第3話 出会いの時間


「では、始め。」


この呪文は人に悪夢を見させる始まりにして終わりを告げる呪文なのだ。一時間目「国語科現代文」のテストの始まりなのである。。。


『妄想』それはコントロールの効く夢といったところか。夢はコントロールが効かない上に寝てしまうというデメリットがある。最近では受験に向けてだのでテスト中に寝ると注意されるのだ。その点『妄想』は寝なくとも目を開けながらでもすることができる。しかも、どんな事をしても想像する事は罪にならないのだ。たとえ華麗に銀行強盗をしようと、殺人や爆破テロでも…はたまたそれを救うヒーローだったり…

このような点から俺はテストの余った時間は妄想をする。これは誰でもした事があるから異常ではない。あくまでも持論だけどね。


ーとは言え、全然テストわかんねぇー。さっきから『筆者の主張を簡潔に述べよ』だの、『主人公の気持ちを10文字程度でかけ』だの聞きやがる。誰がそんなのわかるんだよ!という気持ちは抑えつつ諦めよう…


ペンを右手にしっかり持ち前傾姿勢で四割白紙で記号問題はほとんど当てずっぽうなテストの回答用紙の点数が書かれる枠を見て妄想する。これがマイスタイルだ。

マストぐらいの常連になると妄想をしようなどと思わずとも当たり前のようにその世界へと入ってしまうのである。


ー今日はどんな妄想をしようか…


こうしていつものようにくだらぬ妄想に精を出そうとしていた時、突如異変が起こった。


『……こそ、やっと来たか。』


ーなんだ今の…!?


突然脳内で再生される謎の声。別にそんな妄想をしたわけではない。無論聞こえた声は全く聞いたことのない女の人の声だ。

マストはびっくりして前に倒していた体を起こそうとする。。。が、起き上がらない。

夢なのかと考えた。こうやって妄想で時間を潰しているとたまに寝落ちしてしまうこともある。きっとそれだろう。だがみんなの筆記する音はしっかりと聞こえる。おそらく夢ではないことは分かっているが声が聞こえるのは気のせいだろう。いや、気のせいと思う他ない。

マストは気を紛らわすため解けていなかった問題を解こうとやる気を出し試みる。


『ねぇー!聞こえてるんだろ!!』


珍しくテストに少しやる気になったマストを妨げたのは気のせいでも夢でもない確かな女の声だ。この声に鼓膜は揺れず脳に直接届く感じがとても不気味だ。


ーまたこの声だ。女の人の声だ。なんとなくその声から少し年下だ。しかも男っ気がある。でも、どっから話しかけてんだよ!返事ができねぇー、てか、どーやってするんだ?!まずこれは夢でなくて、そんでどーやって現実に戻るんだ?!動け俺の体!ダメだ、、、


どうにか体を動こうとするが女の声が脳をかき混ぜるように聞こえて上手くコントロールできない。考えれば考えるほど気が遠くなっていく。


『怖いのか??』


また聞こえた。怯えるマストを知ってか同情してくる。だがやはり脳に直接話しかけられるのは慣れない。


こいつなんなんだ…?!怖くはねぇー、だけど本当にこれはなんなんだ?ヤベェーよ!こぇーよ、怖い、怖い、、、気持ち悪りぃ。。。


マストはテストなんかの事はとうに忘れている。今は聞こえる声は何か、誰か。どうやってこの声を伝えるのかを考えるので手一杯だ。そしてマスオはこんがらがる頭と直接脳に聞こえる声の感覚が混ざり合い遂に嗚咽する。


「ゔぉえ!ぅぉぉお…」


ペンの音だけが響き渡る教室にマストの嗚咽は全ての音を止めた。


「大丈夫か?!」


ペンの音しかしなかった静かな教室はマストの嗚咽により何もない静かになった。マストの異変に気付いた試験監督の先生は慌てて駆け寄りマストの様子を伺い隣の試験監督も呼び肩を組んで保健室に連れて行った。。。

そこからマストの意識は彼方に飛んでいた。夢を見るわけでもなく妄想もできない空洞な時間だった。


15分後、、、気づいたらそんな時間が経っていた。


「ここは…?」


「お目覚めになられたのですか??」


目を開いて見つめる先は見たことのない天井だ。さっきまでテスト用紙を見ていたはずなのに。そして重力の方向が変わっている事とマストが少しの間気を失っていたことに気づいた。

そんな目が覚めて状況把握に戸惑うマストの様子を見て目を丸くして見つめる大人。ここは保健室だ。そしてさっき聞こえた声は保健の先生の声。


「貧血ですかねぇー。もう少しゆっくりしましょう。」


マストの症状は貧血。その先生の言葉に何故ここにいるかを思い出した。突然聞こえた声に恐れを感じ気を失ったのだ。だが貧血と言うのはきっと違う。ちゃんと昨日はテスト勉強もろくにせずたくさん寝て朝ごはんもしっかりと食べた。そもそも貧血になんかなったことがない。

そして色々と考えているうちについ言葉が出てしまった。


「ここは現実ですか??…あ、」


思わずでてしまった声は意外にもはっきりと大きな声だった。なんでこんな言葉が出たのかは分からないがこんなにはっきり言葉が出たと言うことはどこかで思っていた本当の考えなのだろう。


「ん??テストが嫌で頭がおかしくなったのかな??(笑)」


先生も先生らしからぬいじりようだがあながち間違いではないかもと思ってしまった。マストのあまりのテスト嫌いに発作を起こしてしまったのか…だとしたら重症だ。


ーで、ですよねー。ここでテスト中に妄想していたらいきなり知らない女の子の声が聞こえた。なんて死んでも言えないよなぁー…


難しい顔をするマストを見て先生がさっきの言葉が悪かったのだと思いとっさに声をかけた。


「と、と、とりあえず寝て起きなさいね??2時間目が終わり次第大丈夫か聞くから。」


と、言ってすぐに気まずい空気に嫌気がさしたのか保健室から立ち去った。なんて無責任な先生だ。

保健室にはマストただ1人残っていた。気づけばもう2時間目が半分過ぎていた。この分だと退出後10分以上はゆうに経っている。テストの原則として10分以上の退室、及び遅刻での受験は禁止されている。つまりこの時間のテストは無効となる。あまり解けていなかったマストにとってはラッキーだ。


「現代文だったから良かったなぁ。まぁどの教科もできないけど(笑)」


と、マストが誰もいない保健室で1人とぼけた顔でほざいていたが何かを思い出したかのように険しい顔に変わる。今考えるべきはテストではない。自分の身に起きたことが何なのか、だ。


ーそれにしてもさっきの声はなんなんだ。誰かクラスのやつが喋っていたと言うことは…ないな。信じがたいが、テレパシーってやつか??


そうベットに寝転び目をパチクリと開けたまま妄想のように考えていた時だった。


『まぁ、テレパシーに近いのかなぁー。』


ーやっぱりそーなのかー、、、って、、、

ええぇぇーーーー!


まるで考えていた事を聞いていたかのようにテスト中の時聞こえた声と全く同じ女の声が返答した。急いで体を起こし辺りを見渡すが誰の姿もない。声に慣れてきたおかげか声を聞いてからも体を動かす事が可能になった。


『1人で騒いでうるさい奴だなぁー』


慌てるマストを目の前で見ているかのように呆れた声で言う。本当に見えているのだろうか。そして思考が読めると言ったことが気にかかる。


ーお前、俺の考えてる事がわかるのか?!


女は少し間を開け的確に答える。


『まぁそー言ったところか。だけど伝えようと言う意思がないものは聞こえねぇーがな』


伝えようとした思いしか届かない。そう言えばさっきから声を出しているつもりだが音になっていなかった。考えていただけだ。まだ完全にこの声に慣れていないためか、声の主が自分の存在を他人に悟られないようにするための仕業なのか。

しかしながらもマストは一応の状況把握は整った。


ーなるほどなぁ、さっきからはお前に伝えたい疑問が漏れていたって事だな?なんで声が出ないのかは知らないが。


『それは多分慣れだ。』


この問いには間もなく答えてくれた。そのあたりは何が目的かは知らないが信じてもいいだろう。

すると女が続けて呟いた。


『やっと、、、よし、これからだ。』


声を聞くあたり今までに何かあったように感じられた。そして女は何かを決意した。


『よ、ようこそ妄想の時間へ!』

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