第21話 旅立ちの日
クエストを言い渡されて三日後。ロメロの寝室にて。
「起きてゲボちゃん! 朝だよ!」
ロメロは自身の腹を貫いた剣を、カスミによって引き抜かれていた。
刀身についた赤黒い血は完全に乾ききっており、死後八時間は経過している。
「もう朝か。死ぬと一瞬だな。おはよう、カスミちゃん」
ロメロは目をこすりながらカスミの持っていた剣を受け取った。
そして黒い刀身についた自分の血に眉をしかめたのだった。
剣を渡された後、カスミはすぐにベッドから降りた。
すでに身支度を終えているのか、彼女はいつものセーラー服姿である。
昨晩は降ろしていた髪も、いつも通り左右均等に縛られていた。
「おはよう! じゃあ、私は先にご飯食べてるね! もうお腹ぺこぺこだよぉ!」
カスミはそういうと、そそくさと部屋を出て行ってしまった。
彼女は見た目以上に食事をとることを、ロメロはすでに理解していた。だから毎朝、ロメロを起こすとすぐに食堂に向かうのだ。彼女は暴力的で暴食的なのである。ロメロは顔を洗って、机の上に置かれた傷一つない鎧を見た。
窓から差し込む朝日が、白銀の鎧に反射して雪のように輝いている。
ララにクエストを言い渡された日。彼はカスミによって傷つけられた鎧を修理屋に預けてきた。そして昨日の夕方に返ってきたのだった。
ロメロは鎧の左右に取り付けられた金具を外した。前後に開いた鎧を頭からかぶり、金具をしめる。見た目通りの重量感を感じながら、今度は腰の鎧をつけ、最後に脛あてをつけた。
その後先ほどまで自分を貫いていた黒剣を風呂場にもっていき、四角い容器に入った消毒液の中から、一枚の布を取り出すと、自分の血をしっかりと拭い腰に携えた。
身支度を終えて食堂に行くと、カスミとゴブ太。そして二人に向かい合うようにリリィが座っていた。対アンデッド用の白い法衣を着込んだリリィの傍らには、先端に白い水晶がついている杖が椅子に立てかけられている。
食堂にはすでに大勢の人々がごった返していたが、彼女たちの周りには二席ずつ空席が出来ている。
それはカスミを警戒してのことなのか、それともゴブ太なのか、ロメロにはわからない。どちらにせよ、あまりいい意味での空席ではないだろう。
だが彼はそのことについて深く考えるのはやめて、単純に自分たちのスペースが広く確保できているとおもうことにしたのだった。
「だーかーらー、あんたは今回のクエストにこれないんだってば!」
リリィがミルクの入ったコップを机に叩きつけて、怒鳴った。
「いいやオイラもいくでやんすよ! オイラたちの生活を奪ったあの魔王の手先を、許してはおけねぇでやんす!」
「なに朝から喧嘩してんだお前ら」
ロメロは言い争う二人をなだめる様に言いながら、リリィの隣に腰を下ろした。
「兄貴! オイラも古城のクエストに連れて行ってくだせぇ!」
「なに?」
「えっとね、ゴブ太は一緒に戦いたいみたいなんだけど、リリィちゃんがそれはダメ―って」
カスミがレタスを咥えながら言った。彼女の皿には、人参やふかした芋。それとトマトや豆など野菜ばかりが乗っている。
たまに肉を食べているときもあるが、基本的には野菜のほうが好きなようである。
「別にいいんじゃないか来ても?」
「ダメだってば! こいつは昨日からギルドの雑用になったのよ。ソフィアの同僚としてね」
「雑用? いつの間にそんなことになったんだ」
「昨日、姉さんが決めたらしいわよ。提案したのはソフィアらしいけど」
「ソフィアが」
いまだにソフィアがゴブ太のことを好きだと勘違いしているロメロは、それは彼女なりの熱烈なアプローチなのだろうと解釈していた。だが実際は、熱烈な食欲に他ならない。
「ゴブ太。お前はギルドに残れ」
「ええ!?」
「あら、あんたが私の意見に賛成するなんて珍しい」
「カスミちゃんがいれば戦力的には十分だしな。無理に連れていくこともないだろ」
そうはいうものの、ロメロの狙いは別にあった。ソフィアとゴブ太。相反する二つの種族が結ばれることによって、魔物に対する偏見も薄れるのではないかと考えたのだ。
だが彼は知らない。その判断は、ゴブ太の命を危険にさらすということに。
「これからもここで暮らすつもりなら、お前は少しでも早くギルドのみんなと打ち解けて、お前やオークたちが住みやすい環境を作ることに専念しろ。それが今、お前がやるべき一番大事なことだろ」
「兄貴……。わかったでやんす。
「蛇? ソフィアちゃんのこと?」
すでに食事を終えたカスミが、湯気の立つ紅茶を啜りながら尋ねた。
まだ少し熱かったのか、すぐに口を離し、両手で大事そうに掴んだカップにふうふうと息を吹きかける。
「ソフィアの二つ名だ。銀等級時代に狙った獲物は逃がさないことからその名を与えられた」
【蛇睨みのソフィア】。それは一度狙った獲物は決して逃がさず、どんなに追跡が困難な場所でも徹底的に追い回し、最後にはその獲物を
二つ名を与えられた者はその名に恥じぬ戦いをするように義務づけられ、また己自身の名誉のために研鑽するのだが、ソフィアに至っては自身のあくなき食欲を満たすために自ら受付嬢に転身したのである。
「蛇というより、子犬みたいなイメージなのにね、あの子」
「いや、間違いなく蛇っすよ……」
ゴブ太が小さくなって震えていた。
その場にいた誰もがそのよう数を不思議そうに眺めたのだった。
☆
食事を終えた三人は、ゴブ太を残し、町の郊外へとやって来た。
そこは、ロメロたちがゴレムギリアンと戦った荒れ地。
乾いた風と砂の混じった白い土が辺り一面に広がるその場所に、オークたちがテントを張っていた。
白土は小高い丘がいくつも点在しており、彼らはちょうど丘と丘の間で野営している。本来なら町の中へと招き入れるはずが、それは住民の混乱を招くだろうという判断から、彼らをここに待機させることになったのだった。
最初の一日目こそ数人のギルドメンバーが交代で見張りを立てていたが、オークたちに誘われて、稽古や昼食を共にするうちに見張りもいなくなった。
テントの向こう側には、ゴレムギリアンの放った
「準備はいいだべか?」
「ああ、待たせたな。行こう」
今回の任務にあたり、ロメロはララからとある指示を受けていた。それは、彼女が呼び出した三人以外のギルドメンバーを連れて行かない事。
相手が死霊使いゆえ、もしも仲間が敵となって襲ってきたら、戦うことに躊躇してしまう者が必ずいる。その結果、取り返しのつかない被害を想定してのことだとロメロは理解していた。
それだけではなく、単に彼女自身のクエストの
最悪、彼らがアンデットになったとしても、ギルドのメンバーは躊躇することなく戦える。
ロメロはその無常ともいえる判断を、承諾した。
そんな裏事情があるともしらずに、ヤサクは雄々しく拳を握りしめた後、自慢の槍にとりつけられた革のストラップをたぐりよせ背負った。
隆起した筋肉は岩のようで、その姿は一匹の野獣そのものである。あまりにも剣呑とした雰囲気をヤサクは放っていた。
そんな彼の元に、カスミは臆することなくにこやかに近づいていったのだった。
「豚さんたちもやる気満々だし、みんな! がんばろー☆」
拳をふり上げるカスミは遠足にでも行くかのように楽しげである。
だが、ヤサクは、眉間に皺を寄せたまま彼女を見下ろしていた。
「馴れ馴れしくすっでねぇ。オラたちはあんたを認めてる。けども、キングを殺したあんたを許したわけじゃね。本当は許すだの許さないだのは、オラたちの流儀に反するけども、キングは間違いなくオラたちの家族だっただ。そう簡単に仲良くなんてできね」
ヤサクはそういうと、後ろを振り向き、古城のある山へと向かって歩き出した。
「ちぇー、感じわるーい」
カスミは小石を蹴り上げ、口をとがらせていた。そんな彼女にロメロは近づくと肩にぽんっと手を置いた。
「そのうち仲良くできるさ。飴、食べるか?」
ロメロは腰に下げた小さな袋から、赤色の飴玉を一つ、取り出した。
以前、レイアが飴玉でカスミを宥めたことを知った彼は、すぐに常備するようになったのだ。
そしてそれは、カスミの機嫌をうまくコントロールすることに一役買っている。
「ありがとう、ゲボちゃん!」
ロメロの手から直接飴玉を頬張ったカスミは、受け取ってすぐに口に放り込むと、ころころと口の中で転がし、満足気な表情になった。
しかしその様子を、物欲しそうな顔で見ている少女がいた。
「ね、ねぇ」
「ん?」
ロメロは手首をつかまれ振り返ると、頬を桜色に染めながら俯くリリィがいた。
彼女はもじもじと左手で杖を握りしめながら言葉を探しているようだったが、やがて口を開いた。
「わ、私にも、ちょ……」
「おーい! はやくいかねぇと日が暮れちまうべー!」
「すぐ行く! ほら、早くいくぞリリィ!」
ヤサクに急かされ、ロメロはすたすたと歩き始めた。
「あ……もう!」
彼の後ろでは、リリィが悔しそうに杖を握りしめ、そして彼らの後を追うようにして歩き始めたのだった。
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