第19話 悪食の妹

 カスミが人差し指を唇に当てて考え事をしていると、彼女の背後から小さな人影が迫ってきた。


「ロメロ様~!」


 頭にチェックの頭巾をかぶり、金色の三つ編みを後頭部で結っている短い髪の少女。


 体にかけた真っ白なエプロンは、彼女が踏み出すたびに風に踊る。そんな彼女は、ひどくふくよかな猫を抱えたまま駆け寄ってきた。


 そしてカスミの隣を通り過ぎると、いまだ側頭部を抑えているロメロの前で立ち止まったのだった。


「レイアか。そんなに急いでどうしたんだ?」

「ララ様から伝言を頼まれました!」


 まだ年端もいかない彼女は元気よく答えた。


 彼女の抱える真っ白な毛並みの猫は、そんな声にも動じず、大きなあくびをしたのだった。


 レイアが言うには、今日の午後三時にギルドの執務室に来るようにとのことだった。


 それを聞いたロメロは、彼女の頭を優しく撫でた。レイアは嬉しそうに目を細めて俯いたのだった。


「えへへ。ロメロ様のためなら、私、なんだってできますよ!」

「そっか、本当、ありがとうな。そういえば、お前の姉さんって、魔物に偏見とかないのか?」

「え……。魔物、ですか?」

「かわいーねー。にゃんにゃーん」


 レイアが言い淀んでいると、カスミが猫の頭を撫でた。猫が怯えるのではないだろうかと、ロメロは思ったが、意外にもこのふくよかな猫は、カスミの手をどっしりとした態度で受け入れて喉を鳴らしている。


 そして、直前まで暗かったレイアの表情が、ぱっと明るくなった。


「マルマルって言うんだよ! お姉さんも、猫が好きなの?」

「うん、好きだよ! 私と、私のペットのエンビーちゃんが!」

「ペットなのに、猫が好きなの?」

「うん。猫が大好物なの!」

「ロメロ様! 私、このお姉さん嫌いです!」


 顔を真っ赤にしながら、レイアはロメロを見上げた。


「ま、まぁそういわずに、仲良くしてやってくれ」


 ロメロはレイアの頭を優し撫でながら、言った。


 正直、猫を愛でている少女を前にして自分のペットが猫が大好物だという彼女に心底呆れかえっていたのだった。

 カスミは人の心をまるで理解していない。事実をありのままに話すのだ。それが他人に受け入れられない事だとしても、彼女にはそれがわからないのである。


「ううー。どうしてみんな・・・、私を嫌いになるの……?」


 レイアの頭を撫でていたロメロは、カスミから不穏な気配を感じた。


 見ると彼女は、目にいっぱいの涙を溜めている。


 そしてその一つが、雫となって頬を流れた。


 ロメロはすかさずレイアを抱きかかると、倒れ込むようにして後退した。


「きゃあああ!?」


 肩から地面に落ちてやや息が詰まるも、彼はレイアに覆いかぶさるようにして伏せたのだった。


「耳を塞いで口を開けろ! 爆発するぞおおお! わあ! わああああああ!」


 耳たぶを耳穴じけつへと押し込んだロメロは、目を瞑り大声を張り上げた。まるで近くに手榴弾が転がってきた兵士のようである。


 そんな彼の胸の下からレイアは這い出すと、マルマルを地面に下ろし、くすんくすんと泣くカスミに近づいていった。


 そしてエプロンのポケットから小さな包みを取り出して、カスミに差し出したのだった。


「泣かないで。これ、あげるから」

「なぁに? これ?」

「飴玉だよ。イチゴ味の」


 カスミはその飴玉を受け取ると、包みを開いて口に放り込んだ。


 そして直前までの涙が嘘のように、ぱっと笑顔になったのだった。


「美味しい! ありがとう、レイアちゃん!」

「酷いこと言ってごめんなさい。でもお姉さんも、もう酷いこと言わないで?」

「うん! 約束するよぉ!」


 そういって、カスミは小指を差し出した。


 レイアもまた自分の小指を伸ばし、二人は指切りをしたのだった。





「わああああああ!」


 そんな二人の微笑ましい仲直りの最中、ギルドの若き英雄はいまだ耳を塞ぎ叫び続けていたのだった。

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