第20話 古城の死霊使い討伐クエスト!

 

――――ギルドヘッド執務室。


 ロメロが部屋に入ると、真っ赤な壁紙の部屋に置かれた同じく真っ赤な机越しに、これまた真っ赤な椅子に座った深紅の髪の女性が、目に蒸しタオルを置いて、背もたれに体を預けていた。


 薔薇のレリーフがあしらわれた机はこの鮮烈な赤色に染まった部屋と相まってやや悪趣味だが、花弁一枚棘一本まで繊細に彫り込まれた細工は彼女の座る椅子がけっして安物ではないことを漂わせている。同じく海老色の皮が張られた椅子も、彼女の背にした大きなアーチ窓から差し込む光に照らされて、白い光沢をみせている。

 硬質そうな見た目とは裏腹に、かけられた体重に過不足のない反発をして、女性らしい体つきに隙間なく密着していた。


 そしてそんな彼女を、肩を怒らせて眺める、彼女と同じ髪色の女性。ロメロの幼馴染のリリィが机の前に立っていた。


 その様子を見た瞬間ロメロは、今日は面倒なことになりそうだ、と心の中で呟いたのだった。


「ララさん、なにか用か?」

「なにかもハーモニカもないわよ! 姉さんったらまたくだらないことに私たちを巻き込もうとしているのよ!」


 ロメロの質問にすかさず答えたリリィは、眉間の皺を深めていた。


「くだらないこととはなんだ。古城にすみついた魔王の刺客を討伐することになっただけだ。なにもやましいことなどないだろう」


 ララは相変わらず蒸しタオルを乗せたまま、気だるげに答えた。


「私、知ってるんだからね! 姉さんがあの古城で婚活パーティーを開こうとしていることくらい!」

「婚活パーティー!?」


 ロメロはリリィの言葉に耳を疑ってしまった。


 彼女の姉のララがそれなりにいい年だというのに、いまだ結婚相手が見つからず焦っていることは『野バラ』に所属する者なら誰でも知っていることである。


 彼女は決して不細工ではない。むしろ、世間一般的には美人の部類に入る。


 そして、身分を偽装して町の婚活パーティーに度々参加している彼女だが、ひとたび素性がバレた瞬間、相手は必ずしり込みしてしまう。


 と言うのも、彼女の年収を超える稼ぎの男などそうそういないことや、なにより、熟練の冒険者数十人がかりでやっと倒せる魔物も、単身で屠れるほどの戦闘力があるせいだ。


 彼女の最初の逸話は十歳の時だった。町の南側の海にガイアヘッドシャークという、超大型の魔物が現れたことがある。


 その魔物は、別名大陸ザメとも呼ばれている。 

 当時この町は、あまりの緊急事態に誰もかれもが死を覚悟したが、そんな恐るべき魔物を彼女の薔薇魔法が打ち砕いたのだ。


 具体的には、彼女が趣味・・で地中に埋めた魔法がかけられた種が一斉に開花。そして大地と太陽のエネルギーをその花弁から放出したのだ。


 立ち上った粉塵と蒸発した海の水蒸気が消えた時、ガイアヘッドシャークは穴だらけになり沈黙していた。


 その光景を見た幼いころのロメロは、ビームの、プロだ、と思わず口走っていた。


 そう、彼女こそが、ロメロの知る唯一のビームのプロフェッショナルなのである。 


「パーティーだって! おもしろそうだね! それに、まだ悪い子がいるんだね!」


 そんなララの素性を知らないカスミは、パーティーという言葉に異常なまでに反応していた。


 まるで、宝箱を見つけた子供のように目を輝かせていたのである。


「人聞きが悪いな。私はあの物件を放置するのは些かもったいないと思っているだけだ。今まであそこは、キングと我々の不可侵領域だったから手も出せなかったしな」

「それにしても対応が早すぎるわよね!? 絶対、確信犯だわ!」

「お前だって参加してもいいんだぞ? 相変わらず魔法の研究ばかりでまったく男の気配がしないじゃないか」

「それはいいの! 私は魔法が好きなの!」

「リリィちゃんも魔法少女なの?」


 突然のカスミの一言に、空気が凍り付いた。


「カスミちゃんそれは違う。あいつはただの、魔法オタクだ」

「うるさいわよ!」

「いやいや、魔法少女だろ。リリィは小さいころ、箒を振り回しながら言ってたもんな。私、大きく鳴ったらドレスを着て、立派な魔法使いになるの! って。今思うとあれって、魔法少女になりたかったってことなんじゃないのか?」 


 嘲るように笑うララに、リリィの貌が次第に赤くなっていく。


「ち、ちが! あれは、お姫様と魔法使いを勘違いしてただけで! っていうか、そんな小さい頃のことほじくり返さないでよ!」

「ま、あんたの可愛らしい過去なんてどうでもいいわ。問題は私なのよ」

「姉さんの問題って?」


 眉根を顰めるリリィとは対照的に、ララは気だるそうにため息をつくと椅子を回し、正面に向けた。


「あなたは良くも悪くも平凡で、顔も私ほどではないけれどそこそこ美人だから、きっと将来いい人とであえるわ。ロメロもそう思うわよね」

「そうだな」

「あ、ありがとう」


 ララに褒められたからなのか、それともロメロが即答したからなのか、リリィは一瞬で頬を染めた。


 しかしロメロの意識は、彼の眼前で蒸しタオルを顔にかぶせたララに向けられていた。彼は感じていたのだ、カスミとは異質の、重く暗い威圧感を。


「でもね、私は違うのだよ」

「え?」

「私はね。もうすぐ【ピーー】歳になろうとしている。【ピーー】歳だぞ、【ピーー】歳。この意味がわかるか? ロメロ、答えてみろ」


 なぜ俺なんだ。ロメロ自身の内に渦巻く暗澹とした気持ちをおくびにも顔に出さず、少しだけ目を伏せた。


「い、いき、いきおく……熟成されていますね。ワインのように、深みが増してーーぁはん!?」


 ロメロが表情を緩ませた次の瞬間、彼の額を一筋の光芒が貫いた。


 いつのまにかロメロとララに挟まれた机の上に、一輪の薔薇が咲いており、まだ蕾となっている花弁の隙間からは白い煙が立ち上っていた。


 脳天に穴が開いたロメロは、糸の切れた人形のようにその場に崩れたのだった。


「うまいことを言ったつもりか? 赤ワインのように血道を作るってか? バカにしないでよ! 暴力的な行き遅れ【ピーー】歳だって自覚くらいあるわよバカ! でも愛されたいの! 誰かに愛されたいのよ! こんな年でも、人並みに恋して結婚して家庭を持ちたいの! 小さくてもいいから一戸建てに白い犬と子供と夫と平和に暮らしたいの!」

「姉さん落ち着いて!」

「だからって、躊躇なく人の頭を撃ちぬくなよ……。くそ!」 

「ゲボちゃん、大丈夫?」

「ありがとうカスミちゃん」


 カスミの差し出した手を掴み、立ち上がったロメロの足はまだふらついている。


 そんな彼がララに目を向けると、彼女は机の上に足を乗せるのが見えた。


 騒然となりかけた室内が、一瞬にして静まりかえる。


「だから私は決めたのだ。私が手に入れた金と魔力、そして権力を持って男を捕まえると。だから働けミツバチ共! 私の幸せな未来のために、良質な花粉すてきなであいをもってこい!」


 汚れ一つない靴底を見せながら怒鳴るララの姿は、まさに職権乱用をする悪徳上司の鏡である。


 ロメロは不思議に思った。


 どうしてこの人、ギルドヘッドなんてやっているのだろう、と。


 そしてその答えは、強いから、という至極単純な理由にであることに気がついた。


「お姉さんは、愛されたいの?」


 誰もなにも言い出せないような重苦しい空気の中、カスミがぽつりと尋ねた。


「ああそうだ! 愛こそが、人が人として生きる最大の理由なのだから!」

「そっか、愛ってとっても大切な物なんだね。お姉さん! 私、がんばるよ! お姉さんの愛のために、お城にいる悪い子をやっつける!」

「そうか! さすが勇者殿は話がわかる!」

「そうと決まったら早くお城にいって、悪者をやっつけよう! そして、みんなでドレスを着て、パーティーをするの! 頑張ろうね、ゲボちゃん! リリィちゃん!」

「ってちょ、ちょっとまって! 私は行くなんて一言も!」

「お前も行きなリリィ。オークの情報によると、敵は死霊使いネクロマンサーだそうだ。なら、あんたの魔法も役に立つだろ。腐った死体は焼くに限る。ロメロも、リリィがいれば心強いだろう?」


 急に話を振られたロメロは、少しばかり考えた。


「そうだな。リリィがいてくれると正直助かる。俺は魔法を使う敵との相性が悪いからな」

「ななな、なーに言ってんのよあんた! ま、まぁ? そこまで言うならついていってあげてもいいけどー!?」

「決まりだな。しっかりやれよミツバチ共。クエストを成功させる以外、お前たちに明日はないと思え」

「俺たちの最終目的は、魔王討伐だろ? このクエストにそこまで全力を注がなくてもいいんじゃないか?」

「貴様は社畜脳か! そんなものは業務上仕方なく目標にしているだけだ! お前は仕事に人生を捧げるつもりなのか阿保らしい。自分の人生あってこその仕事だ。人生の目標と手段をはきちがえるんじゃない!」


 ララは口元を釣り上げて、蒸しタオルを目元に張り付けたまま立ち上がった。


「ロメロ・ホプキンス! リリィ・【カーネイション】・マリア! そして牧村カスミ! 以上三名に特別クエストを発注する! クエスト内容は古城の死霊使い討伐! 期限は一週間だ! 心してかかるよーに!」

「一つ質問なんだけど、なんで期限がきまっているの?」

「寒気に入る前に工事に着手したいからだ! かなり古い城だから改築にもそれなりに時間がかかると予想される。ちなみに、町の大工にはすでに話は通してあるからそこは心配しなくていい」

「ああ、そう……」


 リリィは酷く不服そうな顔でがっくりと肩を落としていた。


 ロメロはそんな二人のやり取りをぼんやりと聞きながら、不意に、底知れない悪寒に襲われた。


 もしもカスミちゃんが暴れて、城が跡かたもなく吹き飛んだらどうしよう、と。


 視線の先では、カスミが自分の着るドレスを考えているのか、嬉しそうに笑っていた。


 無邪気なその表情に彼は、まぁなるようになるさ、と現実から目を背けたのだった。


「ねぇゲボちゃん! パーティー、楽しみだね! 私、黒以外のドレスって着たことないから、とっても楽しみだよぉ!」

「なら、がんばろうな」

「うん!」


 この時、ロメロは気がつかなかった。


 カスミが、黒色のドレスは着たことがある・・・・・・・という事実に。


 それは、式典の場ではドレスやタキシードを着ることが一般的なこの世界ゆえの盲点だった。


 かくして、古城に住む死霊使い討伐クエストが始動したのだった。

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