第17話 勘違いとすれ違いと誤解の始まり
翌朝。
「ゲボちゃん起きて! 朝だよ!」
カスミは躊躇なくロメロの腹に突き刺さった剣を引き抜いた。
彼の傷口を朝日と交じり合った翡翠色の光が包み、青白かった顔に生気が戻っていく。そしてゆっくりと目を開いたのだった。
彼の視界には、いつも通り茶色の髪を二つに縛ったカスミがにこにこと微笑んでいるのが見えた。彼女はすでに着替えを終えて昨日と同じセーラー服着ている。
「カスミ、ちゃん?」
「おはようゲボちゃん。調子はどう?」
「おはよう。自分でもびっくりするくらい、いい目覚めだ」
そういって上体を起き上がらせ、窓辺に視線を移した。
窓から差し込む光りと共に、小鳥のさえずりが聞こえる。
とても爽やかな朝である。さきほど言った、目覚めがいい、という言葉は紛れもない事実だった。目覚めた時の、体のコリや気だるさはなく。頭はすっきりと冴えている。
今日はいい日になりそうだ、と彼は思い、目を細めた。
「よかったぁ! じゃあ今日は、私の特訓につきあってね☆」
「……え?」
ロメロの全身が粟だった。
特訓。
それはつまり牧村カスミの操る百八つの凶器を使った一方的な殺戮ショーであることを、冴えわたったロメロの頭はすぐさま理解したのだった。
「私は先に食堂に降りてるから、ゲボちゃんも準備ができたらきてね!」
カスミは立ち上がり、腰かけていたベッドの乱れを正すことなく、扉へと歩いていった。
そして扉を閉める直前に、まってるから。といって、カスミはそそくさと部屋を出てしまったのだった。
「ああ……あああ! 嘘だ、嘘だあああ!」
爽やかな朝は急激にその爽快さを失い、今の彼は来てしまった今日という日を心の底から恨んだのだった。
この後、彼を待つのは、壮絶なる苦痛。そのことはもはや約束された未来である。
覆しようのない現実に、ただただ絶望を募らせた彼は、バックレてしまおうかと思い、再びベッドに顔をうずめた。
「なんだ? あった、かい……?」
彼は顔面に感じる温もりを怪訝に思った。
暖かさを感じるのも当然である。なぜならそこは、つい先ほどまでカスミが腰かけていた場所なのだから。
そのことに気がつきほんのりと頬を染めたロメロは、さらに昨日のことを思い出してしまった。
自分を見つめる潤んだ瞳。
ねだるような甘い声。
そして、私を愛して。という、台詞。
「おおおあああ! やってやる、やってやるぜ!」
顔をゆでダコのように真っ赤にしたロメロは、勢いよくベッドから顔を上げ、すぐさま着替えた。
結局のところ戦いの中で育った彼は、女性に対して悶々とする胸の痛みよりも、肉体的苦痛の方がマシだと判断したのだった。
彼は穴の開いた鎧は着ずに、亜麻色のシンプルな布の服に着替えると、先ほどまで自分の腹を貫いていた黒剣を鞘にしまって部屋をでた。
食堂は、昨日あれほどの大騒ぎがあったにも関わらず綺麗に整頓されていた。倒れた机も折れた椅子の足も、全て修理され、元通りである。
さすがのソフィアと言えども、一晩であの荒れようを直すのは至難の技だろうに、と思ったロメロの視界に、目の下に酷い隈をつけたゴブ太が見えた。
ゴブ太の隣には、カスミも座っている。
二人はサラダとパン、それとソーセージの乗った大きなお皿を前に、なにやら話しているようだ。ロメロからは、カスミがゴブ太の肩に手を置いて、なにやら慰めているように見える。
ロメロは二人の元へと駆け寄った。
「どうした?」
「あ、ゲボちゃん! もー遅いよー、ご飯はみんなで食べるんだよ?」
頬を膨らませるカスミに、ロメロは短く謝罪した。
そして、カスミとの間にゴブ太を挟むようにして座ったのだった。
「兄貴……」
「おいゴブ太、お前なにがあったんだ? 酷い顔してるぞ?」
遠目にも、ゴブ太の顔はひどくやつれていた。
ただでさえ小さな体の彼は、より一層縮んでしまったかのようである。
「ソフィアちゃんとなにかあったみたいなんだよ」
カスミが青野菜をフォークで突き刺しながら言った。そして言い終わると同時に、口に運んだのだった。
彼女がソフィア、と言った瞬間、ゴブ太の肩がぶるりと震えた。
明らかに異常な反応に、ロメロはなにかがあったのだろうと、察したのだった。
「ソフィアになにをされたんだ?」
「ひぃ! ななな、なんもないでやんすよ!?」
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