第5章 襲撃  第3節 ボス ギニラール

「はぁ、うめぇー」

あれから数日、大量に資金を手に入れたガリーチェたちは、宿屋で魔獣料理を食べながらくつろいでいた。

「ガロンさん、これ何の肉なんですか?」

魔獣鹿まじゅうじかだよ。ほら、前にミラーシとシーラが取り逃がした……」

「あ、あの時の話はいいでしょ!それより、スタフティちゃんは、初めて食べるの?」

シーラは慌てて誤魔化すように、スタフティに話し掛ける。

「はい!ちょっと大きくて食べにくいですけど、美味しいですね!」

「そりゃ良かった!おいらもこんなご馳走、久々に食べるよ~」

「あのぉー……」

3人がガツガツと食べていると、パヴァールが呆れ顔で口を開く。

「皆さん、魔獣鹿まじゅうじかは高級なんですから、あまり食べ過ぎないように」

「なんだよ、金はたんまり有るんだから、ちょっとくらい良くないか?」

「これから何が起こるか分かりませんし、爪牙軍そうがぐんでは、贅沢は厳禁です」

「なんかパヴァールに言われても、説得力がなぁー……」

そう言うとガリーチェはパイプを咥え、ふぅーっと煙を吐いた。

煙はわっかのように広がると、オレンジ色に変色し、ポコンっと小さな音を立てて消える。

「ちょ、ちょっと!それ魔鉱煙草まこうたばこですよね?ワタシの話、聞いて──」

「そうキャンキャン吠えるなよ。大体なんで急にそこまでケチになったんだ?」

「で、ですからそれは……」

コン、コン──

パヴァールが言い返そうとしていると、部屋の扉を控え目にノックする音が聞こえた。

「誰か来たな……合言葉は?」

「赤い牙だろ?ガロン、私だ……」

「おぉ!ミラーシ!帰って来たんだな……えっ!?」

喜んで勢い良く扉を開けるガリーチェだったが、直後に固まってしまった。

ミラーシの後ろに、大柄の亜人が立っていたからだ……。

「だ、誰だ?ミラーシ、そいつは……」

「この方が、爪牙軍そうがぐんのボス、ギニラールさんだ……」

ミラーシがやや緊張した面持ちでそう言うと、ギニラールはぐいっと身を乗り出す。

「入るぞ」

遠慮なくずかずか入って来たギニラールを見て、全員ぎょっとする。

「な、なんだ、なんだぁ……!」

「ギニラールさん……」

「わぁー!凄い、獅子の亜人だ……」

ギニラールは女とは思えない程ガッシリとした体格で、ボリュームのある茶色い髪を持ち、凄まじい存在感を放っていた。

「よぉ、パヴァール以外とは会うのは初めてだったか?我が名はギニラール。爪牙軍そうがぐんのボスだ」

「そ、そうか……わたしはガリーチェ。みんなからはガロンって呼ばれてる」

「ガ、ガロン!口の聞き方には気をつけろよ。敬語で話せ!」

慌てて間に入るミラーシだったが、ギニラールは構わないと手で合図する。

「お前が噂の人狼だな?ミラーシから色々と聞いている」

「そりゃどうも……です」

ギニラールは部屋の中、テーブルの散らかった様子を見て目を細める。

「ははは……随分派手にやってるみたいだな」

「あのぉ……ギニラールさん、これは……」

「いいんだ、パヴァール。最近の作戦の成功は、めでたい事だからな……しかし、だ」

そう言うと、ギニラールはガリーチェから魔鉱煙草まこうたばこを奪い、ゆっくりとテーブルに置く。

「過ぎた贅沢は禁物だ。精神を緩ませ、全体の士気も下げるからな」

「は、はぁ……」

「ガロンと言ったか?お前、中々生意気そうないい面をしている。……そうだな、我と力比べでもしてみないか?」

ギニラールはそう言って、突然テーブルに肘をつく。

「えっ……腕相撲、ですか……?けど……」

「わぁ!凄い!人狼と、獅子の力比べなんて!ガロンさん、頑張って下さいね!」

「……よ、よし!やってやる……!」

ぐっと力を込めたガリーチェは、一気にギニラールの手首を傾ける。

「やるな……だがっ!」

「ぐぅ……うわぁっ!」

ギニラールが手首を返し、ガリーチェの手をテーブルにつけた衝撃で、皿に残っていた料理が跳ね、パヴァールの顔に命中する。

「ひ、ひぇっ!」

「はっはっは!その姿では大した力ではないな」

「ぐっ……くそっ……すげぇ」

「ガロンさん……大丈夫ですか?」

「あぁ……だけど、凄い力だ」

「そうだろう。だが、お遊びでこんな事をした訳ではない。見ての通り我々亜人は、力で人間を上回っている。だが爪や牙、拳で人間と対峙しても意味がないのだ。人間の武器を操り、権力を打倒する!その事を今一度肝に命じよ!分かったかっ!」

「「はいっ!!」」

「……みんなには今夜、別の採掘所に行って魔鉱爆弾まこうばくだんを入手して来て欲しい。それと、人数が増えたから、今後の生活に必要なものの買い出しも」

「ミラーシ……今夜って急じゃないか?」

「いや、一刻も早く人間の武器を入手せよというのが、ボスの考えだ」

「その通り。金の方はあるが、魔鉱爆弾まこうばくだん入手は一度失敗しているだろう?両方充分になければ、話にならんよ」

「ぐぅぅ……」

腕組みをして壁にもたれ掛かるギニラールに半ばイラつきながら、ガリーチェは扉に向かう──。


 「なんなんだ!あいつ、いきなり来て偉そうに!」

「そんな事言ったら駄目ですよ。爪牙軍そうがぐんのリーダーなんですから……」

ガリーチェとスタフティは、買い出しのため街の中をぶらぶらと歩いていた。

「け、けどさ……」

「よっぽど悔しかったんですね。ガロンさん……力比べに負けたのが……」

「ぐぅ……うるせぇ……それにミラーシもミラーシだ。なんか急にお堅くなりやがって……」

「仕方ないですよ。リーダーが来たら、みんな緊張しますもん」

「あぁ!なんでもいいけど、なんか腹立つな!こうなったら、ぱーっと金使っちまうか」

「だから駄目ですって!お金は大事にしないと。……あれ?ところでガロンさん、どこに向かってるんですか……?」

「生活に必要なものは、シーラとパヴァールが買ってくるだろ?だから、ほら……」

「あっ……」

2人が辿り着いたのは、大きめの武器屋だった。

「前に約束したやつだ。チビ助の袖に付いてたナイフ、新しいのを買ってやるって……。ここなら、なんかあるだろ」

「わぁ……わぁ!ありがとうございますっ!」

スタフティは飛び跳ね、ガリーチェの腰に抱きつく。

「くっつくんじゃねぇ……ほら、さっさと選べって!」

「はーい!えっと……」

どれにしようかとスタフティが吟味していると、ひとつのナイフに目が釘付けになった。

「これ、刃に狼の模様が入ってる……」

「そんなの、どうせ袖にくっ付けたら見えなくなるだろうが」

「でも、いいなー……」

「あぁ、くそっ……じいさん、これいくらだ?」

「おっ!それはいいやつだからな。ひとつ、金貨1枚だ」

「げぇっ……まぁいいか。ぱーっと使うって決めたし。じいさん、これをふたつ頼む。あと、刃の溝に合う鉄屑があったらそれも」

「うん?まぁ、あるけどなぁ。それじゃあ、そっちはおまけしといてやるから、金貨2枚で」

「助かるよ」

「まいどありー!」

「ガロンさん、ありがとうございます!」

大喜びで飛び跳ねるスタフティの頭を、ガリーチェは片手で押さえる。

「分かったから、はしゃぐなって……!」

「えへへ……ところでさっきの鉄屑は、何に使うんですか?」

「はぁ……戻ってから分かるよ」


 宿に戻ると、ガリーチェは早速ナイフと鉄屑を取り出した。

「袖の部分、見せてみろ。私が直してやる」

「えっ?は、はい」

ガリーチェは刃の溝部分に削った鉄屑を通し、2本のナイフが簡単に外れないように固定する。

それから更に、丸みを帯びた袖の形を整え、中にナイフを仕込むと、ほつれた部分を修復していく……。

「……これでよし、と。少し重くなったかもしれないが、前よりマシだろ」

「わぁ……す、凄い……」

スタフティは手をかざして、新しくなった刃をじっと見つめる。

「本当に、ありがと──」

「ふん。ガキのおもちゃに金を使ったのか……」

その時、喜び掲げていたスタフティの腕を、ギニラールががっしりとつかんだ。

「チビ助……!」

「は、離して下さい!これは大事なもので、おもちゃなんかじゃありません!」

「だが、今必要か?が……」

「だから、大事なものだって……う、うぅぅ……ガアァァァッ!」

「……っ!?」

突然、スタフティの口から火球が放たれる。

ギニラールはぎりぎりのところでかわしたが、炎がかすって僅かに髪を焦がした。

「……今のが、ミラーシが言っていた、魔法というやつか……?」

「は、はい。その亜人特有の体質です」

「うぅむ……」

ギニラールは口を開け、肩で息をしているスタフティをしばらく眺めていたが、やがてゆっくりと手を離した。

「ははは!面白い。上手くいけば、使えるかもしれんしな。そのナイフは大目に見てやる」

「ふぅ、ふぅ……」

「チビ助、大丈夫か?」

「はい……でもわたし、魔法なんて使う気じゃ……」

「お前は気にしなくていいんだぞ……」

そう言うと、ガリーチェはギニラールを睨み付ける。

「うん……?」

ギニラールは僅かに笑っていたが、2人の間には張り詰めた空気が漂っていた。

「ただいま~!」

「戻りました~……って、何かありました?」

丁度そこへ、シーラとパヴァールが帰ってきた。

2人の気の抜けた雰囲気に、場の緊張がほどける。

「色々必要なもの買ってきたよ。食べ物もたくさん!」

「よし、ならミラーシ、料理を頼めるか?」

「え?は、はい」

「他のやつら……パヴァール、シーラ、ガロン、スタフティの4人は、さっそく魔鉱石採掘所まこうせきさいくつじょに行ってもらうぞ」

「けど、ギニラールさん……私たちまだ戻ってきたばかりで……」

「なんだ、パヴァール。地図ならあるぞ」

そう言うことではなく、と言い掛けた言葉を飲み込んで、パヴァールは渋々地図を受け取る。

「今度は上手くやれよ」

「ガロンさん、行きましょう……」

「あぁ……」


 「少し遠いなぁ……もう……」

シーラの運転する魔獣馬車まじゅうばしゃに乗って、4人は夜道を静かに移動していた。

「はぁ……ギニラールさんって、気さくでいい人なんですけど、たまに怖いのがちょっと、ねぇ……」

「それ本人に言ってみろよ」

「いやいや、冗談です~……」

「でも、今回の作戦を成功させれば、きっと認めてくれるはずですよ」

「チビ助はなんでも真面目に頑張るな……」

「だって、失敗したことも多かったけど……色々、言われっぱなしじゃ悔しいじゃないですか」

「それは……そうだな。よし、たんまり爆弾抱えて驚かせてやろう!」

「はい!」

ガリーチェとスタフティが気合いを入れていると、魔獣馬車まじゅうばしゃがゆっくりと止まる。

「着いたよ。人間は……誰も居ないみたい」

「よし、チャンスだ!行くぞ、チビ助!」

「分かりましたっ!」

「ワタシとシーラは残って見張りを……頑張って下さい!」

 前回と同じように、2人は素早く駆け採掘所の下層に向かって行く。

「あっ!あの倉庫、怪しくないですか?」

「確かに。臭うな……」

倉庫の扉には鍵が掛かっていたが、スタフティが袖のナイフで器用に取り外す。

「なんだ、やっぱり役立つじゃんか」

「えへへ……」

「よし、あとはこの扉を開けるだけだな。うりゃっ……!」

腕に力を込めて重い扉を開けると、2人は中を調べ始める。

「頼む、あってくれ……」

「ええっと……あれ?この箱は……」

「チビ助、ストップ!」

「ひゃいっ!」

「ゆっくり……そーっと開けてみろ……」

スタフティが箱を開けると、その中には筒状の物体がいくつか入っていた。

「ガロンさん、これ、これって……」

魔鉱爆弾まこうばくだんだ!ついに、やったぞ!」

ガリーチェは嬉しさのあまりスタフティの手を取りはしゃぐ。

「ガ、ガロンさん!危ないですって。その、尻尾も!ぶつかって爆発したらどうするんですか……」

「あ、わ、悪い。いくつか箱持って、さっさと戻ろう」

ガリーチェはぶんぶん揺れる尻尾をベルトに挟むと、そっと箱を持ち出し、魔獣馬車まじゅうばしゃへ向かった。

「2人とも、あったぞ!」

「え!?やったー!やあっと手に入ったんだ……」

「やりましたね!ギニラールさんに怒られなくて済みそう……」

「よぉし、急いで戻ろう!おいらも、もうひと頑張りするよ!」


 「魔鉱爆弾まこうばくだん、手に入れ……ました、よ……?」

ホクホクと喜びながら帰ってきた4人だったが、あるものを見てぎょっとした。

「おぅ、上手くいったか。そいつは良かった!」

「いやそれより、その手に持ってるのって……」

魔鉱銃まこうじゅうだ」

「どこでそれを!?」

「色々とツテでな。これ一丁しかないが、明日はこいつで小さめの銀行を襲撃する」

「えぇ!?けどギニラールさん……銀行は危なくないですか?」

「そうだよ。私とチビ助は指名手配されてるし……」

「ならば、今度は我も含めた4人で行く。良いか、我ら亜人が、人間を人間の武器で脅すことが重要なのだ。必要なら……殺しても、構わん」

「なっ……」

「それは、流石に……」

「まぁ、出来るだけそうならんようにはするさ。これは、お前に渡すぞ」

そう言うと、ギニラールは魔鉱銃まこうじゅうをミラーシに渡した。

「私が……?」

「そう緊張するな。今はお前の作った料理をみんなで食べよう」


 次の日、予定通り小さな銀行を魔鉱銃まこうじゅうで襲撃したギニラールたちだったが……。

「みんな、済まない。初めての銃で手間取ってしまった……」

「気にしないでよ、ミラーシ。おいらも、もたもたしちゃったし……」

「ワタシも、これしかお金を奪えず……」

「気にするなって。昨日の今日だ。疲れが取れてないだろ」

ガリーチェは、なんだか3人が気の毒に思えた。

「ふむ。確かに少し急ぎ過ぎたかもしれん。とは言え、我らは限られた人数で、警備隊と闘わねばならん。そのためには、武器の扱いに慣れ、体力もつけることが必要だ」

「具体的には、何をするんですか……?」

スタフティが目を丸くして訊ねる。

「訓練だ。訓練をする……」

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