビ共に寝込みを襲われただ。そんときゃあんな黒豆みたいな奴はいなかったべ」
「妙ね。ならあの魔物は誰がつれてきたの?」
ロメロは憎々し気に歯をくいしばり、そして口を開いた。
「決まってる。あの魔女があそこにいるんだ。カスミちゃん!」
ロメロはすぐ隣で、手で作った望遠鏡を覗き込んでいたカスミを呼んだ。
呼ばれたカスミは、きょとんとした表情で手を開き振り向いた。
「力をかしてくれ。奴らを一掃する」
「まさかカスミ一人に任せる気なの!? あんな数を一人でやれるわけないじゃない! 焦る気持ちもわかるけど、ここはいったん引き返して、増援を呼ぶべきだわ!」
リリィが大声をはりあげて意見をしたが、誰もその意見に賛同することなく、妙な空気があたりに流れ始める。
カスミの戦いっぷりをみていない妖精でさえ、白けた目でリリィを見つめていた。
「大丈夫だ」
「ああ、大丈夫だべな」
「赤いお姉さんは、魔法使いなのに見る目がないんだね」
「ええぇ、なによこれ。私が間違ってるの……?」
カスミを除く全員が頷いた。
ロメロは腰に下げた袋から飴玉を一つ取り出して、カスミに差し出したのだった。
「わぁ、ありがとうゲボちゃん!」
「カスミちゃん。お願いがあるんだ」
口に広がる甘さにうっとりとした表情を浮かべていたカスミは、「なぁに?」と返事をした。
「もしも、黒い三角帽子をかぶった女がいたら、そいつは見逃してくれ」
「どうして? その子も悪い子なんでしょ?」
「ああ、一番悪い子だ。だから、俺がお仕置きしなきゃならない」
穏やかに、けれど隠しきれない刺々しさを含んだ言葉が、静かに響く。
カスミはしばし考えるように口元に人差し指を充てると、親指をあげてロメロの眼前に突き出した。
「わかったよ、ゲボちゃん! 下僕のお願いを聞くのも、ご主人様の役目だからね!」
「ありがとう。頼むぞ!」
「よぉーし! 張り切っていくよー! アルムリバレーション! マジカル、ロジカル、ロールアップ!」
カスミが呪文を唱えると、彼女体は光に包まれ、あっという間に金髪とピンク色のドレスに変わっていた。
腰に付けた大きなリボンを振り乱し、彼女は颯爽と城へ向かって走り出したのであった。
小さくなっていく彼女の背中へと視線を投げかけていたロメロの袖を、リリィが軽く引っ張った。
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