第12話 帰還。そして、逃げちゃダメだ! 迎え撃てー☆

 ロメロの住む町は比較的平和な町である。


 人口は、およそ三十五万人。


 町はレンガ造りの家々が立ち並び、中央通りには生活用品店から武器屋まで様々な店が立ち並んでいる。


 時折『野ばら』ギルド監修の元、旅の商人たちが露店を開く市場バザールが開催されたり、ギルド本部の正面。つまり町の中央にあるセントラルローズ公園では庭師が互いの腕を競い合う花祭りが開催される。


 南側には海があり、期間は短いが夏季には海水浴を楽しむことができ、北には鉱石の採掘できる灰色の山脈と、更にその奥に大陸の象徴とも言うべき霊峰が鎮座している。


 豊かな自然に囲まれたこの町は、そんな住みやすい環境だからこそ、かつては魔物に限らず様々な種族が奪い取ろうとした。しかしこの大陸に人が住み始めて数千年。一度たりともこの土地が人間以外の種族の手に渡ったことは無い。


 この世界において魔物は自力で魔力を生成できない生物であり、魔力を産み出せる人間の敵ではないのだ。


 そもそも竜人や獣人は、暗黒大陸を除く他の三大陸に住んでいることが多く。また冬の寒気が厳しい北の大陸にはめったにやってこないことも、この土地が人間にとっての楽園であり続ける理由の一つとなっている。





 しかしそんな楽園だったのも、ほんの五分前までの話である。





「警報ー! 東の森からオークの集団が町に来たぞおお! ギルドメンバーは総員戦闘配置につけえええ!」

「うおおお! 戦争だあああ!」

「恐いよおおお! ママあああ!」

「おおぉ、神よ。我らがアストラ神よ、我らを救いたまへ……」


 若者は血気盛んに武器を取り、子供は泣き、老人は神へ祈る。


 平和な町はここ数百年となかった魔物の襲来により絶望に彩られていた。町の入り口には、屈強なギルドメンバーのほかに、町の若者や肉体労働者たちがこぞって集結している。


 皆、砂塵を巻き上げ、東の森からやってくるオーク達を憎々し気に睨みつけていた。


 乾燥した北の空にはこの地には珍しい鳥獣人が、両腕の代わりに生えた大きな翼で羽ばたき、オークたちの状況を観測していた。春の終わりのからりと乾いた空にとどまると、双眼鏡付きのゴーグルで対象を視界にとらえた。


「こちらハーピーのピュイヤです! 目標までの距離はおよそ十キロ! 進行速度はとても遅いですが、まっすぐ町へと向かってきています!」


 ピュイヤは自身の首にさげられた通信用の赤い魔石に向かって叫んだ。彼女の報告は北方ギルド『野バラ』のギルドヘッド執務室へと直接送り込まれる。




ーーーーギルドヘッド執務室。



 真っ赤な絨毯に真っ赤なカーテン。真っ赤な机に真っ赤な椅子が置かれた部屋。


 中央の壁には町を一望できる大きなアーチ窓がはめ込まれたその部屋で、北方ギルド『野バラ』の総帥。ギルドヘッド、ララ・【ローズ】・マリアは、お気に入りの紅水晶のパイプをくわえていた。


 逆光と真っ赤な長い髪で表情はうかがえないが、彼女は窓から差し込む日の光を幾重にも反射させる紅いパイプから口を離し紫煙を吐き出すと、気だるそうに机に置かれた彼女の手のひらほど大きさの魔石に触れた。


「規模は?」

「およそ三十です!」


 タイムラグはない。ピュイヤの報告がすぐさま魔石から送られてくる。


 ピュイヤの言葉が発せられるたびに、魔石は青く発光した。


「三十? 妙だな、あのキングがそんな少人数で向かってくるとは思えん」


 ララは再びパイプを口にして一息吸うと、ゆっくりと煙を吐き出した。


「そういえばキングの姿が……、あ、あれは!?」


 ピュイヤの驚きに満ちた声が執務室に響いた。


「どうした?」

「ロメロさんです! 先日の闘技大会で優勝した、【不滅のロメロ】がオークたちの先頭を歩いています! その隣には茶髪の少女と、あれはゴブリンでしょうか!? オークたちを引き連れているのは、ロメロ・ホプキンスです! 繰り返します、ロメロ・ホプキンスです!」


 ララは左手に持ったパイプを赤いマニキュアを塗った人差し指の爪でなめらかに磨き上げられた表面をひっかいた。パイプの口から立ち上る紫煙は天井に溜まり、室内にとどまっている。


 長い沈黙が、続いた。



「ごめん。もう一回言って? なに? メロメロ?」

「ロメロです! ロメロ・ホプキンスです! オークたちを引き連れているのは、【不滅のロメロ】です!」


 ララはパイプを取りこぼし、上質な朱里しゅり材にも似た素材で作られた机の上に火種がこぼれるのも構わず、彼女は立ち上がった。


 同時に魔石が青く瞬いた。



「総帥殿」


 魔石からは、渋い声が流れる。声色だけでもララよりもずいぶん年上とわかる落ち着いた声。


 ララは立ったまま、その声に顔色一つ変えずに再び魔石に触れた。


「アンカー司令。どうした?」

「対象勢力を危険と判断し、例の兵器を起動させます」

「例の……? いや、その必要はない。あの集団の先頭にいるのはロメロ・ホプキンスだ。仲間を攻撃するつもりか」

 

 ララは魔石に向かって、諭すように語りかけた。


 やや早口になっているのは、ギルドヘッドという立場であってもあまりにも予想外すぎる展開に狼狽えているのかもしれない。


「えっ」


 だが、アンカー司令にとってはララの発したその言葉が予想外だったのか、言葉をつまらせてしまった。


「おい? まさか……」


 ララの言葉を最後に、執務室には、沈黙が流れた。


 彼女は、静かにアンカー指令の言葉の続きをまった。


「ですが! こんな時しか使えないではありませんか!」

「子供か! 君といい製造班の班長といい、兵器関係者はどうして問題行動ばかりするんだ!? 伝統かなにかか!?」

「彼は『撮り兵』ですが、私は動いている方がかっこよくて好きであります! できれば搭乗する『乗り兵』になりたいところであります!」

「敵陣につっこむ司令官がいるかバカ者! 命を大事にしろ! だいたいなんだ、撮り兵とか乗り兵って!」

「兵器オタクの種類であります。他にもスペックを重要視する『スペ兵』、絵を描く『描き兵』などがおります」

「知るか!」


 とてもダンディな魅惑の声バリトン・ボイスで子供のようなことをいうアンカーに、ララは怒気を含んだ声色で言い返したのだった。


 ララの怒号に続いて大きな地響きが執務室を襲った。彼女は急いで立ち上がり窓に駆け寄った。そして、窓ガラスに触れながら外を見た。


 アーチ窓の向こう側。煉瓦造りの家々が所狭しと立ち並ぶ町の中に、一か所だけ不自然な空き地があった。


 地響きと共に空き地の地面が少しだけ凹み、左右に開いていく。


 町が、いや大地が割れ、そしてそこからあらわれる巨大な影。


 全身が灰色の石でできたそれは、細い体躯と背中に取り付けられた魔力供給線マルグリット・ケーブルが特徴的であり、鋭い眼光にも似た頭部のランプは、蒼く光っている。


 これこそが、野バラの誇る究極の魔物駆逐兵器。


 汎用巨人型決闘兵器、”ゴレムギリアン”である。





「ヴォオオオオオオゥ!」


 執務室の窓がびりびりと振動し、ララはその場にぺたんと座り込んだ。


「すまん、ロメロ。本当に申し訳ない。……でも、もしもあの兵器を傷つけたら、修繕費はきっちり請求するからな」 


 ララの言葉は誰にも届くことなく、室内に漂う煙と共に霧散した。






ーーーー東の入り口。森と町の間にある、荒れ地にて。




「みてみてゲボちゃん! おっきーよー!」


 ロメロの隣を歩く変身前ノーマルフォームのカスミは、ゴレムギリアンを指さしていた。


 ロメロは余程緊急の時にしか出てこない兵器が突然あらわれたことに少しだけ驚いたが、ゴレムギリアンの姿は祭典の時以外に見たことが無かったので、今回もなにかの催し物なのだろうとのほほんとその巨大な体躯を見上げていた。


 そして、いつ見てもあの造形はかっこいい。少年心をくすぐる圧倒的ビジュアルだな、と彼は思っていたのだった。


「あれは野バラの秘密兵器、ゴレムギリアンだ」

「でかいっすね。あ、兄貴、オイラたち、大丈夫なんでやんすか?」


 ゴブ太の不安げな視線に、ロメロは優しく微笑み返す。


「大丈夫大丈夫。いくらオークの集団と一緒だからって、仲間を攻撃するわけーーーー」


 ないと思っていたゴレムギリアンの頭部が光り、一筋の光芒がロメロたちの頭上を通り過ぎていった。


 その光は遥か遠方の山脈へと突き刺さり、凄まじい爆音を上げ山肌を大きくえぐり取ったのだった。




 ゴレムギリアンは、野バラの誇る秘密兵器にして最終兵器である。


 何十人という魔術師たちが必死に頭をひねり、何百人という大工がそれを形に変えた珠玉にして至高の超大作。


 その造形は美しく。均整のとれた手足。強度と軽量化を実現させたボディ装甲は北の山脈の地下深くでしか採取できないグレイ・ミスリル製。そして雄々しい一本角の生えたゴレムギリアンのシンボルともいえる頭部。


 武装は頭部に搭載された魔力圧縮装置による無属性の魔法弾のみ。だがそれを補ってあまりあるほどの運動性能を秘めている。


 現在は専用の装備を試行錯誤している段階である。製作班の班長はその進捗を税金を納めている住人達に説明した際に、これは兵器ではない、芸術だ。と、発言してしまい、あまりの不謹慎さに住人の反感をかって先日辞職したのはロメロの記憶にもあたらしい。


 そんな多くの人々の血と涙の結晶が、ロメロたちに牙を剥いた。


「すっごーい☆」

「う、撃ってきたっすよおおおおお!?」

「どど、どーすんべ!? あんなのかてっこねーべさ!」

「おおおおおお、おち、おち、おちち!」


 誰よりも落ち着きを失っていたロメロは、ゴレムギリアンが低くしゃがみこんだ姿を見てしまった。


 ゴレムギリアンは町の中心地から大きく跳びあがり、そしてロメロたちの目の前に着地したのだった。


 当然、あたりはまるで地震でも起きたかのような振動に襲われ、ロメロたちは土砂とともに宙に浮きあがる。

 彼は安定しない浮遊感にどうしようもない不安を感じた。


「うおおおおお!?」

「ゲボちゃん! つかまって!」

「カスミちゃん!?」


 天高く跳ね上げられたロメロをいつのまにか変身していたカスミが受け止め、静かに着地した。


 お姫様抱っこされたロメロは、トゥンク……と高鳴る胸を押さえカスミを見上げたのだった。


「やだ、かっこいい……」


 ロメロ・ホプキンスはこの時、あまりの異常事態に混乱していた。


 今の状況はいくら戦いなれている彼でも処理し切れない事態である。仲間からの、それも秘密兵器からの強襲によって一種の錯乱状態に陥ってしまったのだ。


「ゲボちゃんはここにいて! 私が何とかするから!」


 そういって、カスミは優しくロメロを地面に下ろした。


「けど、カスミちゃ……!」


 横座りをして胸の前で両手を握り、瞳を九十年代少女漫画風にしたロメロの言葉をカスミは手のひらを突き付けて、さえぎった。


「こんな私でも誰かの役に立てるんだって、胸を張って生きていけたら。それが一番の夢だから!」

「ごめん、何言ってるのかさっぱりわかんないよカスミちゃん!」


 ロメロはあまりにも脈絡のない台詞を理解することができない。


「いいから任せて! 必殺・・の百番台、いっくよー☆ アイテムナンバー101。『マジカル☆フレア』!」


 カスミの体が浮き上がり、同時に白く発光した。その光は彼女の胸元へと収束し、そして特大サイズのビームがゴレムギリアン目掛けて飛び出したのだった。


 ゴレムギリアンは腕を交差させて防御の構えを取り、そしてそのまま、光の中へと飲み込まれていく。


 彼女の放ったビームはゴレムギリアンを飲み込むも、その勢いはとどまることを知らず、町の上空をどこまでも突き進んでいく。ビームの進路上から、少し離れた場所で滞空していたピュイヤも、襲い来る衝撃波から逃げるためか、慌てて町の西側にある時計塔へと避難していた。


 カスミを中心として凄まじい熱気と衝撃波が周囲を襲う。


「うおおおおおお!? 熱い!? 飛ぶ、飛ぶ!」


 命の危機を感じて冷静さを取り戻したロメロは、近くの岩に必死にしがみつき、飛ばされまいと必死に耐えた。


 やがてカスミから溢れ出る光の奔流は止まり、濃い砂煙が辺りを覆いつくす。その煙を、一陣の風が吹き飛ばした。ロメロは、開けた視界に見えた景色に絶句した。


 なんとそこには、上半身が真っ赤に熱せられたゴレムギリアンの姿があったのだ。目の光はすでに失われていることから、の兵器はすでに沈黙していることが伺える。


 ロメロはその光景を見て、一生かけても稼ぎきれない損害であるということを、一目で理解した。


「やったぁ! ゲボちゃん! やったよー!」


 蒸気を吹き出しゆっくりと倒れ込む兵器を背景に、ぴょんこぴょんこと跳ねるカスミを見て、ロメロはなんと言い訳しようかと必死に思考を巡らすのだった。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る