第5話 マイぺース・マイウェイ

 主従の絆を怒涛の勢いで深めた二人は、大通りから外れて、曲がりくねった林道を進んでいった。


 目の前を遮る林を抜けると、そこには一軒の古びた建物があった。建物の全体は木で作られており、壁は赤いペンキが塗られている。三角屋根は煉瓦が積まれており、屋根の右端からは煙突が一つ伸びていた。林道から見える観音開きの正面玄関は、濃い茶色の扉で透明な硝子がはめ込まれている。


 ここは宿、というよりは、ギルド本部内にあるクエスト受付も兼ねた宿舎である。家族のいないロメロのような帰る家のないメンバーはこの宿舎で寝泊まりをすることが多い。


 町の中央にあるギルド本部でもクエストを受注することができるが、宿舎を利用するギルドメンバーはこちらで受注し、そのまま任務にあたると言うことも少なくない。


 ギルドではモンスターの討伐や野草や鉱石の採集のほかにも、町の問題解決や住人の苦情を処理する町役場的な面も持っているため、どちらかと言えばカスミの召喚されたギルド本部では住人が、今ロメロたちのいる宿舎ではメンバーが利用することの方が多いのである。


 二人が砂利道を通り過ぎて宿舎の玄関を開くと、正面に置かれたギルドボードの前に人だかりができていた。


「なんだ?」

「さらし首かなぁ☆」

「うん……だといいね」


 当然、そんな野蛮な風習は、『野バラ』にはない。だがそれを頭から否定する勇気を、ロメロは持ち合わせていなかった。一度味わった死の経験は、記憶に残らずとも、体にしっかりと刻み込まれたのである。


 宿舎のエントランスは、左手に受付カウンターと二階に続く階段があり、右手にはギルドメンバーのための食堂が備わっている。


 今もこのエントランスにはパンの芳ばしい香りや、ソーセージの食欲を誘う匂いが充満していた。


 だが今はまだ食事をとる時間ではないからか、ロメロの意識は玄関の向かい側の壁にはりだされたクエストボードと、その前に群がる屈強なギルドメンバーたちに意識が向いていたのだった。


「ロメロさん!」


 受付嬢のソフィアが受付カウンターから出てきて、金髪のポニーテールと豊満なバストを揺らしながら駆け寄ってきた。


 彼女の明るく透き通った声か、それともバインバインと鳴るバストゆえか、ギルドボードに群がる屈強な男たちの内、何人かがこちらに視線を投げかける。


 ソフィアはロメロの前で立ち止まり、綺麗に手入れの行き届いた指をそろえると、心臓を抑えるようにして敬礼した。ロメロもまた、同じポーズでそれに答えた。


「ソフィア、あの人だかりはなんだ? なにか事件でも?」

「事件、と言いますか、町はずれの森にオークキングが出現したそうなんです」

「オークキングだって!? こんな町の近くに!?」


 オークキングというのはその名の通り、オークたちをまとめる王である。本来なら山奥などの人が寄り付かない場所に自分たちの集落を作り、手下のゴブリンたちと共に狩りをして生活している。


 時折、はぐれ者のオークが町の近くにやってくることはあるが、キングが来ることなど前代未聞だ。知能の低いオークとはいえキングにはそれなりの知性がある。だからこそ人間との摩擦を嫌い、基本的にお互いに関わることのない生活をしているのだ。


 身体能力で勝るキングと言えども、人間の知恵に敵わないことは知性に乏しい彼らが多大な犠牲の結果学んだ生存戦略なのである。


 だが、人間の近くに居を構えるということは、その戦略を捨てる必要があったということだ。もしくは、こんどこそ人間に勝つための『秘策』でも思いついたのか。


 どちらにしろ、町の近くでうろつかれては、ろくに狩りもできないことは明白である。


 ロメロはそれらのことを踏まえて、あの人だかりの原因に見当がついた。


「ということは、今ギルドボードに張られているのは」

「ええ、オークキングの撃退。もしくは討伐です。受注資格は銀等級以上のリーダーと、リーダーの指名したメンバーのみ。今日はあなた以外の銀等級以上の方が、遠方のクエストに出てしまっているので、みんなあなたの帰りを待っていたんです!」

「なるほど。そういうことな、ら。あれ、カスミちゃん?」


 つい先ほどまで隣にいたカスミが、忽然と消えている。彼の背中を、言いようのない悪寒が走った。


「みんなどいてー! アルムリバレーション!」


 ロメロが辺りを見回していると、カスミの声が聞こえたと同時に人だかりの中心が吹き飛んだ。モヒカンや、肩に棘のついた鎧を着ている屈強な男たちの野太い悲鳴が響く。

 なにが起きたのか理解できないロメロの視界に、桃色のフリルがたくさんついた衣装に身をつつんだカスミが映りこむ。

 カスミは、汚れひとつないグローブ越しに器用に依頼書を掴むと、それを胸の前で持ってロメロの元へと帰ってきた。


「ゲボちゃん! これが悪い奴なんだね!」


 ずい、とカスミが依頼書を見せつける。

 そこには見るからに凶悪そうな豚面の怪物が描かれていた。キングというだけあって、妙に豪華な王冠を被っている。


「あ、ああ。けどちょっと待ってくれよカスミちゃん。物事には順序ってやつがあってだな」


 ロメロが彼女を諭そうと語りかけるが、当の本人は、わなわなと肩を震わせて依頼書を皺ができるほど握りこんでいた。


「許せない……☆ みんなの平穏を脅かすなんて! 行こう、ゲボちゃん! 私たちが、この町の平和を守らなきゃ!」


 彼女は眉間に皺を寄せると、口元をきゅっと結んでいかにも悔しそうな表情を作っていた。同時にロメロの瞼の裏に大小さまざまな星がちらついたのだった。


 ソフィアにもその星が見えているのか、急に頭痛が……、といって頭を押さえると、彼女はその場にへたり込んでしまった。


「お、おい!? 星が見えるってことは内心喜んでるだろ! 一度落ち着いて、俺の話を……うお!?」


 ロメロはカスミに手を掴まれ、走り出した。顔に纏わりつく黄金の髪からは、甘い香りが漂ってくる。


 強引に掴まれた手に、どきりと、ロメロの心臓が高鳴った。


(なんて強い……握力……!)


 ロメロは握りつぶされまいと必死に握り返し、結局そのまま引きずられるようにして、宿舎を出ていったのだった。


 嵐のように過ぎ去っていった二人を、ギルドボードを見ていた面々と床に座り込んだソフィアは呆然と見送り、そして全員が同じことを考えていた。


 あの子、誰? と。

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