第3話 アストラ様、見参!
アストラとは誰だったか、確かとても有名な人物のはずだけど。と、彼は必死に思い出そうとして、そしてようやくその答えに行きついた。
先ほど店主に支払った硬貨。そこに描かれている人物こそこの世界、アストラルの創造神にして唯一の宗教、アストラ教の
「ちょっとっ待ってくれ、アストラって、女神の?」
「うん! 私ね、さっきのお部屋につく前に、なにもない白い空間にいたんだ! そこで白い髪の綺麗なお姉さんと出会って、なんだかよくわからないけど喧嘩になっちゃったから、『マジカル☆ホッケーマスク』に封印したの」
「マジ……なに? ほっけ?」
「見せてあげるね。アイテムナンバー13、いでよ! マジカル☆ホッケーマスク!」
ロメロは内心、変身しなくてもアイテムを出せることに納得できなかったが、それを言ったところで自由奔放なカスミにはなにも響かないだろうと思い、口をつぐんだ。
カスミが両手を空に向けて広げると、彼女の手の上に薄汚れた白いマスクが現れた。ところどころひび割れて、目の下には赤い三角が描かれている。
そして口元には息をするための穴なのか、小さな黒い点が六つ空いていた。
「ア……アァ……ダ、シ、テェ」
マスクからは苦しそうな呻き声が聞こえてくる。
女性の声にも聞こえるが、まさかこのおどろどろしい声の主が我らが創造神だなんてことを、ロメロは信じたくなかった。
「おい、なんか声が聞こえる」
「だね! マジカル☆ホッケーマスクは霊的存在を封印する不思議なマスクなの! 普通封印されたら、誰かがマスクをかぶるまで自我が解放されないんだけど、アストラちゃんはとっても
「本当に、アストラ様なのか…?」
「アア……ウアァ……」
マスクの仄暗い目から、一筋の水が流れた。まるでむせび泣くようなその姿に胸が締め付けられるような感覚がしたロメロは、思わずマスクに手を伸ばし。優しく撫でた。
表面はそのおどろおどろしい見た目に反してなめらかで、普段彼が触れるような陶器類とはまた違った質感である。人肌くらいの温度の仮面は彼が触れたとたんにカタカタと震え、そして次の瞬間、白く光り輝いたのだった。
ボワンッ!
「うお!?」
「きゃっ☆」
「あ、ら?」
突然マスクから煙が立ち上り、二人の前に白い
その女性の周りには、雪の結晶のような光の粒が舞い散り、昼間だと言うのに満月のような神々しさをロメロは感じた。
ぺたんと地面に座り込んだ女は、はだけた胸元を隠そうともせず自分の両手を見つめて、次いでロメロを見上げた。
「うぁ……」
吸い込まれそうな金色の瞳に、ロメロは上手く言葉を発せないでいた。月が人の姿を持ったのだろうか、それとも雪の妖精が舞い降りたのだろうか。そう思わせるほど、じっとロメロを見上げる女性は麗しい容姿をしている。
女は勢いよく立ち上がり、ロメロの手を握って鼻がくっつきそうなほど近づいてきたのだった。
雪のように白い肌には赤みがさして、目には一杯の涙を溜めた女性にすり寄られ、ロメロの心臓は破裂しそうなほど暴れまわる。
仄かに香る
「ありがとうございますロメロ様! あなた様のおかげで私は真の姿に戻ることができました! あなた様の慈愛の心が、私を邪悪な封印から解き放ったのです!」
「あ、えと、どういたしまして?」
「ロメロ様! ああ、なんて素敵な方なのでしょう! どうかこの後お食事でもご一緒しませんか!」
「ああ、はぁ」
アストラの勢いにたじろぐロメロだったが、不穏な気配を感じて彼女の後方へと視線を向けた。そこには、仄暗いオーラを噴出しているカスミの姿が見て取れる。
まさか、自分が女性に言い寄られていることに嫉妬しているのだろうか。彼の中にはそんな、
「すごいよアストラちゃん! 私のマジカル☆ホッケーマスクから脱出するなんて!」
体から噴き出る漆黒のオーラとは対照的に、カスミは興奮気味に笑っていた。
アストラはそんなカスミを見て、「ひぃ!」と短い悲鳴を上げ、ロメロの背中へと、まるで怯えた子猫のようにさっと隠れてしまった。
「あ、あなたは、牧村カスミ! な、なぜまだここにいるのです!? 元の世界に帰ったはずでは!」
「ええー? アストラちゃんが最後に撃ってきたビームを相殺したら、ここに来ちゃったんだよー?」
ビームを相殺。ロメロはごくりと生唾を飲み込んだ。火や水、雷など様々な魔法が存在するこの世界においても、ビームとなると放てる者は限られている。おそらくその道のプロフェッショナルでなければ放つことはできないだろう。
「そ、そんな! あれはこの世界の寿命を五千年ほど前借して放った異世界帰還の魔術。それを相殺するなんて!」
世界の寿命が五千年短くなったことを知り、ロメロは滝のように汗を流した。神ともなれば、それは些細な時間なのかもしれないが、ロメロからすれば悠久の時に等しい。文明がいくつか終わり、そして始まったであろう五千年を、魔法少女に放つ我らが創造神に疑問を感じざるをえない。
神よ、あなたにとって我々は、なんなのですか。
「それに、ここに送られてくる途中までは、私たち一緒にいたよ? アストラちゃんが私の髪を引っ張ったから、怒って封印しちゃったけど」
絶対にカスミの髪は引っ張るまいと心に誓うロメロであった。
同時に、その程度でマスクに封印する彼女の躊躇のなさに、戦慄する。
「ああ、あああ。思い出してきましたわ! あなたは勇者なんかじゃない! 悪魔よ! 今すぐ元の世界に帰りなさい!」
「そんな! 酷いよアストラちゃん! 私たち仲間でしょ!?」
「違いますわ! 断じて!」
「そんな……☆」
カスミは両手を胸の前で握りしめ、悲しそうな顔で立ち尽くしていた。
ロメロの前に飛び出したアストラは、身をかがめ、腰のあたりで両手の手首をくっつけた。両掌の間にできた空間に、黄色い光の玉が浮かび上がる。
「アァ~~スゥ~~」
何かを口走るアストラに、ロメロは止めようと手を伸ばした。これは止めなければならない。思考とは別の、もっと根本的ななにかによって彼は突き動かされていた。それは自分の全存在。この世界の存亡をかけた、なによりも優先すべきことのように思えたのだ。
しかしその時、嬉しそうに口元を吊り上げたカスミと目があってしまい、体が凍りつくような錯覚に襲われる。
視線の先で、カスミは静かに、首を左右に振った。
(じゃ・ま・し・な・い・で☆)
彼女の口は、確かにそう動いたのだった。
「トォ~~ラァ~~」
アストラの光がどんどん大きくなっていく。もはや、まともに目を開けることも難しいロメロは、ただ、正体不明の恐怖を感じていた。それは、自分の存在が抹消されるような、そんな恐怖である。
「波……!!」
ボワンッ! カラン……コロン……。
彼女が両手を前に突き出そうとしたその瞬間、アストラは消えた。代わりに、例の白いホッケーマスクが地面に落ちて、虚しい音を周囲に響かせる。
「アァ……クライ……セマイィィ……」
嘆くような呻き声を上げるホッケーマスクを、カスミはしゃがみこんで、手に取った。
「あーあ、仲間だと思っていた魔法少女に裏切られるシーンが出来そうだったんだけどなー。残念」
「あ、アストラ様はどうなったんだ?」
「たぶん、ビームを撃とうとして魔力が減ったから、また封印されちゃったんだよ」
「そ、そうか」
「せっかく、私と対等に戦える魔法少女に出逢えたとおもったのにな……」
カスミは、涙を流すホッケーマスクを優しく撫でながら、寂しそうに眼を細めた。
はたして女神は魔法少女と呼べるのか。その真偽についての答えは、世間一般的な常識的観念ではとうてい推し量ることもできず、牧村カスミという一人の少女の中にしかその答えは存在しない。
そして理由は意味不明だが、少なくとも彼女が悲しんでいることを察したロメロは、機嫌が悪くなってしまったら面倒だと思うのだった。
「なぁ、
「…………え?」
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