第4章 資金集め 第1節 盗人になる
「絶対に嫌ですっ!」
「いいや、やらなきゃ駄目だっ!」
ガリーチェとスタフティは、テーブルを挟んで睨み合っていた。
シーラとミラーシの間にも緊張が走る。
「いいか、チビすけ。もう一度今私たちが置かれている状況を考えてみろ。亜人を解放するためには、仲間と、闘うための武器がいる。生活費だって必要だ」
「それは、分かってますよ……」
「けど、ゴミ拾いだの魔獣狩りだのでは、とても稼げない。それに、
「でもっ!」
そう言ってスタフティはガリーチェの両腕を勢い良くつかむ。
「それでも、本屋から本を盗むなんて、嫌ですよ!」
ガリーチェが考えたのは、本屋から高級そうな物を盗み取り、それを他の店に売るというものだった。
「しょうがないだろ……これが一番手軽なやり方なんだ」
「確かに、ガロンの言う通りだ。本なら
「ミラーシさんまで、そんなことを……。だってそれじゃあ、せっかく亜人のために頑張っていこうとしているのに、悪者と変わらないじゃないですか……」
ずるずると力なく下がっていったスタフティの両腕を、今度はガリーチェが強くつかむ。
「それだけじゃ駄目なんだ。綺麗事だけじゃやっていけないんだよっ……!」
「ガロンさん、どうして……」
スタフティが怯えているのを見て、シーラが割って入る。
「ま、まぁ、ガロン。その辺にしておけよ。上手く行かないことが続いてるし、お腹も空いてるからきっと苛立っちゃうんだよ」
「……悪い」
ガリーチェは静かに息を吐くと、スタフティの腕を離した。
その様子を見て、シーラはほっとする。
「ガロンの作戦は試してみた方が良いと思うけど、スタフティちゃんは嫌なら無理にやらなくても良いんじゃないかな?」
「え、でも……」
「そうだな。盗みはガロンと私たちでやるとして、君はここで待って貰っていても構わない。だが……」
ミラーシはそこで言葉を区切ると、鋭い瞳でスタフティの顔を覗き込む。
「私たちは志を共にする仲間だ。今回のようなことが、この先もきっとあるだろう。意識の統一はしておきたいんだ……」
「は、はい。なんだか、すみません……」
「よし。じゃあ、ガロン。早速だが、どこの本屋にするか決めようか?」
「あ、あぁ。それより、3人で行くのか?分担はどうする……?」
「ガロンさん……」
スタフティは、3人と離れた場所で、自分の角や手の甲に触れた。
盗みについて話し合う声が遠くに聞こえ、一層孤独を強める。
出来れば止めたいが、しかし、憧れの人狼に近づきたい、離れたくないという気持ちが勝った――。
「あの、ガロンさん……」
「うん?どうした……?」
「やっぱり、わたしも一緒に行きます」
「本当か?無理しなくてもいいんだぞ」
「だって、これは亜人を救うための第一歩なんですよね?だったら、わたしも行かないと……」
「……そうか」
「うーん、結局4人かぁ。なら、おいらはちょっと別行動しようかな?」
「なんだシーラ。まさかサボリか……?」
「違う違う!4人なら、身体のでかいおいらは、邪魔かなぁと思って。それに、ちょっと
「足?」
「うん。いざって時にすぐに逃げられるし、移動手段があった方が良いでしょ?」
「それはそうだが……お前ひとりで行く気か?大丈夫なのか……?」
「そんな疑いの眼差しで見ないでよ、ミラーシ。おいらだってやる時はやるんだからさ」
「それなら構わないが……」
「まぁ見ててよ。きっと立派な
シーラと別れ、ガリーチェたち3人は本屋を探してうろついていた。
「あの、確認なんですけど、こんな王都の外れにも、本屋ってあるんですかね……?」
「そりゃあるだろ。どこに行ったって、紙の情報は貴重だからな。それに、ゴミ拾いした時だって、本が落ちてただろ」
「あっ、言われてみれば確かに。ガロンさん何か読んでましたもんね……」
「あぁ。ただ単に興味があって読んでた訳じゃないんだぞ。色々と考えてたんだ」
「本当ですか、それ……」
「2人とも、ここなんてどうだ?」
ミラーシが示した場所には、小さめの本屋があった。
少し古びてはいるが、本はある程度揃っていそうだった。
ミラーシは、小さな窓から中を覗き込む。
「中は店主ひとりみたいだ。丁度良い。私が店主と話をして引きつけるから、2人は本を頼む」
「了解だ。チビすけ、やれるか……?」
「は、はい。頑張ります」
3人は役割を決めると、ゆっくりと店に入った。
「いらっしゃい」
「こんにちは。地図を探しているのですが、扱っていますかね……?」
「地図ね。あるにはあるが、一体どこのかね?」
「えぇと、確か、北の……」
ミラーシと店主が話している間に、残りの2人が動き出す。
「ガロンさん……!どれがいいんですかね?」
「そこそこ厚みがあって、装丁がしっかりしているやつにしろ。でも重過ぎるのは持ち運び辛いからほどほどにな……」
「わ、分かりました……!」
「お前は小柄でバレにくい。適当に数冊持ったら先に行け……!」
「はい……!」
スタフティは、数冊本を抱え込み、静かに店を出る。
少ししてガリーチェも続く。
「……で、この地図で良かったかな?」
「あぁ!そうです!思い出しました。やぁ、手間を掛けてしまって、申し訳ない」
「なに、構わんよ。銀貨1枚ね。……っと、他にもお客さんが来てなかったかね?君の連れでは……?」
「いや、知らないですね。もしかしたら、私が話し込んでいるのを見て、遠慮してしまったのかもしれません。長居は申し訳ないですね……。では、失礼」
「あぁ。ありがとうございました」
ミラーシが店を出ると、少し離れた場所でガリーチェとスタフティが待機していた。
「どうだ?本の方は……?」
「私とこいつで、何冊か盗めたぞ。それより、ミラーシは流石だな」
「これでも狐の亜人だからな。ああいう時の口は回る方なんだ」
「……で、本当に盗んじゃいましたけど、売るんですよね、これ……?」
「当たり前だろ。今更戻す訳にもいかないしな……」
「2人とも、怪しまれないうちに急ぐぞ。この辺りから少し離れて、王都近くの本屋で売ろう」
盗んだ本を売り捌いた3人がアパートに戻ると、シーラがぐったりと床に倒れていた。
「お、おい!シーラ!大丈夫か!?」
「あぁーガロンたち、お、お帰り。おいらはちょっと疲れちゃっただけだから、平気だよ」
「そうか。足は手に入ったのか……?」
ミラーシが訊ねると、シーラは勢い良く起き上がる。
「それがさ!凄いのが手に入ったんだよ!」
「凄いの……?」
「そうそう!きっとびっくりするよ!そう言えば、みんなの方は?上手くいった?」
シーラの問いに対し、ガリーチェは自慢気に袋をテーブルに置いた。
「
「う、うぉー!すげー!ゴミ拾いやら魔獣狩りが馬鹿らしくなるなー」
続けて、ミラーシがテーブルに地図を広げる。
「ついでに、これは本屋の店主から買ったものだが、セーヴィル地方の地図だ。何か役に立つかもしれないと思ってな……」
「おぉ!流石ミラーシ。抜け目ないなぁ」
そうして3人が盛り上がっているのを、スタフティは黙って見つめていた。
その様子に気がついたシーラが、ゆっくりと声を掛ける。
「スタフティちゃん……?何かあったのかぁ?」
「いいえ、何でも……」
「そう?なんだか元気ないみたいだけど……」
「わたし、初めて盗みを働いて……亜人たちのためだっていうのは分かってるんですけど、これで本当に良いのか、迷いがあって……。もっとちゃんとしないと駄目ですよね……?」
「うーん。そうだねぇ。でも、おいらたちだって、たくさん悩んで、考えて、ここまで来たんだ。スタフティちゃんぐらいの歳なら、ゆっくり考えてもいいんじゃないかな?」
「ゆっくり考える、ですか……?」
「そうそう。それに、今やってることは、この先絶対亜人たちのためになるって信じようよ」
そう言うと、シーラはスタフティの頭をガシガシと撫でた。
整った髪型が、少しボサボサになる。
「お、おい!シーラ、何してるんだ?」
「なんだガロン、嫉妬か?」
「違ぇよ。チビすけと何話してたんだ?」
「別になんでもー。ねぇ、スタフティちゃん?」
「は、はい」
「なんだよ……。つーか、頭ボサボサじゃねぇか」
言いながら、ガリーチェはスタフティの髪を撫でつける。
「わっ……ガロンさん。えへへ……」
「…………」
しかし、すぐにガシガシと手を動かし、グシャグシャにしてしまう。
「うわっ!何するんですかっ!?」
「なんとなく、腹が立ったからだ」
「何ですか、それ……」
「あはは。そうだみんな。おいらが手に入れたもの見に行こうよ!」
「そういや、足を見つけたとか言ってたな」
「ふっふっふ……」
シーラについて3人が歩いていると、やがて森に辿り着いた。
「ここは、お前と魔獣狩りをした辺りだな」
「そうそう!で、これが手に入れた魔獣馬車!」
シーラが示した場所には、大型の魔獣馬車が木に繋がれていた。
その力は凄まじく、今にも木を根こそぎ持っていきそうなほど暴れていた。
「待て待て!これ、魔獣馬が3頭もいるじゃねぇか!こんなの操れるのか?」
「ガロンの言う通りだ。というか、こんな目立つものをどこで……?」
「やーあちこち探し回ってたら、たまたまぽつんと。王都の紋章はないから、どっかの金持ちが手放したんじゃないかな?」
「手放すか、普通……?」
「でも、見て下さいよ。凄く狂暴そうですし、扱いきれずに放置されたのかも……。何か痩せ気味ですし、さっきから草食べてます……」
「成る程な。でも、こんなの動かせるのか?角も鋭いし……。下手したら死ぬぞ?」
「大丈夫だって!熊亜人の力を舐めてもらっちゃ困るね!それに、おいらは魔獣馬車操ったことあるから、平気平気!」
「うーむ、そうか。なら集めた金と、この馬車、私の地図でセーヴィル地方に行こう。あそこの辺りには魔鉱石の採掘所があるからな。武器も見つかるかもしれない」
「ミラーシ、本気か……?」
「仕方ないさ……」
「ガロンさん、大丈夫ですかね……?」
「さ、さぁ……」
各々が移動に不安を抱える中、ただひとり、シーラだけはやる気に満ち溢れていた……。
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