第7話 下僕の下僕

 ロメロは、理解不能な行動をとるゴブリンに怪訝な視線を向けた。


「兄貴と呼ばせてください!」

「なんなんだいったい。どういうつもりだ?」

「兄貴の武人としての姿勢、これまでどれほど剣に対して真摯だったかは、最初の一太刀でわかりやした! そして、敵でありながら、身をていして情けをかけるその寛大なお心! オイラは、兄貴の男気に惚れやした。どうか、オイラを子分にしてくだせぇ!」


 ゴブリンは地面に額をこすりつけたまま、動かない。


 どうしたものかと悩んでいると、パシュ! と、カスミの手に握られていたバットが、光の粒となって消えた。

 彼女はしゃがみこみ、自身の小さな顎を両手で支えながらゴブリンを見下ろす。


「良かったね、ゲボちゃんにも下僕ができたんだね! ねぇ、君のお名前はなんていうの?」

「ひっ……! お、オイラは、ロイヤルクワトロハーゲン・ディスクレイモア・フォン・クリス……」

「長いからゴブ太にしよっか! よろしくね、ゴブ太!」


 カスミはあっさりとゴブリンの自己紹介を切り捨て、そして勝手に命名した。その姿はまさに絶対君主。暴虐武人という言葉が人の形を成しているかのようである。

 しかし不覚にも、ロメロは内心その手があったかと感心したのだった。


「へ、へい……。よろしくお願いしやす」

「おい、ゴブ太。お前はそれでいいのか?」


 もはや正式な名前など記憶の片隅にもないロメロは、早速愛称で呼ぶことにした。

 ゴブ太からすればロメロとカスミは突然村を襲った略奪者にすぎない。


 いや、略奪者であれば目当ての物を奪えばそれですんだだろう。しかし、殺すことを目的としていたカスミは、逃げ惑うゴブリンたちまでもを容赦なく虐殺した極悪非道の悪魔である。


 もしもロメロが彼の立場だったならとうてい許すことなどできないだろうと思った。そして、たとえ自分の命を犠牲にしても、一矢報いるくらいの覚悟ができていてもおかしくはない。


「ご、ゴブリンは、そもそも強者に付き従う種族っす。それは、生きるための戦略なんすよ! あなた方は、オイラがいままで見たなかで最も強い! どうか仲間にしてほしいでやんす!」

「そうは言ってもなぁ」


 そういって何度も地面に額をこすりつけるゴブ太。ロメロとしては、いくら『大陸の』魔物ではないとはいえ、魔物を手下にすることには抵抗がある。少なくとも町の住人に受け入れられるとは思えない。


 そんな彼の想いとは裏腹に、カスミは嬉しそうに鼻歌を歌っている。


「ふーんふふーん」

「……どうしてそんなに嬉しそうなんだ?」

「だって、仲間が増えたんだよ!? 嬉しいよ! 私とゲボちゃんとアストラちゃんと、それにゴブ太! みんなで協力して、悪い豚さんをやっつけようね!」


 その台詞だけ聞けば勇者としてなにごとも順風満帆にことが進んでいるかのようだが、さりげなくアストラも頭数に入っていることと、彼女の通った道はおよそ半日ですでに血塗られていることにロメロはなんともいえない気持ちになった。


 神様が普段何をしているのかはわからないが、少なくとも、いつまでも拘束しているわけにはいかないだろうと彼は思い。そして、いつか脱出できますように、とひそかに神に祈った。


 だがその神が、ホッケーマスクに封印されていることに、彼が気づくことはない。 


「さあ、行こう! 悪い豚さんをやっつけなきゃ!」

「へい!」

「了解、だ」


 結局のところ自分の主人でありさらにこの場でもっとも強いカスミに逆らえるはずもなく、ゴブ太が仲間に加わることが決定したのだった。


 新たな仲間も増え、一行は、再び森を進み始めること、数十分後。



「し! 二人とも、止まって。あれを見て」


 カスミが手を広げて、ロメロとゴブ太を止めた。


 本来ならばその役目は俺だろうと、ロメロはかすかに思ったが、まぁ、もうどうでもいいか。とカスミの指示に身を任せることにした。


 視線の先には小さな洞穴と門番らしき肌が緑色の豚面の怪物が二匹。上半身裸で手には槍をもってたたずんでいる。


「あれは、オークの仮住まいっす」


 ゴブ太がさらりと言った。


「仮住まい?」

「へい。もともとあのオークと、オイラの住んでいた古城の森は、魔王の刺客によって奪われたんでやんす。オイラは命からがらこの森まで逃げてきて、ここのゴブリンの集落と合流。あとを追うようにオークたちもやって来たんすよ」

「なるほど。それでこんな町の近くに来たのか」

「お城かぁー。いいなぁ。憧れるなぁー。そこには今、誰が住んでるの?」


 カスミが乙女さながらに目を輝かせて、ゴブ太に尋ねた。


死霊使いネクロマンサーっす。死体を操る、魔王の刺客。とにかくいけ好かない野郎でやんすよ」


 ロメロはゴブ太の話を聞いて確信した。彼に不死の呪いをかけたのは魔女であるため、野郎と呼ばれた死霊使いは彼の探している人物ではない。

 

 だが、死者を操る死霊使いと不死の呪い。この二つが関係ないとは思えなかったのである。


「それより今はオークだ。けど、あれじゃあキングの周りの取り巻きを排除できないな。どうしようか」


 ふつふつと怒りが湧きあがってきたロメロだが、今は目の前の敵に集中することにした。彼はオークたちを倒す戦略を思案し始める。

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