第22話 悪戯好きの妖精さんに悪戯しちゃお☆
東の森のさらに奥。
北の霊峰から続く山脈の
北の大陸には、大陸の中央にクルーエル山脈という山々が連なっている。最北端に位置する霊峰を守るかのように横たわる山脈は、東の森の中ほどまで伸び、西の平原にはやや裾野をひらいている。
森の奥にある山脈地帯の木はみんなモミの木のような円錐状の枝葉を広げている。それは冬季に降る雪の重みで枝が折れないように進化した自然の神秘である。
足元には春から秋にかけて咲く雑草が生い茂っている。今は夏の始めであり、最大で一メートルほどの高さにまで成長する雑草も現在はロメロの膝くらいまで伸びていた。
一年の半分が冬で、その中でも特に短い夏季の森特有の環境に、ロメロもリリィも歩きずらさを感じずにはいられない。とはいえ、マイナス何十度という極寒の真冬に比べれば、歩きづらい程度の問題は些細な物だった。
次第に森の奥深くへと入っていくと、葉の触れ合う音や獣の鳴き声に混ざって、小さな話し声が聞こえ始めた。
人と魔物が共に行動するその様子に、森の妖精たちも騒ぎはじめたのだ。
幼い声が伝染病のように森に広がっている。
背中から透明な羽を二対はやした子供のような姿の妖精たちが、枝の上や木の洞からロメロたちを見つめていた。
身長がおよそ五十センチていどしかない彼女たちは、全員色違いのスモックのような服を着ており、一見すると大きめの人形のようにも見える。
つぶらな瞳と頭でっかちな姿はどこか愛くるしく人懐っこそうだが、彼女たちはロメロたちに対して囁きあうばかりでけっして近づこうとはしない。
妖精は旺盛な好奇心と無邪気な性格から、目新しい物にはすぐにちょっかいをかけてくるのだが、今は様子が違った。
「妖精が集まって来てるけど、なにもしてこないわね」
周囲をきょろきょろと見渡すリリィ。彼女は木の陰から顔を出していた妖精と目が合ったが、妖精はすぐに顔をひっこめてしまった。
「近くに
妖精は悪戯好きである。
その場に集う個体数が増えれば増えるほど、悪戯の
駆除といっても、実際は集まりすぎた妖精を虫取り網で捕まえて、別のところで開放するだけだ。彼女たちは事故や災害などの外的要因によって生命活動が停止した際、森のどこかで
別の場所で倒した妖精が同じ場所で復活し、
そういった地道なクエストを何度もこなしたことのあるロメロからみても、現在の妖精密度はかなり高い。
「近くに復活地点でもあるのか? だとしても、こんなたくさん一度に復活するなんてなにがあったんだろう」
「魔王の刺客となにか関係があるのかしら?」
二人が頭を捻っていると、後ろから騒がしい声が聞こえた。
「はーなーしーてー! いやいやいやぁ!」
「可愛いー! お人形さんみたーい!」
振り向くと、そこには紺色服を着た妖精が一匹、カスミの腕に抱きしめられていた。
青い髪を側頭部で縛り、二対の羽をせわしなくはためかせる彼女は、カスミの強引な頬ずりに顔をしかめていた。
「カスミ!? あんたその子、いつのまに捕まえたの!?」
「さっきだよぉ。ぴょーんてして捕まえたの」
「この嬢ちゃん、木の上にいた妖精を見つけて、ジャンプしてとっつかまえただよ。獣みたいな動きだったべ」
オークたちの先頭を歩いているヤサクは、信じられない物を見たような表情で額に汗を浮かべていた。
通常、妖精たちを捕まえる際には餌でおびき寄せ、食事中に背後から忍び寄るか、あらかじめ木の枝をたてかけた籠を使い、彼女たちが籠の下に入った時に木の枝に括りつけた糸を引いて捉えるというのが定石であり、素手で捕まえるというのは人間の反応速度では不可能に近い。
姿を消したり自身の発する音を消すことのできる妖精は、大勢いるように見えて近寄ると見失ってしまう厄介な生き物なのだ。
「妖精を素手で捕まえたのか……。普通は餌をまいて、無防備になったところを捕まえるもんだが」
「ボクがあくびした瞬間、目の前に現れたんだ!」
妖精は悔しそうに唇を尖らせていた。
目には少しだけ涙を溜めて本気で嫌がっているようだが、カスミは全く気にせず、子猫を抱えるかのように抱きしめている。
優しく抱いているようだが、この青い髪の妖精がどんなに抜け出そうとして腕を押しのけても微動だにしないことから、かなりの力で捕まえていることは一目瞭然である。
「あなたのお名前はなんていうの?」
「名前なんてない! はなして!」
「じゃあ私が付けてあげるね! そうだなー、綺麗な青い髪だから、シアンちゃんとかどうかな!?」
「ボクに名前なんてつけてどうするの! はなしてよぉ!」
シアンと名づけられた妖精はとうとう本気で泣き出してしまった。カスミの腕に抱かれた彼女は、夏の若葉を思わせる青緑色の瞳からぼろぼろと大粒の涙がこぼし始めていた。
はためからみれば泣いている幼女を美少女があやしているように見えなくもないが、事実はその真逆である。その様子にやや胸が締め付けられるような気持になっていたロメロは、そろそろ妖精を放すように言うべきかと考えていた。
だが、彼が言葉を発するよりも前に、カスミは急に神妙な顔つきになって、ロメロを見つめてきたのだった。
「ゲボちゃん。この子連れて帰るね」
「え、それは、やめた方がいいんじゃないかな」
「いやだぁ、はなしてぇ」
「ほら、すごく嫌がってるし」
「でもこの子、とっても弱ってるよ」
シアンは今も、カスミの腕の中ですすり泣いている。
別段弱っている様子などないように見えるが、カスミは不安げな表情で、彼女と木々の合間からこちらの様子を伺っている妖精たちをみまわした。
「この子だけじゃないよ。ほかの子たちも、みんな弱ってる。命の気配が小さくなっているの」
「命の気配? 前に言ってた、生き物の気配、ってやつか?」
カスミは小さく頷いた。
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