第5章 襲撃  第2節 助っ人現る

 水流王国すいりゅうおうこくの中心部である王都には、高さ約450メートルにも及ぶ巨大な宮殿が聳え立っており、入り口にはかつて竜を討った英雄の像が飾られている。

その、人間の勝利と権力の象徴である宮殿の、中央からやや外れた一室で、女騎士イストークは顔を洗っていた。

青い竜を模した兜を被り、ほぼ誰にも素顔を見せず闘う彼女にとって、この時間は貴重であった。

ヒリヒリと痛む目の辺りに触れ、何度も水に浸ける。

続いていた痛みが、近頃強くなった気がして、彼女は酷く苛立っていた。

落ち着こうと顔を冷やしていると、コンコンと遠慮がちに扉をノックする音が聞こえ、イストークは慌てて兜を被った。

「どうした?……入って良いぞ」

「はい。お休みのところ、失礼いたします。例の……銀行襲撃事件の犯人像が分かりまして……」

「何……?」

「これを……」

そう言うと、イストークの部下は似顔絵を2枚手渡した。

「人狼と、フードの子ども……?」

「はい。犯人は4人組で、残りは分かりませんが、内1人は赤毛の人狼、もう1人は袖に刃物のついた妙なフードを被っていたようで……。赤い毛と、布切れのついた刃物も現場に残されていたそうです」

「赤毛の方は、王都襲撃事件の時の奴か?」

「ま、まさか。あれは魔獣でしょう。あんな化け物に変身する亜人なんて聞いたこと……」

「いいや。赤毛の人狼なぞ、そうそう居るものではない。例外的な存在なのかもしれん。……それと、この子どもの方は、王都学園から逃走した者と特徴が良く似ているな……」

「えっ?あの珍しい体質だと噂されていた子どもですか……?でも何故この2人が……?」

「さぁな。亜人の考えることなど私には理解できんよ。それより、すぐに詳細を調べあげ、手配書をばらまけ」

「は、はい!了解であります!」

部下が急いで出て行ったのを確認すると、イストークは窓の外、英雄エルピスの像を見つめ、世を乱す化け者は必ず捕らえると誓うのだったーー。


 「まずい事になったな……」

ガリーチェたち4人は、ボロボロの亜人喫茶に来ていた。

「2人とも指名手配だもんねぇー……。しかも結構似てるじゃんこれ」

そう言ってヒラヒラと動くシーラの手から、ガリーチェは手配書を奪い取る。

「ど、どこが似てるんだよ。こんなに凶悪じゃないだろ!」

「あまり大声を出すな、ガロン」

「わ、悪い……」

「済みません、わたしも……。あんなミスしなければ……」

「仕方ないよ、スタフティちゃん。それに、ここにもうすぐ頼りになる人が来るんでしょ、ミラーシ?」

「あぁ。ドークタルに連絡をして、爪牙軍そうがぐんから助っ人を呼んで貰う事にしたんだが……」

「そいつ、本当に来るのか?どんな奴なんだ?」

「なんでも、隠れ家探しが得意で、人脈も広いらしいぞ」

「へぇー!そうなんだ!それなら心強いね」

シーラは思わず椅子から立ち上がって、身を乗り出した。

「シーラ……テーブルが揺れるから座ってくれ」

「ごめん、つい……あれ?誰か入って来たみたいだよ」

4人が喫茶店の入り口に目をやると、犬の亜人が突っ立って、キョロキョロしていた。

垂れ耳に白金色の長い巻き毛、腰にはオレンジと緑の縞模様の布を巻いた派手な出で立ちに、4人はぎょっとして顔を見合わせる。

「なぁ、ミラーシ。あれじゃないよな?」

「わ、分からん。詳しい特徴までは聞かなかった」

「なんだか凄く派手ですね……」

「ね、ねぇ、近づいてくるよ……」

シーラが慌てていると、犬の亜人は近くの椅子を引き摺って、ガリーチェたちの席に着いた。

「よいしょっと……どうも~」

「こ、こんにちは……?」

スタフティが控え目に挨拶すると、犬の亜人は小首を傾げた。

「あら?反応が悪いようで。連絡してくれましたでしょう。違います?」

「では、貴女が……」

「そうそう!ワタシが爪牙軍のパヴァールです。どうぞよろしく」

「ど、どうも。私がミラーシだ。こっちが……」

 ミラーシがガリーチェたちを紹介すると、パヴァールは4人をじろじろと観察した。

「熊に、銀狐に、赤毛の人狼に、不思議な力を持つ亜人ですか……。うーん、なんとも面白い組み合わせ!」

そう言ってパヴァールはガリーチェの髪に触れる。

「うわっ!気安く触るんじゃねぇ、派手犬!」

「えぇ!口が悪い!」

「こらガロン……失礼した。それで、知っての通り2人指名手配されてるんだが……なんとかなりそうか?」

「ふふん。ワタシにお任せを。顔見知りの宿屋があるので、ひとまずはそこへ」

「本当に平気か?というかお前、派手過ぎて目立たないか心配なんだが……」

「うーん!ガロンっちは、はっきり言いますねぇー。平気平気!」

「なんだよ、その呼び方……こいつ、殴って良いか?」

「ガロンさん。気持ちは分かりますが、我慢しましょう……」


 パヴァールの案内で辿り着いた宿屋は、そこそこ大きく綺麗だった。

「やぁ、いらっしゃい!パヴァールちゃん」

「あら、おじさんどうも!5人よろしくねん」

「どうぞどうぞ!」

4人が呆気にとられていると、パヴァールは遠慮なくずんずん進む。

「さ、入って入って!」

その部屋は5人が十分入れるだけの広さがあった。

「顔が広いというのは、本当だったんだな」

「まぁ、みんなワタシの魅力にやられたというところでしょうか?」

ガリーチェは自慢気に語るパヴァールを見て、眉間に皺を寄せる。

「けっ……なんかお前からは、色んな亜人の臭いがして嫌になるよ」

「そうです?あっ!ワタシが今まで付き合った亜人の話を聞かせましょうか?」

「き、聞きたくねぇよ!子どもも居るんだし、そんな話するんじゃねぇぞ」

「えぇー、スタフティちゃん、聞きたくない?」

「えっと……遠慮しておきます……」

「そんなー。だって、退屈でしょう?……そうだ、ならあれを見せてくれません?みなさんの変身姿」

うきうきとしたパヴァールとは対照的に、4人は押し黙る。

「どうしました?」

「私とシーラは問題ないが、スタフティは変身出来ないんだ。あと、ガロンは特殊で変身したら部屋がぶっ壊れる」

「へぇー……変わっているとは聞いていましたけど、お2人にはそんな事情が……。あ、それでスタフティちゃんは狼?の格好を?」

「いえ、このフードはそういう訳では……」

「あぁーもう、やかましい奴だな、パヴァールは。お前の話なら聞いてやるから、あれこれと詮索するのは止めろ」

「そう?では早速……」

「ちょっと待ってくれ」

マイペースに語り出そうとしたパヴァールを、ミラーシは制止する。

「これからどうする?このままここに居座る訳にもいかないだろう?」

「あぁ、それね。ここから少し離れた森の近くのアパートを既に借りているから、問題なしです」

「そうか……それなら頃合いを見計らってそこに移動してから、今後の作戦を練るか……」

「そうそう、だから今はワタシの話でも聞いて、ゆっくり過ごしましょ。……あれは、ちょーっと昔のことで……」


 夜になると、全員ぐったりと寝転んでいた。

「くそ。本当に良く喋る奴だな……」

「凄い話でしたね……老若男女相手に……」

「止めろ。頭痛くなってくる……お前はあんな大人になっちゃ駄目だぞ……」

「はい、ガロンさん。立派な人狼になることだけ考えます……」

「そうしとけ……」


 「う、うわぁ!大変だよ、起きて!」

シーラの大声で目を覚ましたガリーチェは、ゆっくりと身体を起こした。

「なんだよ……」

「外見て!警備隊に囲まれてるよ!」

「嘘だろ!?」

全員そっと窓を覗くと、王都の警備隊がずらっと並んでいた。

「な、何故ここが分かったんだ……?」

「うーん。いや、ミラーシさん。良くご覧に。ここがバレていると言うより、この街全体を探してるようです。あっちこっち、うろついているもの」

「けど、これではどの道、見つかるのは時間の問題だぞ。どうする?」

「裏口からばびゅーんと逃げます?」

「で、でも、おいらたちの魔獣馬車まじゅうばしゃはどうするの……?」

「なら二手に分かれよう。私とシーラは表から普通に馬車で出る。お前たち3人は裏からこっそり抜けろ。後で拾う」

「分かった!」


 ガリーチェたちは宿屋の裏口からこっそり外に出たが、前も後ろも警備隊だらけだった。

「これは……普通に切り抜けるのは難しそうですね……」

「くそ、どうすりゃ……」

すると、パヴァールは近くにあった荷車を持ち出し、犬姿に変身した。

「2人ともこれに乗って下さい!あっ……風芋かざいも入ってるけど、そこは我慢を……」

「無茶なっ……おぶっ!」

「わわわ……」

パヴァールは2人を無理矢理荷車に乗せると、その上から更に風芋を乗せ、布を被せた。

「ふんっ……よいしょっと……!」

そのままゆっくりと荷車を押して通りに出ると、警備隊に呼び止められた。

「待て、そこの亜人。この辺りで、赤毛の人狼とフードの子どもを見なかったか?」

「さぁ……何かあったんです?」

「銀行襲撃事件の犯人が、この辺りに潜伏しているらしくてな」

「あららそれは物騒!ならすぐにここを離れないと……」

パヴァールは大袈裟に驚き、そのまま先へ急ごうとする。

「おい、その荷車の中、見せて貰っても?」

「え?えぇ、どうぞ……」

「…………ふん、なんだ、風芋か」

「これから売りに行くところですので、では~」

なんとか誤魔化したパヴァールは、前方にシーラの馬車を見つけ、力を込めて荷車を加速させる。

「パヴァール乗れ!……2人は?」

「この中です」

「そ、そうか……」

ミラーシとパヴァールは荷車を魔獣馬車に繋ぐと、そのまま強引に進むのだった……。


 「お、おぇぇー……青臭ぇ……死ぬかと思った……」

「ガロンさん、大丈夫ですか?」

「まぁな。お前は平気か?息出来なかっただろ?」

「わたしは小柄なので、なんとか……」

ガリーチェたちは森の近くのかなり古いアパートに辿り着いていた。

「ふぅ!どうにかこうにかなりましたねん」

「助かったよ、パヴァール。まさか2人を荷車に乗せて連れて来るとは……」

「良く押せたね!おいらでも重くて大変だと思うよ」

するとパヴァールは自慢気に背筋を伸ばした。

「ふふん。こう見えても、爪牙軍で鍛えられてますので」

「こっちはかなり酔ったけどな……で、ここからどうする?」

ガリーチェが訊ねると、ミラーシは腕組みをして考え込んだ。

「ふむ……。警備隊が目を光らせているのは厄介だが、ここで足踏みをする訳には……」

すると、パヴァールはミラーシの肩を叩き、片手で円を作るポーズを取った。

「うん?なんだこの手は……?」

「金貨ですよ、金貨。爪牙軍本体も資金に困ってましてね。それに、ワタシもここに来るのに路銀を使ってますし」

「つまり……?」

「嫌だなー。ここは続けてガツっと襲撃する手しかないでしょう?」

「また銀行襲う気か?流石にそれはまずいだろ……」

「いえいえ。この近くに銀行は無いので。代わりに学園を狙うのです」

パヴァールの言葉に全員が凍りつく。

「学園だと?それは流儀に反するんじゃないのか?」

「ミラーシの言う通りだ!普通の人間や、亜人を巻き込むって言うのか!?」

「そうですよ!そんな行動……亜人たちが自由に学んで働けるようになるため、やってることなのに……矛盾、しますよ……」

「えぇと、みなさん落ち着いて。狙うのは小さな学園の年少者クラス。そこで働く教員のです」

「つまり、給料泥棒をするってことなの?」

おずおずと訊ねるシーラに対して、パヴァールは身を乗り出す。

「その通り!何も、学園で大暴れする訳じゃありません。それに明日、給料が運ばれるという情報も得ていますので」

「だが……今までの資金でなんとかならないか?どうしてもやる必要があるんだろうか……」

「甘いですね。うーん、意識を統一するため、ボスに会ってみます?」

「爪牙軍のボスにか?」

「えぇ……そうですね。とはいえ資金も必要です。ミラーシさんは今ある分を少し持ってボスに会いに行く。残りの人たちで襲撃するのはどうでしょう……?」

「どうするんだ、ミラーシ?」

「そうだな……まだ武器も手に入っていないし、どちらも必要な事かもしれない。……よし、私はボスの元へ行く。襲撃は頼めるか?」

「あぁ、任せろよ。バッチリやってやる」

「捕まるなよ、ガロン……」

「では、みなさんオーケーという事で!時間もありませんし、早速作戦会議を」


 翌日、単身でボスの元へ向かったミラーシを見送った後、ガリーチェたちは学園近くの林に身を隠していた。

「本当にこの近くを通るんだろうな?」

「もちろん。大きな袋を持った人間が2人現れるはずです」

「なら信じるぞ。襲撃は私とパヴァール、シーラとチビすけは魔獣馬車で待機で良いんだよな?」

「はい。それで~。やって来たら馬車から飛び出しバビュっと逃走しましょう」

「よぉし……」

 そうしてしばらく待っていると、正面から上機嫌に鼻歌を歌う2人組が現れた。

「今日は何の日お金の日~♪」

「なんだか少し気が引けますね……。ガロンさん、気をつけて下さい」

「あぁ……」

ガリーチェは2人組が通り過ぎたタイミングで、パヴァールに合図を送った。

「行くぞ!」

ガリーチェとパヴァールは勢い良く駆け出し、それぞれの荷物を素早く引ったくる。

「う、うわ!何をする!」

「こ、こいつら泥棒だ!誰かぁー!」

「走れっ!」

「あわわ。ガロンっち速~い!」

2人はそのままの勢いで馬車に飛び乗る。

「行ってくれ、シーラ!」

「はいよ~!」

「ま、待てー!くそー!」

虚しい人間の叫び声を背後に聞きながら、2人はすぐに袋の中を確かめた。

「こ、これは……」

「ひゅ~。金貨がザックザク!」

「あの人たちには少し気の毒ですが……やりましたね!」

「あぁ、大成功だ!」

ガリーチェたちは、この大きな成功をしばし喜び合うのだったーー。

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