第10話 魔法少女VSオークキング
ゴブ太がヤサクに襲われ始めたころ、カスミはというと。
「あなたが、町のみんなを怖がらせる悪い豚さんね! 観念しなさい!」
キングと相対していた。
「俺様が、悪、だと……。コー……ホー」
キングの酸素マスクからは、独特の呼吸音が漏れている。
だが重みのあるその声はよく響き、王者の風格を匂わせていた。
「そう、あなたは悪! そして私は、愛と正義の使者! 魔法少女、カスミナール!」
背後に大きな星を出現させたカスミは、左手を腰に、右手はピースサインを作り目元にあてて、彼女なりのキメポーズをとった。
カスミから放出される小さな星々は、キングの酸素マスクにコツンコツンとぶつかり弾かれていく。キングは、おもむろにマスクに手をかけると、首元の金具を外した。
どしゃり、と重々しい音を響かせてマスクが地面に落ちた。
露わになったキングの右目には古い傷が刻み込まれ、下顎から伸びた牙は象牙のように太く長い。まさにオークたちのボスというにふさわしい、凶悪な顔をしていた。
「俺様たちのなにが悪だというのだ? 突然現れた魔王の刺客に住みかを追われ、一族を守るためにここへと移住してきただけではないか。民を守ること、それが悪だというのなら正義とはなんだ? 弱きものを虐げることが正義だと言うのか? では、愛は? 民の安寧を願うことは愛ではないのか?」
キングは、静かに、だが確かな殺意を込めて、カスミを睨みつけた。
カスミの放つ禍々しい魔力を感じ取っているのか、彼はすでに、自身の獲物である巨大な両刃斧を右手に持っている。
カスミは、ん~? と、とぼけた反応を見せ、小首をかしげた後、バットの切っ先をキングへと向けた。
「なにを言っているのかよくわからないけど! 魔法少女は、愛と正義でできているんだよ!」
「それはつまり、貴様の判断が愛と正義ということか? くだらん。そんなものは独裁と同じだ! 力でねじ伏せ、力で従わせる! そんなもののどこに愛がある!?」
「でっかい豚さんがなにを言っているのかよくわからないけど! とにかく! あなたのせいで、町のみんなが困っているの! 大人しく成敗されなさい!」
「成敗、だと?」
キングの額に青筋が浮かんだ。
カスミの言葉がキングの逆鱗に触れたのはだれが見てもわかることだった。
ただ一人、カスミ自身を除いては。
「貴様のそれが、仲間のために戦うということが愛なのか? そのためならば、どれだけの血が流れてもいいとでも!? そんなものは愛ではない!
俺様は、民だけではなく、貴様ら下等な人間さえも、極力殺したくはなかった! 己の欲望に身を任せた殺戮など虫唾が走る! だからこそ俺様たちは森の奥深くへと移り住み、人間との接触を断ってきたのだ!たとえそれが、自らの進化を
それがなんだ? なんの危害を加えたわけでもないのに、近くに住み始めたというただそれだけのことでこの態度は。野蛮な人間め、貴様らに愛を語る資格などない!」
「むむむ、もう全然意味がわかんないよ! だいたいそーゆーかっこいい会話は、中盤かラスボスじゃなきゃダメなんだよ! とにかく私は! あなたを倒すの! だって、魔法少女だから!」
実は違う言語を使っているのではないかというくらい、理解力のないカスミである。
少しもキングの話を理解していないであろう彼女は桃色のスカートをはためかせて駆け出した。
「俺様は獅子の化身、【
キングは斧を両手で持ち正面に構えた。そしてカスミが斧の射程に入ったその時、二メートル以上の巨体からは想像もできない速度で斧を振るった。
斧は鈍い銀色の軌跡を残し、カスミの細く白い首へとまっすぐに振り払われた。刃は、しかし彼女へは届かない。
カスミはバットを斧の進行上におき、受け止めたのだ。直後、彼女の後ろに爆風のような風が巻き起こる。それは、キングの剣圧が生み出した暴風だった。
だがしかし、圧倒的な対格差にも関わらず、カスミは顔色一つ変えずにそれを受け止める。むしろバットを通して感じる振動に、口角をつり上げ、喜びさえ感じているように見える。
「ッ! 化物め!」
「豚さんにいわれたくないよぉー! ぷんぷん!」
バットを振り上げ、キングの斧が弾かれた。
がら空きの腹部目掛けて鋭い突きが炸裂するが、しかしキングは斧の側面でそれを受ける。
またしても、風が暴れた。
「ぐうぉぉおお!? 重い!」
数歩後ろによろめくキング。
その隙を逃すまいと、カスミはバットを振り回した。
「きゃははは☆ 豚さん、強い強い!」
「なめるなあああ! 小娘えええ!」
バットと斧の激しいぶつかり合いが続く。
辺りは、一人と一頭の剣圧によって、木々が揺れ、大地にひびが入っていく。
カスミも恐るべき身体能力を有しているが、それについてくキングもまた、並みの魔物とは別格である。
本来オークキングという存在は、数多くのオークから選ばれたもっとも勇敢な戦士がなるもの
しかしそれは、遥か昔の風習である。現在では、最も強い二頭のオークを掛け合わせ、強さの遺伝子を受け継いだものが、代々キングの名を受け継ぐことになっているのだ。
つまり、今カスミが戦っているのは、強いオークの血を限りなく濃くした、生まれながらの絶対強者。その中でもキングは、兄弟たちの中で最も強く、知恵が回り、なによりも他の者達に慕われていた。
圧倒的なカリスマと武力を前に、本来であれば、七日七晩戦い続ける王位継承の儀式も、たった三日で終わってしまったのだ。
それはキングが他の王位継承権を持つ者達を、心も体も完全に打ち負かしてしまったからに他ならない。
【キング・オブ・オークキング】。いつしかキングは、一族の中でそう呼ばれるようになっていた。
そんな彼はこの北の大陸において、魔物の中だけでなら五本の指に入る猛者であることは、間違いない。
だがカスミにはそんなことなど知る由もなく。また、知っていたところで彼女の行動指針が変わることはないだろう。
「ふんはぁ!!」
「きゃあ!?」
火花を散らす打ち合いの中、キングは体のひねりを効かせ、斜めに切り上げた。
単純な力では互角だったが、ついに体格で劣るカスミのバットが、その短いリーチゆえの浅い握りを突かれ、弾かれたのだ。くるくると回転しながら空高く舞い上がるバット。
彼女の手には、もう、武器はない。
「そこだ!」
キングは両手で斧を握り、頭上高くふり上げた。
振り上げた自分の腕で、彼の視界から一瞬だけ、カスミの姿が消えた。
次に彼女の姿を視界に収めたその時、仄暗い、小さな闇が見えた。
ドパァァァン!!! バサササ……。
「ぐ……はぁ」
轟音と共に鳥たちはいっせいに飛び立ち、そしてキングの顔面が吹き飛んだ。古傷のあった右目側は大きく抉れ、真っ赤な血が流れでる。焦げ臭い匂いが辺りに立ち込めた。弾けた肉片が、大地を汚す。
振り上げられた斧は、キングの背後へと落ちて乾いた音を響かせた。顔を抑えながらしゃがみこんだキングは、血走った左目でカスミを睨みつけていた。
「アイテムナンバー12、『マジカル☆ショット』だよ☆」
カスミの手には黒く細長い筒が握られていた。
彼女は筒の下部に取りつけられたスライドを引き、再びキングに先端を向ける。
奈落の底のような暗い穴を、キングは肩で息をしながら、見つめた。
「そうか、貴様は……!」
ドパァァァン! がしゃ。 ドパァァァン!!
続いて二発。爆音が森に響く。カスミがスライドを引き、筒から吐き出された薬莢がからんころんと地面に落ちた。
キングの体は力なく後ろへと倒れ、手から滑りおちた両刃の斧の上へと寝転がる。
すでに原型のない頭部からはとめどなく血が流れ、真っ赤な水たまりを作り出していた。
カスミはその姿を、笑顔のまま、けれども無感情の瞳で見下ろしていたのだった。
「私は魔法少女だよ! おしおき完了、だね☆」
銃口から立ち上る煙を、ふっと息を吹きかけて消し去るカスミ。
こうして、凶悪にして残酷にして容赦のない魔法少女カスミナールの、最初のクエストが幕を閉じたのだった。
「あああああああ! こいや! ソイヤ! こいやぁああああ!」
そして、若き英雄のロメロは、いまだ回り続けていたのだった。
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