第6章 訓練 第1節 登山する亜人たち
「訓練、か……」
「ギニラールさんとミラーシさん、用事があるって出掛けて行っちゃいましたけど……」
ガリーチェは、ギニラールに渡された
「おいらたち4人で、訓練に使えそうな山小屋を探してこいって言われたけど、ちょっと亜人使いが荒いよねぇ」
「まぁ、でも、ボスの言う通りワタシたちは武器の扱いに慣れてませんし、訓練は必要でしょう?」
「それはそうだけどさ。なんか、おいらたちだけ、いつも面倒ごとを押し付けられている気がするよ。なぁ、ガロンはどう思う?」
ぐでっと壁にもたれ掛かりながら、シーラが訊ねる。
「うーん、そうだな。あのボス獅子には、思うところも色々あるけど、言ってることは確かだ。ここでうだうだしてても仕方ないし、さっさと山小屋を探しに行こう」
「ちぇっ、分かったよぅ……」
東西に細長い、龍のような形をした
ガリーチェ、スタフティ、シーラ、パヴァールの4人は、その更に北へ向けて、
「しっかしシーラ、大分魔獣馬車の扱いが上手くなってきたな」
「そりゃあ、ずっとおいらが運転してるからね。それになんだか、最近魔獣馬たちも、懐いてきた気がするんだ」
「へぇー!そうなんですね!この3頭、名前は付けてあるんですか?」
スタフティが目を輝かせながら、シーラに呼び掛ける。
「うん?あるよ。左からアジーン号、ドゥヴァー号、トゥリー号!」
「えっ……いち、に、さん……?」
「あっはは!そのまんまじゃねぇか!シーラ、センスないなー」
「うるさいぞーガロン!わっと……!」
石の上にでも乗り上げたのか、魔獣馬車がガタンっと揺れる。
「ほらほら、前見ろ!」
「あっ!見てください!湖がありますよ!」
「あらっ!本当、この辺りは良い眺めですね~」
「もうっ!みんな!観光に来たんじゃないんだぞー!」
そうして4人が他愛もない会話をしながら進んでいると、標高1000メートル程の山に行き当たった。
「よし、この辺りで探してみるか」
「そうですね、あまり高くても大変ですし、丁度良さそうです」
4人は木々を掻き分けてゆっくりと山を登って行く。
高さはあまりないものの、人や亜人が踏み入れない場所なのか、思いの外険しい道が続く。
「はぁ……この辺りに、使えそうな山小屋って、あ、あるんですかね……?」
「うん?なんだ、チビ助。もう疲れたのか?」
「つ、疲れてませんよ!平気です。ただ、あまり人の通った形跡がないので……」
「大丈夫だよ、スタフティちゃん。どんな山にも小屋のひとつやふたつは必ずあるって」
「そうそう、気楽に気楽に~」
4人はお互いに励まし合いながら、探索を進めていった。
「……げっ、ストップ」
ガリーチェは、すんっと鼻を鳴らして立ち止まる。
「ガロンさん、どうかしたんですか?」
「あらら、この臭いは……」
続いてパヴァールも立ち止まり、顔をしかめる。
「うーん、おいらはよく……あ」
ポツリと落ちてきた水滴が、シーラの顔に当たる。
「雨だ、雨!本格的になる前に、どこか野宿出来る場所を探そう!」
ガリーチェたちは、ぬかるむ足許に気を付けながら山道を駆け、近くの洞穴に転がり込んだ。
「はぁ、はぁ……少し狭いが、ここで雨を凌ごう」
「そうですね……あれ?」
スタフティが顔を上げると、シーラとパヴァールが変身していた。
「どうして2人ともその姿に?」
「いやぁ……この方が、あったかくて。スタフティちゃんは平気?雨で身体が冷えちゃってない?」
「わたしは平気みたいです。このフードのお陰かも……」
スタフティは、熊顔と犬顔の2人を見たあと、ガリーチェに視線を移す。
「お、おい。なんだよ、その目は……」
「い、いや別に」
「そんな目で見ても、私は変身しないからな。洞穴が崩れるだろ」
「ちぇっ……」
ひょっとしてまた狼の姿が見れるかもしれないと思ったスタフティだったが、先手を打たれてがっかりする。
「大分暗くなってきたな」
「それに、雨止みませんね~。ワタシ、寒いのはちょっと苦手で……」
「あぁ、それなら!」
パヴァールが腕をさすったのを見て、スタフティは近くの木の枝をかき集める。
「おっ?何をするんです?」
「ちょっと湿気ってるけど……ふぅーっ!」
スタフティが歯ぎしりをして、思い切り息を吹き掛けると、木の枝に炎が点り、洞穴がほんのり明るくなる。
「わぉ!これは凄い」
「助かるよ、スタフティちゃん」
「えへへ……」
「なぁ、チビ助」
ガリーチェはスタフティが放った炎をじっと見つめていた。
「なんですか?」
「お前の炎……というか、魔法の力、なんか強くなってないか?」
「えっ?そうですかね……。気のせいだと思いますけど……」
「そうか……。何か変わったことがあったら言うんだぞ」
「は、はい」
「それにしても、ガロン。このまま待つしかないのかな?なんか、やる気が削がれちゃうよ」
「これ飲むか?」
ガリーチェは鞄の中から瓶を取り出し、シーラに向かって放る。
「ガロン!お前なぁ……」
「あぁ!それは
「じょ、冗談だって。なら、魔鉱銃を試し撃ちしよう」
ガリーチェが魔鉱銃を構えたのを見て、シーラとパヴァールが後退る。
「練習だって。今なら、雷雨で音も響かないし」
「で、でも、おいらちょっと怖いな……」
「ワ、ワタシも……。大体、仕組みは分かってるんです?」
「まぁ、なんとなくな」
ガリーチェは、全長約113センチ程もある魔鉱銃に苦戦しつつ、なんとか上部にある撃鉄のネジを弛める。
「よしっと。これでいいはずだ」
炎の
「あわわ、気を付けてよ、ガロン」
「見てろって……」
ガリーチェが引き金を引くと、バシュっと音が鳴り、銃本体の半透明になっている部分が一瞬赤く光った。
それからやや遅れて、放たれた火球が近くの木に命中する。
「す、すげぇ……。身体にズンってきた……」
「これが、魔鉱銃の力……。わたしの魔法より凄い……」
「次、2人もやってみるか……っておいっ!」
ガリーチェが振り返ると、シーラとパヴァールが酒を飲んでいた。
「あ、あぁごめん!おいらたちは遠慮しておくよ」
「ワ、ワタシも手元が狂ったら危ないですし~」
「それ、私の酒だし!それに2人ともさっきまで……ぐうぅぅぅ」
「あ!ならガロンさん、わたし撃ってみたいです!」
「えぇ……まぁ、仕方ないか。じゃあ、近くに……」
スタフティは嬉しそうにガリーチェの隣にうつ伏せる。
「へぇ、凄い!ここに魔鉱石を挟むんですよね?魔鉱石の種類によって、魔法や威力は変わるんですか?それから……」
「いっぺんに訊くなって!まず、しっかり持つところから始めろ。いいか、こうやって……」
朝になると、昨日までの雨はすっかり上がっていた。
4人は洞穴から出て伸びをすると、再び山小屋を探して歩き始める。
「ボロくてもいいから見つかっておくれ、山小屋ちゃん。ガオガオらりらりら~」
「シーラ、大丈夫か……?」
「昨日飲み過ぎたみたいですね~」
「他人の酒を……。パヴァールは平気なのか?」
「ワタシは少しだけなので、平気です」
「そうか……」
「みなさん、もうちょっとしっかりしてくださいよ……」
スタフティが不安気に顔を上げる。
「あっ!ほら、シーラさん前!危ないっ!」
「前って……うぎゃっ!」
シーラが何かにぶつかって倒れる。
「な、なんだぁ、魔獣かぁ~!?」
「落ち着けよ!良く見ろ」
4人が近づいてみると、そこには探し求めていたものがあった。
「あぁ!山小屋だぁ!」
「そこそこ広いですし、最近誰かが居た形跡もない。これならバッチリかと~」
シーラとパヴァールが手を叩いて喜び合う。
「そうだな!あぁ、魔鉱通信機でミラーシたちに連絡をしないと……」
しばらくすると、大きな荷物を背負ったミラーシが、1人でふらふらとやってきた。
「ミラーシ!どうしたんだ!?ボスは……?」
「いや、ボスはまだ別件で」
「大分疲れているみたいじゃないか。平気か?」
「私は大丈夫だ。それより、
ミラーシの荷物の中には、魔鉱爆弾を分解したものが入っていた。
「見よう見まねでやってみるか……」
魔鉱爆弾は、円形状の筒と、細い管から出来ていた。
筒の中には木屑と、黄色く輝く石粒が詰まっている。
「雷の魔鉱石の欠片か。綺麗だな」
「これが爆発の元ですか?」
スタフティが興味深気にガリーチェの手元を覗き込む。
「あぁ。爆薬ってやつだ。この導火線に火をつければ、短時間でドカンだ」
「人間は凄い物考えますね……」
ガリーチェは元の魔鉱爆弾を手本に、筒に爆薬を詰め、慎重に作業を進める。
「ふぅ……少し不格好だが、なんとか出来た」
「よし、ガロン。早速試してみよう」
ミラーシに促され、ガリーチェは魔鉱爆弾を土の中に埋め、導火線に火をつけた。
すぐにその場から離れると、少しして大きな破裂音とともに雷が走り、爆風が起こった。
「うっ……痛っ……」
ガリーチェが顔に鋭い痛みを感じて見てみると、筒に使用した金属片が落ちていた。
「あ、危ねぇ……」
「大丈夫ですかっ!?」
「あぁ。だけど、安定して爆発させるには改良が必要だな」
そうして5人は協力して、なんとか数個の魔鉱爆弾を作り上げた。
「ふぅ。けど、ミラーシ。これが必要ってことは、人間と闘うのか?」
「あぁ。警備隊を襲う話が出ていてな……」
ミラーシから話を聞いていると、見覚えのある亜人が2人、近づいてきた。
「よぉ、元気でやってるか?」
「どーも。あたしも来たよー」
「ボス……それにドークタルか!」
「わぁ!人狼だ!この亜人が例の?」
「あぁ。前に魔鉱通信機で話してた、学園時代からの知り合いだ。久し振りだな」
ドークタルは、前髪だけ水色、他は灰色の髪をした、かなり小柄な人狼の亜人だった。
スタフティは好奇心を抑えられない様子で、ジロジロと見回す。
「む。なんだね、君は。あたしが怖くないのかい?」
「あっはは!言った通り、面白い奴だろ?」
ギニラールに背中をバシバシ叩かれ、ドークタルがむせる。
「げほっ。じゃあ、君が噂のチビっ子亜人なんだね。あたしは天才大博士、ドークタルだよ。よろしく!」
「スタフティです。よろしくお願いします。ドークタルさんは、博士なんですね!」
「いや、チビ助。こいつの自称だ。気にするな」
「むむ!それは聞き捨てならないな。ガロン」
「おぅ、おぅ。せっかく良い小屋があるんだ。無駄話は止めて中に入ろうや」
小屋の中に入ったガリーチェたちは、ギニラールが何を話し出すか、緊張した面持ちで待っていた。
「うむ。我も含めて7人か。少し賑やかになってきたな。良く持ち直したもんだ。だが、
「黒猫軍……ってなんです?」
聞き慣れない言葉に、ガリーチェは耳をピンと立てる。
「我らと志をともにする者たちだ。じきに協力することになっている」
「は、はぁ……」
「そこでな、亜人が2人
処分と聞いて、ガリーチェたちが固まる。
「それ、それは、人間に……?」
「ガロン、何を言ってるんだ。処分は処分だ。これから闘っていく中で、障害となりそうな者を、黒猫軍の仲間が消したってことだ」
「そ……」
「そんなっ!」
スタフティが叫んで、慌てて自分の口を塞ぐ。
ギニラールは特に気にすることもなく、話を続けた。
「そういう厳しさも必要になってくるだろうな。……さて、次の作戦だが、お前たちには、警備隊の駐在所を襲撃してもらう。前に渡した銃を使え。場合によっては爆弾を使っても構わん。亜人の力を見せつける好機だぞ」
ギニラールはそう言って地図を広げる。
「この山を下って、一度道に出てから真っ直ぐ進んだところが駐在所だ」
「ちょっと待ってくれ……ください」
「なんだ、ガロン」
「近くに街がある。銃みたいに音が出る武器は使えない。刃物か……いつもの角材でないと……」
「それでは意味がなかろう!」
「けど、危険だ……」
張り詰めた空気の中、2人はしばし睨み合う。
「ふん、よほど自信があるんだな……?」
「……必ず、成功させます」
「よし、ならお前たち5人で行ってこい」
「えっ……ドークタルは?」
「良いから、早く行ってこい!」
5人は気の進まないまま、それぞれの武器を手に、駐在所へ向かった。
ガリーチェは、ドークタルがいつからあんなに偉そうな立場になったのか、何故自分たちばかりこんな役目をさせられるのか、不満だらけだったが、今はとにかく行くしかなかった。
「クソ、こうなりゃヤケだ!」
赤い布が巻かれた愛用の角材を振り抜きながら、ガリーチェが駐在所に突撃すると、慌てて4人も続いた。
「おらぁぁ!大人しくしろっ……なっ……」
しかしそこで、5人は目を丸くした。
駐在所には誰も居なかったからだ──。
「無駄骨だったか……。見回りでもしているのか、使われていないのか……。済まない、私ももっと調べるべきだった」
ミラーシがため息を吐く。
「……クソっ、せっかくここまで来たってのに」
「仕方ないですよ、ガロンさん。戻りましょう……」
空振りに終わった5人が、とぼとぼと戻ると、すっかり日が沈みかけていた。
ガリーチェが小屋の方に目をやると、ドークタルが駆けてくる。
「あっ!お帰り。どうだった?」
「どうもこうも、あそこには誰も居なかったぞ」
「えっ、もしかして何もしないで戻ってきたのか!?」
「あぁ……」
「えぇー失敗かよ。ガロンのとこは上手くいかないことが多いなぁー」
ドークタルの、のんきな物言いに、ガリーチェの中で何かがはじけた。
「なんだと!?偉そうにしやがって!」
グルルと唸り声を上げるガリーチェを見て、ドークタルが狼の姿に変身する。
「あたしとやるってのか、ガロン!大体、失敗したのは事実だろっ!」
ドークタルは、これで引くだろうと思った。
だが、小柄な人狼の姿が、言葉が、余計にガリーチェを苛立たせた。
「……やってやる!……グアァァァ!!」
山の涼しい風が、一気に熱風に変わる。
周囲に居た亜人たちが堪らずに転がると、目の前に巨大な四足の狼の姿があった……。
「駄目ですっ!ガロンさんっ!」
スタフティの声が聞こえた気がしたが、ガリーチェは構わずドークタルを突飛ばし、前足で地面に押さえ付けた。
「ぐっ……あ、ガ、ガロン……これは、死ぬ……」
「み、みんな!協力してガロンを止めよう!このままでは、ドークタルが殺されるぞ!」
ミラーシがそう叫ぶと、全員慌ててガリーチェの身体を掴んだ。
「うわわ、あっつい!凄い体温だ!」
「シーラさん!頑張ってくださいっ……!」
「お前ら、さっきから何してる!」
騒ぎを聞きつけてやって来たギニラールに、ミラーシは助けを求める。
「ボス!ガロンが……!押さえるのを手伝ってくださいっ!」
ギニラールはすぐ獅子の姿になると、ガリーチェの前肢に掴みかかる。
「……こいつ、なんて力だ!びくともしないぞ!」
「ガロンさん!頭冷やしてくださいっ!……冷やす……そうだ!」
何かを思いついたスタフティは、その場を離れると、ガリーチェの前に立った。
「これで、頭を、冷やしてくださいっ!!」
スタフティがそう叫んで、口から放った水球が、真っ直ぐにガリーチェの目に命中する。
「グゥゥゥ……!」
そのまま体制を崩した隙に、ギニラールがドークタルを掴み、なんとか引きずり出した。
「げほっ……助かり、ました……」
大人しくなった様子のガリーチェに、全員安堵してその場に座り込む。
しかし、スタフティだけは、そのままずかずかと近づく。
そして、ガリーチェの角材を拾い上げると、巨狼の額を思いっきり叩いた。
「グァッ!?」
「ガロンさんの、バカっ!!」
みんなが寝静まったあと、ガリーチェは小屋の外でひとり、膝を抱えていた。
今日、初めて仲間を傷つけてしまった。
もしも、みんなが、あいつが止めてくれていなければ……。
そう思うと、ガリーチェは恐ろしくなり、とても眠ってなどいられなかった。
そして何より、自分の中にある凶暴性、獣性を恥じるのだった──。
我らの逆心 灰色大神 @haiiro_okami
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。我らの逆心の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます