第11話 下僕の下僕の下僕
「ブオオオ! キングううう!」
「うぅ、キングがやられちまったべさ」
「オラたちこれからどうなるべか!? ど、どうすりゃいいべぇ!」
ボスが敗れたことに気がついたオークたちは、一斉にキングの亡骸を取り囲んで、思い思いに嘆きをこぼしていた。
もはやロメロなど眼中にない。そこにいるのは、物言わぬ骸となった自分たちのボスに、悲しみと戸惑いの感情をぶつける哀れな魔物だけである。
「さて……☆」
そんなオークたちに、カスミは無情にもショットガンを構える。
彼女は
森に轟音が響き、空気が揺れる。銃口から噴出した硝煙は穏やかな風に揺れ、そして消えた。
「あれれ? ゲボちゃん? ゴブ太?」
しかし、カスミの放った弾丸はオークたちを襲うことはなかった。
銃口は虚空へと向けられ、九つの鉛玉はなんの命も狩り取ることなくその役目を終えたのだった。
「やりすぎだ、カスミちゃん」
「ほ、星の姉御! 無抵抗な相手を襲うのは、武人としてあるまじき行為でやんすよ!」
ロメロとゴブ太がカスミの握るショットガンを掴みながら苦々しい表情になっていた。
無防備なオークたちを守るために、二人がカスミの銃を持ち上げ照準を狂わせたのだ。
死ぬことのないロメロにとっては最悪トラウマ物の苦痛を味わうくらいで済むだろうと思っていたが、ゴブ太は顔面蒼白で、完全に死を覚悟していた。
カスミはきょとんとした表情で、ロメロを見上げ、ロメロもまた眉間に皺を寄せて彼女を見つめ返す。
次第に呆けていたカスミの眉間にも皺が寄り始めた。
「なんで邪魔するの? 悪い子はやっつけなきゃダメでしょ?」
「もうこいつらは悪い子じゃない。悪いことなんてできやしないんだ。いまはただの、可哀そうなオークだ」
「可哀そう? どうして?」
「大切な誰かが死んだら、誰だって悲しいだろう」
ロメロはそう言い切った。彼はずっと孤独だったが、戦場という不特定多数の人々と生活を共にしてきた以上、数々の出会いを経験しそして別れも経験してきた。
だからこそこのむせび泣くオークたちの気持ちはよくわかったのだ。そうはいっても、このまま放っておくのかといえばそれは違う。
このオークたちが人々を恨み、危害を加えるようであればそれなりの対応をしなければならない。だが、森の奥深くでひっそりと暮らすのであればなにも皆殺しにする必要はないとロメロは考えていた。
それは命のやり取りがさかんなこの世界においては甘さなのかもしれない。だが、戦場において失われがちな人間性を、ロメロは頑なに手放そうとはしない。誰も心の奥底では戦いなど望んでいないのだ。純粋な狂気を持つ者を除いては。
「よくわかんないや。じゃあ、私はどうしたらいいの? どうすれば魔法少女らしくなる?」
カスミの瞳はまっすぐとロメロを射抜く。
あまりにも透き通ったその瞳に、ロメロは心の底から恐怖し、同時に哀れにも感じた。
牧村カスミという少女は、可憐であり強い。だが、無知なのだ。行動の理念がない。己の有り余る力を振り回すことのみを目的としている。その言い訳に魔法少女、という架空のヒーローを演じているように見えるのだ。
そんな怪物が、ロメロにはとても幼い子供のように見えた。
「魔法少女らしく、というのはよくわからないが、まずは話しあいじゃないか? 相手に殺意があるかどうかを見極めて、戦うか戦わないか決めるべきだ。一方的な攻撃は単なる虐殺にしかならない」
「話しあい、かぁ。よーし! ねー! 君たちー!」
カスミは元気よくオークたちに手を振った。
快活なその声は良く通り、あたりに元気を与えるような爽やかな発声だ。
「ああああん?」
だがしかし、振り向いたオークたちの顔が豚ではなく鬼の形相だったのは言うまでもない。
突然あらわれて、突然毒ガスを投げ込まれて、突然自分たちの
カスミたちを恨みこそすれ、友好的にする道理などないのは、当然である。
その反応にロメロは、まぁそうなるよな、と思った。
彼は必要のない殺しはしない。相手に敵意が無ければ剣を抜くこともない。しかし、相手が自分たちの命を脅かすというのなら、話は別である。己の命と、己の手の届く命を守るためならば、ロメロは容赦なく刃を向ける。
彼は腰に携えた剣の柄を握った。
「みんな! 私たちとお友達になろーよ! なんでも言うこと聞いてくれるなら命だけは見逃してあげるよー!」
それは下僕って言うんだよ、カスミちゃん。ロメロは思わず口走りそうになった言葉をかみ殺した。それを言ってしまえばオークたちも黙ってはいないだろう。すでにはち切れそうな怒りを自分からつつく必要はない。いまはじっくりと、せき止められた感情が爆発する隙を待つのみである。
そんな考えを巡らせながら、彼は柄の握りを確かめた。
「もう手遅れだよカスミちゃん。どうやらあいつらは、俺たちを許す気がないみたいだ」
「ええー? じゃあ、戦うの?」
「ああ、そうなーーーー」
「待つだべ、みんな!」
一触即発の最中、野太い声が響いた。
声の方向に皆が一斉に顔を向けると、そこには額に大きなたんこぶを作った一頭のオークが立っていた。
彼の名はヤサク。ゴブ太に敗れた、一族一の槍使いである。
「この方たちにさからっちゃなんね。オラたちは強い者に従う種族だ。キングもオラたちの中で一番強かったから
ヤサクの声に、オークたちが困惑した表情になり、そして顔を寄せ合ってぼそぼそと話しをし始めた。
「一番つえぇ奴?」
「キングの次に強いのはヤサクだべ。バカだけんども」
「んじゃあ、次のボスはヤサクだべ?」
「あいつは、そんな器じゃね。頭がわりぃ」
「バカバカ言うのはどいつだべ!? って、オラがいいてぇのはそういうことじゃねーだ! このバカ共!」
ヤサクは顔を真っ赤にしながら怒鳴った。愚かなオークとはいえ、直球でバカにされれば腹が立つのも道理である。
オークたちはいっせいに黙り込み、再びヤサクに視線を投げかけた。
ヤサクは皆がだまったことを確認し、コホンと咳ばらいをすると、ゆっくりとカスミを指さした。
「あの娘っ子が、オラたちのキングを倒しただ。ならオラたちは、あの娘っ子に従うべきじゃーねーだか?」
オークたちはどよめいた。
「人間に従うだか?」「そんなのいままで考えたこともなかったべ」「いやいや待つだ、そんなこと許されるだべか? 魔物が人間に従うなんて!」とまたしても口々に文句を垂れる。
「許されるもなにも事実だべ。もっと言えばオラたちが従うべきなのは、今、一族の中で一番つえぇオラを負かした、あのゴブリンだべ!」
ヤサクの指先が、カスミの足元にいたゴブ太へと向けられた。
「お、オイラ!?」
唐突に注目を浴びる羽目になったゴブ太は、おどおどしながらあたりを見回した。
普段注目の的になることなどないからか、もともと緑色だった彼の顔色はさらに悪くなっていく。
「あのゴブリンに?」「まぁ魔物なら、認められんこともないだべ」「オラはゴブリン好きだから、別に構わんど」と、オークの衆。
オーク達の反応にいい手応えを感じたのか、ヤサクはゴブ太の前に歩み寄り、そして片膝をついて
「ゴブ太さん。魔物のあんたになら、オラたちも従える。どうか、オラたちの
「えええ!? オイラそんなの困るでやんすよ!?」
「お願いしますだ」
ヤサクの言葉に続いて、オークたちも、お願いしますだ、と声をそろえた。
その様子を見ていたロメロは。まさか、こいつらも町に来ることになるのではないかと不安になっていた。
ゴブリン一匹ならまだしも、オークの集団を町にいれるなんて、一般市民の混乱を招くことは火を見るよりも明らかである。
ここは何としてでも阻止しなければならない。そう、思ったが、
「わぁ! ゴブ太にも、たくさん下僕ができたんだね! ゲボちゃんも鼻が高いね! きゃは☆」
と言って笑うカスミによって、もはやそれは、覆すことのできない決定事項となりかけた。
しかしロメロは彼女の独断に、ついに物申すことを決意して口を開いたのだった。
「いや、待つんだカスミちゃん。さすがにこいつら全員、町に入れることなんてできないぞ」
ロメロは食い下がった。なんだかんだいっても、カスミには素直な部分がある。何もかもを自分の意のままにするようなタイプではなく、それなりに話を聞いてくれる。
ならば進言するだけの価値はある、と彼は思ったのだ。
「なんで?」
カスミの、あまりに冷たい口調に、空気が凍った。
本能からか、ロメロの手が震える。
ゴブ太も歯をかちかちと鳴らし、オークたちは脂汗をだらだらと垂れ流している。
ロメロは、自分の考えがあまりにも無謀だったことに、この時ようやく気がついた。
「い、いや。だってさ、魔物なんて入れたら、町の人たちが恐がるだろ? それは魔法少女的にダメ、じゃないか?」
カスミは、魔法少女として人々の不安を取り除こうとしていた。そこを利用しようとロメロは考えたのだった。
けれど、その考えさえもカスミは凌駕する。
「この子たちはゲボちゃんの下僕のさらに下僕なんだよ? 悪いことなんてするはずないじゃない! それに、もしも悪い事したら、私がきつーいお仕置きをしてあげるから大丈夫だよ☆」
脳内に星がちらつく。
もう慣れたと思っていたロメロも、邪悪さを直接魂に流し込まれるような今回の星には、立っていることさえ辛い。
両膝に手をつき、カスミを仰ぎ見た。彼の息は荒い。
お仕置きとはなんなのか、それを聞きたかったが、声がでない。
「お、お仕置きって、なにするでやんす……?」
腰を抜かしたゴブ太が、尋ねた。
カスミは地面にへばりついたゴブ太を一瞥して、にっこりと微笑みかけた。
「××××して、【ピーーーー】。その後、☆☆☆するよ。でも大丈夫! 絶対に、
ずしゃ……。
それはロメロの心が、ぽっきりと折れる音だった。
彼は虚ろな目で、力なく両膝を地面に崩したのだった。
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