第18話 特訓!

 肩を震わせるゴブ太の様子にロメロは違和感を感じた。


 そういえば昨夜、ソフィアはゴブ太のことをずいぶんと気に入っていたようだったと彼は思い出す。


 同時刻、カスミ相手に獣になりかけていたロメロは、この瞬間とてつもない勘違いを炸裂させたのだった。


 それは、一人と一匹の、禁断の逢瀬。


 魔物と人という、けっして交わることのない二つの種族が互いを求め合うロマンス。


 今ゴブ太が傷だらけになっているのは、きっと、とても激しかったのだろうと想像した。その結果彼は、言いようのない敗北感に苛まれてしまい、どうにも落ち着いていられなかった。


「カスミちゃん。行こう」

「え? どうしたのゲボちゃん。やる気満々だね☆」


 ぼりぼり、と、カスミは爽快な音を奏でながら、生のニンジンもどきを咀嚼した。


「今はとにかく、めいっぱい体を動かしたいんだ」

「あ、兄貴! 待ってほしいでやんす! オイラの話をきいてほしーーーー」

「なにもいうな、ゴブ太」

「へ?」


 ロメロはとても穏やかな瞳で、傷だらけのゴブ太を見下ろした。


 そしてゆっくりと親指を突き出すと、軽くウィンクしたのだった。


「応援、してるぜ!」

「え……兄貴ぃ!?」


 勘違いを加速させたロメロは、皿に乗っていたパンを一切れ口に咥えて、カスミと共に食堂を後にしたのだった。







 セントラルローズ中央公園。色とりどりの薔薇が咲き誇る、この町の観光スポットである。 


 赤や白、黒や黄色の薔薇が埋め尽くす庭園は、毎年、腕に自信のある庭師がこぞって己の作品をつくる、『ワイルドローズ花祭り』が開催される場所でもある。


 今年の優勝作品は、『ローズ・クイーン』。赤い薔薇を髪に見立てた女性が、花嫁姿で茨の剣を掲げる大作である。

 誰が見てもモデルは野バラのギルドヘッドであるとわかる上に、このコンテストのスポンサーは、『野バラ』ギルドである。


 当然の如く、絶大な権力の寵愛ちょうあいを受けた本作品は、他の作品と圧倒的な差をつけて入賞した。裏取引があったかどうかは定かではないが、ギルドヘッド、ララ・ローズ・マリアは、この作品のコメントに『とても美しい作品ですね。ちなみにこの作品には、夫婦めおととなる方が見られないようですがそれはなぜですか?』というコメントを残した。


 本作品を作り上げた庭師は、入賞から九十日ほど経つが、いまだに休業中である。最後に彼を見た同業者の証言によると、絶世の美男子を作らなければ俺は死ぬ。と、うわ言のように呟いていたらしい。


 そんな、虚しき愛を求める茨の女王が君臨する公園で、ロメロと魔法少女姿のカスミは、互いに刃をぶつけていた。


「やああ!」

「うおおお!? はやいはやい! 剣速が早すぎる!」


 ロメロが持つのは切れ味のない模造刀。その偽りの剣で、カスミのマジカル☆ナイフをさばいていた。


 彼女の異常な身体能力から繰り出される斬撃は、切りあいに慣れているロメロであっても防戦一方となるほどの勢いがあった。


 幸い、彼女自身がナイフの扱いに慣れていないためか、全て大ぶりの攻撃であるため、薄皮一枚のところでいなすことに成功している。


 だが、ロメロの体には、よけきれなかった攻撃による細かな切り傷が多数つけられていた。


「たんま! 休憩にしよう!」


 後ろに飛びのき、距離をとるロメロ。


 カスミはナイフを振り上げたままぴたりと止まり、そして構えを解いた。


「ゲボちゃん、よけるの上手だね! 全然あたらないや!」

「はぁ、はぁ、ま、まあな」


 とは言う物の、ロメロは肩で息をしていた。

 全身の小さな傷からは、血がとめどなく溢れ出る。


「なんだか血が止まらないような……」

「マジカル☆ナイフで傷つけられた部分は血が止まらなくなる呪……魔法がかけられているんだよ~!」


 呪い。確かにそう聞こえた。


 だが、ロメロにはすでに、もう一つの呪い。不死の呪いがかかっているためか、まだ血が流れつづけている傷口は、緑色の光に包まれ綺麗に消えたのだった。


 この呪いに感謝することになるとは、とロメロの心境は複雑である。


「もしも敵だったら、ものすごく嫌な武器だな」

「でも当たらなきゃ意味がないよぉ。どうしたらいいんだろ?」


 カスミの攻撃は全てが大ぶりである。


 なので、体の動きで剣筋が見えてしまうのだ。


 ロメロはナイフの扱いは専門外だったが、初めてカスミと出会ったときのことを思い出し、そして口を開いた。


「カスミちゃんは大ぶりすぎるんだよ。初めて俺たちが出会ったときは最小限の動きで突き刺してきただろう? あの時みたいにってのは、実践だと難しいだろうから、体を半身に構えて、切るよりも突きをメインにして使ってみたらどうかな?」

「突き、かぁ。さっそく試してみるね!」

「え? うおおお!」


 およそ五メートルの距離を一歩で縮めてきたカスミは、すぐさまロメロの懐に飛び込んだ。

 そして彼は、自身の体の下から、喉に目掛けて迫ってくる狂刃を、体を捻り躱した。


「あ、あぶ!」

「どんどん行くよー!」


 その後もカスミの突きが何度も襲ってきたが、ほとんど直感によって、ロメロはすべてさばききったのだった。


「ぜぃ、ぜぃ、ど、どうだ……」

「ゲボちゃんすごーい! 私もなんだか感覚がつかめて気がするよ! ありがとう!」


 鈍い光を放つ禍々しいナイフを握りながら、カスミは天使のような笑顔を向けてきたのだった。


「そ、そりゃよかった」


 ロメロはカスミの猛攻を乗り越えた自分を、心の中でこっそりと褒めた。


「じゃあ、次いこっか!」


 天使の微笑みを顔に張り付けたまま、カスミが言った。


「はぁ!? まだやんの!?」

「いやなの?」


 途端に彼女の表情が曇る。


「嫌って言うか……。体がもたないって言うか……」

「特訓につきあってくれるって言ったのに……」


 じわりと、カスミの目に涙が溜まっていく。

 ナイフは光の粒となり消え。彼女は目元を両手で拭った。


「か、カスミちゃん? なにも泣かなくても?」

「うう、ぐす……」


 しくしくと泣く彼女に、ロメロは近づき、手を伸ばした。

 そして、彼女の頬を流れる涙を拭おうと手を伸ばす。手に、零れ落ちた涙が触れたその時。

 激しい爆発音とともに、ロメロの右腕が吹き飛んだ。


「うわあああ!? え、なに!? なんで!?」

「うえーん! もっと特訓しようよぉーゲボちゃーん!」


 涙を流しながらロメロの胸に顔をうずめるカスミ。

 彼女の涙が触れるたびに、ロメロの体は小さな炸裂音を響かせてえぐれていく。


「ぐほおおおお! わかった! わかったから! やろうやろう! だから離れてえええ!」

「本当!? ありがとう、ゲボちゃん!」


 ロメロは魔法少女の涙は爆発する、ということを学んだ。


 涙は女の武器、とは言うが、一般的な魔法少女の涙は、当然人体に反応して爆発などしない。


 なので、魔法少女の、というのは間違いなのだが、それを知るすべを彼は持ち合わせていない。


「次はねぇー、んーどーしよっかなー」

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