第2話 下僕の証

 ここは『アストラル』と呼ばれる世界。


 五つの大陸と、大陸をつなぐ海によって構成される世界。


 四方の大陸に人々は居を構え、中央の『暗黒大陸』にはけっしてだれも近づかない。そこは強大な魔の住む異界なのだと、この世界の子供たちは教えられて育つからだ。


 だがそんな『暗黒大陸』に、ある時から魔を統べる者。つまり魔王が出現した。ならずものの魔物たちを統率し、四大陸へと勢力を広げようとする魔王に、この世界の人々は恐れおののいた。


 世界の危機に各大陸のギルド、北の『野バラ』、東の『青い鳥』、西の『硝子の靴』、南の『剣のルビー』はそれぞれのつながりを強固なものとし、魔王の軍勢に立ち向かったのである。


 だがしかし、それぞれの大陸に送り込まれる魔王の刺客を退ける各ギルドであったが、心の闇から産まれる無尽蔵な魔物たちに次第に辟易していった。いくらでも増え続ける魔王の軍勢に、攻勢にでることなど到底できず、自分たちの領土を守ることで精いっぱいだったのである。


 そこで計画されたのが、単身で魔王を倒す力を秘めた者、『勇者』を召喚することだった。各ギルドは情報を提供しあい、そしてそれぞれの大陸の勇者を召喚しようと試みた。


 結果、ロメロのいる北の大陸には、魔法少女カスミが召喚されたのである。


「だからあんたは、この大陸どころか世界中から期待されているんだ!」


 ここまでの説明を宿舎に向かう道すがら、露店が立ち並ぶ商店街でロメロは少し演説めいた口調で話し、隣を歩く紺色の襟のついた純白のシャツ、セーラー服を着たカスミを見下ろした。


 だが当のカスミはというと彼の話などまったくもって興味がないようで、派手な色彩を放つ露店を見つけて目を輝かせていた。


「わぁ、きれーい! ちょっと寄っていこーよ、ゲボちゃん!」


 彼女はそういって走り出してしまった。


 小さなため息をついたロメロは、呆れつつも、その奇特な衣装から周囲の人々の視線を集める彼女の後ろについていくのだった。


 丁寧にならされた白い土の地面を歩き、通りの左右には林檎やバナナなどの果物。また小さなナイフから誰が振るえるのかもわからないような巨大な斧まで様々な武器を掲げた露店が立ち並ぶ。


 通りを行き交う人々はみな一様に素朴な布の服に身を包み、主婦は木の皮で編まれた籠や、服と同じ布のバッグをもって買い物を楽しんでいる。


 ロメロは道端で楽し気に談笑する主婦の隣をすり抜けて、カスミの背中を追った。


 カスミが立ったまま膝に手を付けて眺めている露店には、様々なアクセサリーが並んでいた。


 チョーカーやネックレス。それに指輪や腕輪などなど、様々な装飾品が置かれている。カスミはきらびやかなアクセサリーに目を輝かせていた。その姿は、見た目相応の可愛らしい少女そのもので、とても残虐な魔法を使う魔法少女には見えない。


 だがロメロは、つい先ほど自分に起きた惨事の感触を、忘れることができなかった。そっと自分の右わき腹を撫でる。指先が亀裂に触れてなだらかな鎧の一部に傷跡ができていた。


 体の傷はすでにない・・が、心に負った傷は、いまだにじくじくと痛む。敗北だけならまだしも、そのままいたいけな少女の下僕に成り下がったことは、誇り高い武人である彼にとっては受け入れがたい事実だった。


 それでも目の前で楽しそうにしているカスミをみていると、無意識になごんでいるのも紛れもない事実である。


 それに、カスミの力量は本物である。ドラゴンの牙でさえ貫通することのない彼の鎧を何の予備動作もなく、体重移動と腕の力だけで貫いたのだ。


 ロメロにとって彼女は、畏怖の対象であると同時に希望の光でもあった。


 そんな彼女になにか施しをしようと思うのも、ごくごく自然な感情である。


「なにか買ってやろうか?」


 ロメロは物欲しそうにアクセサリーを見つめるカスミに言った。


 「いいの? やったぁ☆」


 口元に人差し指を当てながら、彼女は返事をした。ロメロはまたしても脳裏に浮かび上がる星模様に戸惑った。

 カスミは平たい布でできたピンク色のチョーカーと赤いチョーカーを手に取ると、ロメロに渡した。


「それでいいのか?」

「うん! ありがとうゲボちゃん!」


 その笑顔は純真無垢そのもので、不思議と嫌悪感はなく、むしろロメロは自身の顔が熱くなっていくのを感じて、顔を見られまいとチョーカーを半ば奪い取るように受け取った。

 そして店主に女性の横顔が描かれた硬化を三枚渡し、チョーカーをカスミへと渡したのだった。

 しかし彼女は、赤色のチョーカーは受け取らなかった。ロメロがなぜかと尋ねると。


「それは、ゲボちゃんの首輪だからだよ? 私はキュートなピンクで、ゲボちゃんは血で汚れてもいいように赤なんだよ?」


 なんでそんな当たり前のこと聞くの? といったニュアンスで返事をしてきたのだった。


 再び自分が惨めな存在に思えてきたロメロは、ぐっと涙をこらえながら下僕の証を自ら首に巻いたのだった。


 不意打ちとはいえ、勝負に負けたことは事実。仮に真っ向勝負だったとしても、カスミの魔力を前に、勝てたかどうかは五分五分であると彼は思っていた。


 だからこそ、こんな仕打ちを受けながらも、一度交わした約束は守ると誓ったのだった。それは、ギルドでも一目置かれているが故の、矜持プライドでもあった。


 気を取り直して宿へと向かいながら、ロメロは再び召喚の儀式について話し始めた。


「俺はあんたが来るのを待ってたんだ。たぶんこの大陸の誰よりも、待ち遠しかったと思う」

「ええ~、どうして? 私なんて普通の高校二年生だよ!?」


 高校二年生、というのがいったいなんのことであるかはロメロにはわからない。だが恐らく、それがカスミに与えられた称号。つまり自分の銀等級と同じような扱いの物であることは、なんとなく察した。


 数字の二が付いているということは、あとは三四と続くか一が頂点なのかだが、彼女の強さを鑑みるに、恐らく後者であると彼は結論付ける。つまり彼女の上には、一年生という恐るべき存在がいるということなのだ。


 ロメロは、恐るべし高校一生! と尊敬と畏怖の混じった感想を心中にて叫んだのだった。


「俺は魔王の幹部と戦って呪いを受けた。あんたならそれを解くことができるんじゃないかと思ってさ」

「呪い?」

「ああ、不死の呪いだ。俺は、死ぬことができない体にされた。でも、それだけじゃない! この呪いは、解かれると同時に俺の命を奪う。つまり今の俺は、魔王の幹部に心臓を握られてる状態なんだ」

「そんな……☆」


 瞬きのたびにちらつく星にも慣れてきたロメロだったが、なぜこのタイミングで星が出るのだろうかと疑問に思った。

 これまでのカスミの言動から察するに、星模様が出るときは嬉しい時や感情が昂った時だけだ。自分の命が敵に握られているという話をした直後に、なぜ感情が高ぶるのだろうかと不思議だった。


「ってことは、私の魔法の特訓相手になっても平気ってことだね! やったぁー、私嬉しいよゲボちゃん!」


 喜びに打ち震える彼女は、人目もはばからずぴょんぴょんと跳ねた。

 紺色のスカートがめくれ上がり、健康的な太ももがちらつく。ロメロはさっと視線をそらし、ああ、そうだな……とあいまいな返事を返した。


「本当は、『アストラちゃん』に特訓をお願いしようかと思っていたんだけど、ゲボちゃんなら死ぬ心配もないしちょうどよかったよ!」

「アストラ……ちゃん?」


 聞き覚えのある名前に、ロメロは顔をしかめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る