魔法少女カスミナールと下僕になった不死身の剣士
@koaraboshi
第一章第一幕 ”愛”の『野バラ』
第1話 彼女の名は、魔法少女!カスミナール!
とある異世界に、一人の少女が召喚された。
「きゅぴーん! 私、牧村カスミ! ふたご座の高校二年生だよ! 好きな食べ物は、苺とマカロン! 好きな刃物はカミソリかな! 質問には答えるけど、年齢だけはヒ・ミ・ツ! みんなー、よろしくねー!」
大の男が三人ほど手を広げれば両端の壁に指先が触れてしまうような正方形の部屋の中。部屋の中央には怪しげな紫色の光りを放つ五芒星の魔方陣が描かれている。そして今は、魔方陣の中央からもうもうと煙が立ち込めている。
煙の中から、とびきり元気のいい少女の声が響いた。高校二年生でありながら年齢は秘密だと言う少女の言葉の意味は、この世界の住人でなくとも疑問符を浮かべざるを得ない。
少女の声は、くすんだ木の骨組みと同じくやや茶色く変色した白い壁とに反響し、北方ギルド『野バラ』の最も奥まった場所にある『儀式の間』の空気を一変させた。
儀式の間にいる四人の魔術師たちと、『野バラ』の若き英雄、【不滅のロメロ】ことロメロ・ホプキンスも、つい先刻までの
魔方陣の煙が晴れてくると、白銀の鎧に身を包んだ彼は、なんならそのまま眼球が転げ落ちてしまいそうな程目ん玉をひん剥いた。
彼の瞳がとらえたのは、茶色の髪を二つに縛り、この世界では見ることがない純白のシャツと、鮮やかな紺色のスカートに身を包んだ少女だった。
少女は左足の踵を自身の小さなお尻にくっつけながら右手でピースサインを作り、指の隙間から兎のような赤い瞳でロメロたちを覗きこんでいた。
ウィンクしながら太陽のような笑顔を向けてくる彼女は、およそ十代前半。
慎ましやかな胸と、抱けば折れてしまいそうなほど華奢なくびれをした彼女は、この世界にいるような少々泥臭くて逞しい女性とは一風変わった雰囲気を放っていた。
それは単に、彼女が可愛らしい乙女だとか、一目で男の劣情を掻き立てるようなものとは別種の、春の風に舞う綿毛のような少女性を見るものに印象づける。
儀式の間にいる人たちはみな、その少女のどこか異様ないでたちに目が釘付けになっていた。
「あ、あれれ? みんなどうしたの? 元気がないよー?」
少女の笑顔が陰り、我に返ったロメロは、咳ばらいをしながら一歩前に出た。
そして魔術師たちの間をすり抜け、少女の前で立ち止まり、もう一度彼女をよく観察したのだった。しかし、どこからどう見ても普通の女性である。それもまだ、学生かそこらの若い娘。
じっくりと観察するロメロを、カスミと名乗った少女は、頬を少しだけ朱に染めながら見つめ返していた。影一つない赤銅色の瞳に、ロメロの怪訝な表情が映りこむ。
「あんたが勇者様、なのか?」
ロメロの言葉に、彼らを取り囲む魔術師たちはどよめいた。まさか、あんな少女が勇者だなんて、信じられない。だが妙な威圧感がある、と顔を寄せ合いこそこそと話している。
カスミはロメロの脇から顔を出し、魔術師たちを一瞥した後、再び彼を見上げた。その瞳にはなんの感情も伺えない。それがかえって、ロメロを不安にさせたのだった。
「私は勇者じゃないよ。私は、清く正しい正義の使者! 魔法少女、カスミナール!」
彼女はそういって左手を腰に当て、右腕をぐるりと時計回りに回した後、手のひらを天井に向けた。
「魔法……少女……?」
「そうだよ、見てて! アルムリバレーション! マジカル! ロジカル! ロォールアップ!」
ロメロの言葉をかき消すようにしてカスミが呪文を唱えると、彼女の体が虹色の光りに包まれた。
服は弾け、露わになった彼女の肌にどこからか出現したピンク色のドレスが装着されていく。
腕には純白のグローブが、薄い胸には大きなピンク色のリボンが、スカートにはたくさんのフリルがポン! ポン! ポン! と間抜けな音を出しながら現れる。
周囲に真っ赤なハートをまき散らしながら彼女の裸体をドレスが覆いつくしたその時、一際大きな閃光が儀式の間を飲み込んだ。
あまりの
「なんだ!?」
ロメロが顔を上げるとそこには金髪の少女が立っていた。先ほどまで肩くらいの長さだった髪は、結んだ部分をほどけば地面に届きそうなまでに伸び、全身をハートの飾りやフリルで装飾した桃色のドレスに身を包んでいる。
髪色こそ違うものの、顔立ちは先ほどまでとまったく同じであるにも関わらず、カスミから発せられる魔力は別人のように高く濃い。
いや、もともと不穏な気配を撒き散らしていたのはこの魔力が原因だったのだ。彼女はそれを隠すことをやめただけなのだ。そのことに気がついたロメロは頬をちりちりと焦がす魔力に、額から冷や汗を垂れ流し、腕で拭った。
「魔法少女カスミナール参上! 悪い子は、おしおきだゾ☆」
人差し指を口元にあてがい、ぱちりとウィンクするカスミ。
脳内に星マークを直接送り付けられたロメロは、そのあまりに奇妙な感覚に口元を抑え、こみあがってくる吐き気を飲み込んだ。どうやらそれは後方に座っている魔術師たちも同じようで、彼は背後から聞えるえづくような呻き声に同情した。
満面の笑みを浮かべるカスミは、その快活な表情とは裏腹に不気味で邪悪な魔の力を放っているのだ。それは勇者と呼ぶにはあまりにも禍々しく、まるで血を吸った茨のような刺々しさがある。
しかしそれほど強大な魔力を有していたとしても、年端もいかぬ少女に魔王を倒すなどという大役が勤まるのかということは、ロメロにとって甚だ疑問だった。
だが少なくとも彼女がここに来たということは、この世界『アストラル』の女神に見初められ、尚且つ、自らの意思でこの地へと転移したことに違いない。
だからこそロメロは、彼女を試そうと
「悪いが、あんたの力を試したい」
ロメロは腰に差した剣を引き抜いた。黒塗りの剣は彼の白銀の鎧と対照的で、重々しい存在感を狭い室内に知らしめている。
ギルド内では銀等級の彼だが、単純な『強さ』という点においてはギルドでトップクラスである。
この黒剣は、ギルド内の闘技大会で優勝したときに『野バラ』の最高責任者であるギルドヘッドから賜った物だ。だがギルドの等級は単なる強さだけではなく、組織への貢献度も関わるため、まだ若い彼は銀等級なのである。
その上には金等級や序等級、破等級、急等級が存在するが、そのレベルになると遠方のクエストでほぼ町を留守にしているため、闘技大会に出ている者は少ない。
その中には当然、ロメロでも勝てるかどうかわからないような『化物』もいるが、ロメロはそんな彼らにも負ける気はしないほど、自分の腕に自信があった。
「やめてロメロ! その魔力を感じてわからないの!? 危険よ!」
魔術師の一人。鈴の音がなるような声の女性が叫んだ。
ロメロには彼女言っていることがよくわかっていた。えたいの知れない強大な魔力を放つカスミは、見た目こそ可憐な少女だが、ロメロには、いやきっと、その場にいる誰もが、彼女を巨大な化物のように感じていた。
しかしロメロは一歩も引かず、カスミへと切っ先を向けた。
彼は猛者ではあるが、知能が低い。象を相手に蟻が勝てると本気で考えている節があるのだ。しかしだからこそ彼は、いくつもの劣性を覆した者として【不滅】の異名をギルドヘッドから与えられているのだった。
「カス、ええと、カスミール? 殿。手合わせ願おう」
「カスミナールだよ。覚えづらかったら田〇さんとかでもいいよ。声が似てるって、よく言われるんだぁ!」
○村さんが誰なのかはロメロにはわからない。だが彼女の発するプレッシャーの中に、確かな殺気が混ざったのを感じた。
来る。そう感じたロメロは、剣を腰だめに構え、カスミを見つめた。
空気が張りつめる。
魔力を含んだ空気が、頬をなでる。
「いっくよぉ~! ……きゃぁん!」
カスミは一歩踏み出した。だがしかし、長く伸びた髪を踏んづけてしまい、手をわたわたと振り回しながら床へと倒れてしまったのだ。
どっしーん! と床から衝撃が伝わり、天井からは、ぱらぱらと埃が落ちてくる。
呆気にとられたロメロは、「ふぇ~んん、痛いよぉ~」と目に涙を浮かべる少女を見て小さく笑うと、剣をしまい彼女の元へと歩み寄った。そして片膝をついて手を差し出したのだった。
きょとんとした表情でその手を見つめるカスミは、その意味を理解したのかボンッと頬を朱に染めると、おずおずとその手を握った。
そしてロメロに引っ張られながら立ち上がり、
トン……。
バランスを崩したのか、ロメロの胸へと顔をうずめるようにして倒れ込んだ。
「あの、えっと、ごめんなさい。でもこれは、
「え……?」
いじらしくもロメロの胸に左手を添えながら頬を染めたカスミ。
彼女が一歩後ろに下がると、ロメロはそのまま床の木目に吸い込まれるようにして、
「ロメロ!? ってきゃあああ!? お腹にナイフが!」
うつぶせに倒れたロメロを、フードを深くかぶった女魔術師が駆け寄り、抱き起した。
彼の腹部には、刃が茶色く錆びたナイフが白銀の鎧を貫通して突き刺さっていたのだ。割れた鎧の隙間から、とめどなく鮮血が流れ、純白を深紅へと染めていく。根元まで差し込まれたナイフが内臓に達していることは誰が見ても一目瞭然だった。
女魔術師のフードの隙間から、涙が零れ落ちた。
「泣くなリリィ。俺は大丈夫だ」
ロメロは青い顔のまま、彼女の頬を流れる涙を手で拭い、そして上体をおこして自らの腹に刺さったナイフを引き抜いた。
血が溢れ、床にどちゃりと流れ出るが、彼はそんなことなどお構いなし、といった様子で鋭い目付きをカスミに投げかけたのだった。
「どこから、武器を?」
ロメロのか細い声に、にこにこと笑っていたカスミが目を見開く。そしてぱんっと、両手を打ち合わせた。
「すごぉーい! まだ生きてるんだね! これ? これはね、魔法でだしたんだよ! だって私は、魔法少女だから!」
見た目こそいたいけな少女であるカスミは、手のひらを腰の高さで上に向けた。
すると先ほどまでロメロに刃を突き立てていたナイフが、光りの粒子となって消え失せ、代わりに彼女の手にしっかりと握られていた。
少女が握るにはあまりにも凶悪なそれは、しかし、まるで彼女の体の一部のように馴染んでいる。
「転移魔法を使ったっていうの!? 詠唱もなしに、あの一瞬で!?」
「これは私の魔法だよ。アイテムナンバー1、『マジカル☆ナイフ』。ちなみにマジカルアイテムは全部で108個あるんだ! すごいでしょ!」
ナイフをくるくると右手で弄ぶカスミは、屈託のない笑顔でそういった。その笑顔を見た瞬間、胸に熱いなにかが込み上げてきたロメロは、勢いよく立ち上がり、カスミの手を取った。
あまりの勢いにナイフを取りこぼし、唖然とするカスミ。そんな彼女に、ロメロはさらに手を握る力を強めた。
「あんたは勇者だ。その戦略、豪腕、そして魔力! あんたならきっと魔王を倒せる! どうか無礼を許して欲しい。俺にできることがあれば何でもする。だからどうか、俺に、俺たちに力をかしてくれ!」
相変わらず腹から血が、がぶがぶと流れ出していたが、傷などあってないような振る舞いを見せるロメロ。
そして彼の変わり身の早さに口をぽっかりと開けたリリィは、彼の壮健な横顔をただ茫然と眺めているばかりだ。
カスミは少し考えるような素振りを見せ、なんでもしてくれるの? と問うた。
「ああ」
ロメロは爽やかな笑顔で力強よく頷き、直後に戦慄した。
カスミのあまりにもどう猛な笑顔を見て、不意に寒気が全身を襲ったのだ。三日月のように吊り上がった口元。光のない遥か遠くに浮かんでいるような紅い月の瞳。
その表情を見て前言を撤回するべきだと本能が訴えかけると同時に、カスミの桜色の唇を開くのが見えた。
「じゃあ、あなたは今日から私の下僕ね! よろしくね! ゲボちゃん!」
束の間の沈黙が儀式の間に広がり、崩れる。
「「はあああああ!?」」
ロメロとリリィ、二人の驚嘆の声が
「おぉぉ、なんということじゃ。勇者ではなく、邪神が召喚されてしまった……」
魔術師の誰かが、そう、呟いた。
召喚、敗北、そして下僕と、カスミから様々な洗礼を受けたロメロ。だが、衝撃を受けたのは彼だけではない。
この嵐のような超高速展開に、その場にいる誰もが瞬きを忘れて、この世界へと転移した魔法少女の姿を目に焼き付けたのだった。
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