第8話 若き英雄VSオークの集団

 どうにかして洞窟内に潜んでいるであろう大量のオークを行動不能にする必要がある。だが、強引に連れ出されたロメロになんの準備もないのは当然のことである。準備の少なさは選択肢の少なさ、妙案みょうあんの妨げに他ならない。


「んんー」

「大丈夫? ゲボちゃん」


 頭を抱えるロメロにカスミが心配そうに声をかけた。


 ふと、カスミの魔法ならなにかいい道具があるかもしれないとロメロは考え、思い切って尋ねることにしたのだった。


 しかし彼はまだ知らない。牧村カスミに頼るということが、それがたとえ童話のような牧歌的な世界観であっても、指先一つで相手を爆散させるような、血みどろの世紀末世界に変貌してしまうということを。


「カスミちゃん。うまく洞窟から敵をおびき出して、一網打尽にする道具とかないかな?」

 

 カスミは、えっとねー、といって、神妙な顔つきでしばしこめかみに指をあてていたが、すぐに笑顔になって顔を上げた。


「あるよ! 見てて!」


 そういってカスミは立ち上がり、開いた両手をペケ印に重ねて、洞穴の入り口に向けたのだった。


「ままてカスミちゃん、早い早い! なにが起こるかわかんなくて恐い恐い!」

「アイテムナンバー22! 『マジカル☆マスタード』!」


 ロメロの制止も聞かず、彼女の手の平に拳大の黄色い魔方陣が現れると、その魔方陣の中央から先端が丸い円筒型の物体が発射された。

 初夏の日差しを一身に受けて黒光りするその物体は白い煙を軌跡として残しながら、吸い込まれるようにして洞穴へと入っていく。

 岩壁にぶつかっているのか、からんころん、と甲高い音が外にまで漏れ出していた。


「ンゴ?」

「ブゴゴッ、なんだべ?」


 門番のオークは何かが飛んできたのには気がついたが、それが危険な物であるとは知る由もなく、一頭が洞穴の中へと入っていった。

 もう一頭は、じっと洞穴の中を覗いている。


「なぁ、カスミちゃん?」

「なぁに、ゲボちゃん?」

「今のは、なんだ?」

「毒ガスだよ☆」

「ど……!?」

「ブゴ? ブゴゴゴゴ!?」


 ロメロがカスミのあまりにも衝撃的な発言に呆気に取られていると、洞穴を覗いていたオークが急にへたり込んだ。

 同時にもくもくと黄色の煙が洞穴から立ちのぼっていた。


「ブゴォ! ブゴォーア! ぐるじい!」

「プギャアアアア! 目が、目があああ!」

「キングをお守りすんだ! みんないそぐっぺええええ!」


 ロメロはつい先ほど胸やけするほど味わった阿鼻叫喚を再び聞く羽目になった。

 洞穴から出てきたオークはざっと三十。そのどれもがその場に這いつくばり、嘔吐したり、白目を剥いて痙攣している。

 だが人間用の兵器であるためか、致命傷には及んでいないようだ。


「星の姉御は容赦ないでやんす……」

「そうだな……。ん? おい! あれを見ろ!」


 黄色い煙が晴れてきた頃、洞穴の奥から一際大きなオークが出てきた。


 他のオークたちもけっしてたるんだ体型はしていないものの、そのオークの筋肉量は見るからにすさまじく。筋の浮かんだ肩や、大きく膨れ上がった胸の筋肉。そして鬱蒼とした森に生えている大木のような太い腕。


 そのすべてが普通のオークとは格の違う迫力を放っていた。


「なんだ、あの頭にかぶっているものは?」


 そのオークは全身に宝石をちりばめたアクセサリーを付けていた。


 首には黄金色に染めた骸骨を下げ、腕には赤青緑と、色とりどりに輝く宝石を縫い付けた布を巻いている。そして右手で引きずるように、巨大な両刃斧を握り堂々と歩いて出てきた。


 明らかに雰囲気の違う一頭。だが、ロメロの目を最も引いたのは頭だった。


 四角い金庫のようなものを被り、口元から伸びたホースは背中に背負った革袋につながっている。

 正面には丸いガラスがはめ込まれているが、曇ったガラスからは相手の顔を伺うことはできない。


「あれはオイラたちが作った、水中で狩りをするための道具っす! 革袋に空気を入れておけば水中でも呼吸ができるでやんすよ!」

「なるほど。それを使って毒ガスを吸わないようにしたわけか!」


 キングの機転に、ロメロは敵ながらあっぱれだと思った。


 だがそれでも、相手は人間と敵対するオークの王。ロメロの警戒心は極限まで高められ、キングの一挙手一投足を見逃すまいと目を凝らした。


 凝らした目の視界の端を、桃色の影が走り抜けていく。


「あの子をやっつければいいんだね! 私に任せて!」

「カスミちゃん!? クソ!」


 いくらカスミが強いと言っても、キング相手に一対一では無謀すぎる。


 そう思ったロメロは、作戦など考える余地もなく、小さな背中を追いかけた。だがしかし、カスミのあまりの走力に、どんどん距離は突き放されていく。

 

 そもそも彼は危機的状況になったら逃げ出そうと考えていた。だが、いざ彼女が自ら窮地に突撃していく姿を見た瞬間、彼の中の正義感がその思考をもみ消したのだった。


「は、はやいはやいはやいって!」

「ブゴオオオオオ! 立て皆の衆! キングを、お守りするだあああ!」


 ロメロの前に先ほどまで地に這いつくばっていたオークたちが立ちふさがった。


 顔面は蒼白で立っているのもやっとの状態に見える。だがその目には明らかな殺意とキングへの忠誠が伺える。


 ロメロは立ち止まり、剣を抜く。漆黒の刃は光を照り返すこともなく、それどころか光を飲み込むかのように静かな殺意を放っていた。


 その威圧感に気おされオークたちは一瞬たじろぐも、槍や斧を握りなおし、ロメロと相対したのだった。


「一人キングの元へいったべ!」

「構うこたぁねぇだ! 門番のヤサクはバカだがつえぇ! あんな小娘一匹どうってことないだ! それよりも、本当に危険なのは……奴だべ。奴は只者じゃねぇ。オラには、わかる」


 オークたちの視線がロメロへと集中する。警戒心と殺意。ロメロが戦場でずっとその身に受けてきた感情だ。


 今日に限ってはカスミのペースに呑まれていたが、本来ならば彼は武人の中の武人。戦場こそが、己の生きる場所であり死ぬ場所であると考えている人種である。


 常人であれば普通のオーク一頭に襲われるだけで死を覚悟するにも関わらず、ロメロは高鳴る自身の心臓に酔いしれていた。



 ぴりりと肌をさす空気に、彼は剣を構え、自然と口角がつり上がった。 



「オークの集団か……相手にとって不足なしだ! うおおおおお!」


 ロメロは走り出した。


 眼前のオークたちは各々、手に持った武器を構え、振り上げる。


 降りおろされる刃の隙間を縫って、地を這うようにオークたちの足元をすり抜けながら、足や胴を切り裂いていった。


「こうも密集されると、振り切れないか!」

「ブギイイ! そんな浅い攻撃で、オラたちが倒れると思ったら大間違いだべ! いてぇけども!」

「囲め! 囲んで袋叩きにするだあああ!」


 足元をすり抜けたロメロは集団の中心へと入り込んでしまった。


 彼を中心として円を描くようにして、オークたちはロメロを取り囲む。


 彼は自身の目の前に、横向きに剣を構えた。こうすることで刃に背後の敵が映りこみ、不意打ちにも対応できるのである。


 剣とは己を映す鏡。そんな言葉から発想した、彼なりの戦術なのだ。


 過去、幾度となく敵に取り囲まれる事態があったが、そんな危機的状況下でもロメロが切り抜けられてきたのは、こういった発想力が大きい。



 だが、しかし。



「……ッ! 見えん!?」


 闘技大会の優勝賞品。それは黒塗りの剣。武骨さと清廉せいれんさを兼ね備えたその剣は、ロメロの少年心をこれ以上ないほど刺激した。


 毎晩、油で丁寧に磨き、刀身には決して素手で触れないくらいの溺愛っぷり。暇さえあれば鞘から抜いて、剣を眺めながらうっとりとすることもある。そして、はやく使いたいなぁ、と毎夜黒剣を振るう己の姿を妄想し眠りにつく日々。


 そんな彼は強引にとはいえ今回が初の実戦投入で、内心ウキウキだった。が、しかし。


 夜空よりも深海よりも、深く暗い色をしているその剣は、光を手放すことなど決してしない。


 光が反射しないということは、つまり、刀身になにかが映りこむことなどない・・・・・・・・・・ということである。なのでもちろん、刃で背後の状況など確認できるはずもなく、ゴブリン戦のときには気がつかなかった問題点に、普段は鉄心石腸てっしんせきちょうのロメロといえども狼狽えた。


 だがこの時、予想外の事態に、ロメオの武人としての血が騒いだ。こと戦闘において類まれなる発想力を有する彼は、この状況下であっても新たな閃きを産み出す胆力たんりょくがあったのだ。



 だが残念なのは……、彼の知能はとても低いということである。



 彼は、くるりと後ろをむいた。


「ぶごぉ!?」


 目がったオークが、怯えて武器を構える。

 ロメロは、もう一度身をひるがえした。


「く、くるだべか!?」


 ロメロは視線で牽制し、さらに体を反転させる。


「ブゴオオオオ! か、かかってくるべ!」


 じりじりと近寄ってくるオークたち。円が縮まるにつれて、ロメロの回転も速くなる。ぐるぐるぐるぐると、まるで駒のように回転し続ける。


 そう、剣に映らないのであれば己の目に映せばいい。ロメロの武人としての血と愚かな脳細胞は、そう判断したのだった。


「うおおおおおお! こいやぁ! どっからでもかかってこいやあああ!」


 ロメロの怒号が空気を震わせる。


 オークたちの足が一斉に止まった。


「な、なんだべこれは!」

「すんごい回ってるべ! や、やっちまうべか!?」

「ま、待つだ! これはなにかの剣技かもしれん! 大技を出す前には、なんらかの予備動作があるって聞いたことがあるべ! 迂闊に近づくでねぇ!」

「じゃあどうするべさ!」

「ぐぐぐ、て、手も、足もでねぇだ……」

「うおおおおおおらああああ!」


 実際のところさっさと足元をすり抜けてしまえばこんなやっかいな状態にはならなかった。そしてオークたちも武器を投げつけるなりすれば、すみやかにロメロの隙を作ることができた。


 だがしかし、カスミのことが頭にちらつくロメロは、さしもの武人の血も普段のキレを失っていた。さらに相手は毒ガスで朦朧とした、ただでさえ知能の低いオークたち。


 彼らは半ば考えることを放棄して、円の中心で自身の尾に食らいつこうとする犬のようなロメロを、呆然と眺めているのだった。 


 こうしてロメロとオークたちの、微笑ましい膠着状態が完成したわけだが、この状況の本当に恐ろしいところは当人たちは真剣そのものだということである。

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