第23話 死霊使いの死体

「大丈夫よ。妖精は森さえあれば生き返るようにできているんだもの」

「んー、でもぉ……。ね、シアンちゃん。体が重いとか、痛いとかなぁい?」


 カスミの問いかけに、シアンはくすんくすんと鼻をすすりながら目をこする。


 そして、スズランの花のような小さな口を開いた。


「魔女と変な魔物が来たよ。感情のない、黒くてぐねぐねした魔物。奴らは森に怪しい魔力を流しているんだ」


 魔女と変な魔物。


 それは恐らく魔王の刺客と、その手下の魔物のことだろうとロメロは思った。


 感情がないということはおそらく、生命の営みで産まれた『野生の魔物』ではなく、魔王が作り出した『暗黒大陸産の魔物』だと考えたのだ。


 そして森に怪しい魔力を流している、ということは何かを目論んでいるということにも。


 魔法の才能がないロメロには魔力の探知できない。カスミ程強烈な魔力を放っていれば感じ取ることができるが、それでも、空気の揺らぎや振動などに頼っているのである。


 だからこそ彼は、魔法のことに関しては彼よりもはるかに魔法の才覚に恵まれているリリィに頼ることが多い。


 彼女も自分の役割を理解しているのか、杖を振りかざしてあたりを見回していた。


「特に変わった様子はないみたい。どういうことかしら」


 杖の先端に取り付けられた水晶は白い光を放ち、あたりを照らしている。白は辺りを照らす癒しの色。傷をいやす魔法や辺りに潜む者を見つけ出す探知魔法の効果を増幅させるのだ。


 彼女の持つ杖は先端の水晶を付け替えることで様々な追加効果が得られるようになっている。紅い水晶ならば炎の魔法が、青い水晶なら水が、黄色ならば雷の魔法がそれぞれ強化される。


 個人が扱える魔法にはそれぞれ適性があり、『身体強化系魔法』、火や水などの現象を引き起こす『現象系魔法』、また身体強化や現象を引き起こすのとはまた別の、相手に幻覚を見せたり何かを操るような特異な魔法は『特殊系魔法』と呼ぶ。

 

 魔法は呪文を唱えなくても、自身の脳内で発動する魔法を想像することにより発動する。


 個人の適正によって魔法の扱いに得手不得手があるが、リリィは並々ならぬ努力のすえ、様々な魔法を会得している。


 身体強化系と現象系では発動までの方法メソッドが全く異なっており、自身の体に関する想像力と目に見えるものの想像力、どちらがより明確に細部まで想像できるかによるのだ。


 目の前に炎が出現する想像と、自身の筋力や視力を上昇させる想像。どちらも同じ想像力に思えるが、その実態はかなり異なっているのである。



「このあたりはまだ、森が綺麗なんだ」

「魔王はこの土地で何をしようとしているんだ?」

「大きな木を植えるんだって」

「大きな木……?」

「大掛かりな魔法装置なのかも。どちらにしても魔王の刺客がやることだもの、ろくなことじゃないわ。どんなやつがいたって私たちの目的はかわらない」


 ロメロが思案していると、リリィが素っ気なくそう答えた。


 敵の目的は不明だがなにかよからぬことを企んでいるのは明白だ。なぜなら相手はこの世界を征服しようなどという頭のネジがいくらか外れた連中である。


 予想できないことをしようとしていても、おかしくはない。


「シアンちゃん。私たちが、綺麗な森を取り戻してあげるからね!」

「本当?」

「本当だよ! 任せてよ! だって私は、魔法少女だもん!」


 カスミの力強い笑顔に、シアンも頬を緩めていた。


「ここに妖精が多いのはオークたちと一緒で、魔王の軍勢から逃げてきたからってことか。はた迷惑なやつらだ」

「ううん。ボクたちはみんな、ここで復活しただけだよ」

「復活? まさか、奴ら、森に魔力を流すだけじゃなくて、妖精を襲ったのか!?」


 妖精と人間は特に共存関係にあるわけではない。


 だが、同じ土地に生きる隣人のような存在だとロメロは思っていた。


 ときおり悪戯をされても、それは彼女たちがそういった種族であるだけで、そもそも精霊の一種である妖精は人間からは豊かな森の象徴として認識されている。


 そんな彼女たちを襲う魔王の軍勢は、まさに侵略者というにふさわしい暴挙である。


 ロメロは自身にかけられた呪いのことといい、魔王に対する怒りがふつふつと湧き上がっていた。


「違うよ。三日くらい前に大きな光が飛んできてみんな蒸発したの。だからみんなここで復活したんだよ。あの時は本当にびっくりした」

「三日前……?」


 怒りは影を潜め、かわりに嫌な予感が胸をよぎった。


 三日前といえばロメロたちがオークを連れて帰った日である。


 その日、ゴレムギリアンに襲われ山の中腹を大きく削ったのは記憶に新しい。今でも鮮明に思い出すのは、ゴレムギリアンの放った魔法弾である。


 あの魔法弾はロメロたちの頭上を越えて東の森の山肌を大きくえぐっていた。もしもその爆風にシアンたちが巻き込まれていたとしたら。


「それって……」


 リリィも察しがついたのか、青ざめた顔で唇をわなわなと震わせていた。


「お願いお姉さんたち! 魔王からこの森を取り戻して!」


 哀願するシアンは、彼女たちがなぜ復活する羽目になったのかなど知る由もない。


 よもやそれが魔王の仕業ではなく、いままさに救いを求めている相手の所業だとは露ほどにも思っていないことだろう。


 淀みない透き通った瞳で、ロメロたちを見つめていた。 


「よ、よぉーし! 俄然やる気がでてきた! 妖精はこの土地に生きる仲間、いや家族だ! 俺たちが何としてでも助けてやる!」

「そ、そうね! 魔王の刺客なんて、とっちめてやるんだから!」

「わぁ、二人ともすごいやる気だね! よかったね、シアンちゃん!」

「うん!」


 シアンはカスミの頬に頭をこすりつけ、幸せそうに微笑んでいたのだった。





 シアンを先頭に、一行の行進は続く。


 彼女は仲間の妖精に事情を説明し、自分たちもついていくことを申し出たのだ。


 現在、ロメロたちギルドのパーティーと、オークの集団。そしてその周りの木々には妖精たちが邪悪な気配を探して目を光らせている。


 すっかり日が高く鳴った頃、森を抜け、開けた場所に出た。


 焦げ臭い匂いがあたりに漂っているそこは、地面が円を描くように大きく陥没し、むき出しの地面の周囲にはなぎ倒された木々があった。


 まるで隕石が落下したかのような光景に、ロメロは息を飲む。


 言いようのない罪悪感に襲われていると、クレーターの中央に黒いぼろきれのようなものを見つけた。


 ぼろきれの隙間からは腕のようなものが見える。だれかがうつぶせで寝転がっているようだ。


 ロメロは先行して、なだらかな斜面を滑り降りた。


 そしてぼろきれに包まれた人物に驚愕したのだった。


「これは!」


 彼は横たわる体を蹴り飛ばしたのだった。

 

 仰向けになったその人物は目を見開いて、今にも絶叫が聞こえてきそうなほど顔を歪めたまま、死んでいた。


 絶望に彩られたその表情は、死の間際になにかとてつもなく恐ろしいものを見たかのように固まっている。

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