第2話 始まりの時間


〜キーンコーンカーンコーン♪〜


その響き渡る呪文から感じられる開放感。三時間目数学のテストの終わりのチャイムである。

その中でチャイムの音で我に帰り足がピクッとなり机を蹴ってしまった男が1人。これが本当の主人公神崎 マスト 干支塚北高校二年生だ。

これといって特徴はない。学力はやればできるといった程度で顔も好む人は好む顔なのだろう。(彼女募集中)

本日のテストが終わり部活や用事が特にないマストは家路を急ぐ。帰っても特にゲームくらいしかしないのだが。


「よぉ帰りか?」


「一緒に帰ろ〜??」


声の渋いメガネをかけたノッポ男と金色の髪を腰あたりまで垂らしイタズラに八重歯をちょこんと出した女。彼らはマストが居候させてもらっている家の同級生 子川ねかわクニヒコ・エイコだ。


少し昔話をしよう。これはマストが家族を失う前の話だ。。。

マスト家は両親と姉のリツとマストの4人家族だ。父が有名企業の社長だったのでお金には困らない生活を送っていた。

しかし、マストが中学2年生のこと。家族で年末恒例の旅行に行く際交通事故に巻き込まれマストたちは車ごと夜の海に飛ばされたのだった…


マストは助かった。


マストだけは助かった。


他のみんなは…


マストは一時的な記憶障害になっていた。事故の直前から事故にあってから目覚めるまでの事の記憶を失ってしまっていた。交通事故の話はマスト自身は覚えていなくあくまで医者から聞いた話だ。そして気になっていた事を告げられた。


「ご両親とお姉さんは行方不明です。」


中2のマストには受け入れがたい話であり、世界から突き放されたように感じた。

その後マストの引き取り手は母方の祖母だったが以前までは母が祖母の介護をしていた。その状況で全て救ってくれたのが小学生の時からの幼馴染である子川家だった。親同士もとても仲が良かったらしい。そう言った事情で今は子川家に祖母と一緒に居候している。


それ以来クニヒコとエイコと同じ高校に通っておりこうして時々一緒に帰っているのだ。子川家は学校からそう遠くない所にあり自転車で行く事もあれば歩いていくこともある。今日はテストという事もあり早く帰れるため歩きで登下校していた。


「ねね、マストォ。テストどーだった??」


聞かれたくもないことを聞いてくるものだ。このテストが終わった後にするこの話。聞いててなぜだか腹立たしくなる。別にテストがあまり解けなかったから嫉妬しているわけではないのだが、それ以外に話すことは無いのかと不意に思ってしまうからだろう。マストはこの現象を「テスト後の話題の墓場」と呼んでいる。


「わからなかったからボーッとしてたわー」


マストは早く話を終わらせられる最善の言葉の呪文を唱えた。大抵このフレーズを唱えさえすれば話はすぐ終わるのだ。


「さすがマストだな」


マストのそんな作戦にそれ以上の言葉が出ず苦笑いのエイコである。

そんなたわいない会話をしながら今日も今日とて家に着く。


「ただいまー」


「おかえりなさい。今日はコロッケよー。」


3人の声が揃う。家で夕食の準備をして待っていたのは子川家の母 ランである。この人には感謝してもしきれない。居場所のない自分に居場所を提供してくれた張本人だ。そんな寛大な心を持ったランを今は本当のお母さんのように思っている。


そんな他とは一味変わった家族だが、今日も他の家族となんら変わりない食事を迎える。


「いただきます」


「今日の課題おわった?」


エイコは耳が痛くなる話をすぐふってくる。エイコもマストの事を思って親のように注意してあげているのだが、日が悪かった。マストはコロッケが何よりも大好きなのだ。そんな楽しい食事を邪魔されては機嫌も悪くなるものだ。


ーこのクソ娘、今日は俺の大好きなコロッケだというのに気の落ちるような話題を出しやがって!


「後でやるつもりだー」


マストは出来るだけ早く話を切り上げようとコロッケを食べることに集中しながら素っ気なく答える。


「そーやって後回しにするからマストは提出までに間に合わないんじゃん」


言い忘れていたがエイコも同級生ながら母のように感じる。やれ、宿題だテストだとガミガミ言ってくる。ぱっと見では金髪で目力が少し強いエイコはワルに見えるが、こういった面ではとても真面目なのだ。まあ一般的に可愛い見た目ではあるが、ギャップを知るや否や同級生の男どもが釘付けになる事も多いらしい。マストは可愛いとは思ってはいるのだが親みたいに怒られていい気は別にしない。


「あーそーだな」


ー早くコロッケが食いてーんだよっ


我関せずのマストの態度がエイコの鼻についた。


「なにその態度〜。だからマストはコロッケに醤油なのよー」


エイコは自分でもこのやり取りは無駄だと思いコロッケに話をふったが地雷を踏んでしまった。

コロッケ。これはさくさくとした食感も趣深いが、醤油のほのかな香りを楽しみつつ少しふやけた衣もまた一興。ソースなど論外だ。ネチャーっとなる舌触り。アレが、、、とりあえずソースは許せん。そんなマストのコロッケは醤油だという揺るがぬ定義に触れてしまったのだ。


「ウルセェー!醤油はソースよりよっぽどコロッケに合いますー!」


遂に箸を机に勢いよくおき口論が始まる。第24回コロッケには醤油?ソースの幕開けである。


「コロッケにはソースでしょ!カタカナのものにはカタカナのものをかけるんです!」


これがエイコのいい文句だ。ただ一見かなり説得力のあるいい文句だがこの理屈で言うとたこ焼きしかり、お好み焼きしかりとソースやマヨネーズをかけづらくなるという代償がある。

しかしここでそう反論は出来ない。以前反論した覚えがあるがエイコはたこ焼き、お好み焼きと粉物料理を好まないためあまり意味のない反論になってしまう。

あまり言いたくないが仕方なくまだ使っていなかった反論されることを覚悟でマストは告げる。


「だいたいカタカナのさしすせそで『そ』の部分で味噌に負けてる時点でアウトだ!」


新しいマストの手にエイコは驚きはしたものの冷静に反論を考える。


「ぐぐっ、でも醤油なんて『せうゆ』とか紛らわしいのよ!」


マストが最も恐れていた反論をされ次の言葉が出ない。


「なんだと〜!!」


そんなマストとエイコの無駄に熱いくだらないやり取りを見ながらコロッケをパクパク食べているクニヒコが呆れた顔で言った。


「食事くらい仲良く食いなよ〜」


これが決まりの一手になる。


《お前が話に入る権利はねぇーー!!味覚馬鹿野郎が!!》


2人の揃った声に叩きのめされクニヒコは今日も静かに、きな粉のかかったコロッケを食らう。


第24回コロッケには醤油?ソース

敗北者:きな粉

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