第3章 集結  第2節 爪牙軍

 翌日、ガリーチェが目を覚ますと、ミラーシがどこかに出掛ける準備をしていた。

「なんだ、ミラーシ?どこに行くんだ?」

「あぁ、ガロン。これから資金について相談するために、爪牙軍そうがぐんと連絡を取ろうと思ってな……」

「爪牙軍?」

「王都と闘うための、新しい組織のようなものだ」

「へぇー。けど、どうやって連絡取るんだよ?」

「喫茶店に行く。あそこなら、魔鉱通信機まこうつうしんきが有るからな」

「えぇ!?けど、人間も居るだろ。大丈夫なのか……?」

「不安だったら、ここで留守番しててもいいんだぞ。皆は行くがな」

そう言って目を細めるミラーシに、ガリーチェはむきになって立ち上がる。

「馬鹿にするなよ。私も行く」

「ならさっさとしろ。朝早い方が、人も少ないだろ」

「ま、待ってくれ。チビすけは一応、服が目立たないように布切れ被ってろ」

「は、はい。大丈夫です」

「私も念のためフードを被っておく」

「お前の赤毛は目立つからな」


 バタバタと準備し、4人は店へと足を踏み入れた。

客はほぼ居ないが、人間の店員を見て緊張が走る。

ミラーシがゆっくりと声を掛けた。

「すみません、魔鉱通信機をお借りしたいのですが……」

「なんだ?亜人か……。金はあるのか?30分銀貨3枚でなら貸してやるが」

「はぁ?高っ……」

文句を言いかけたガリーチェの口を、スタフティが慌てて塞ぐ。

「はい。それで構いません。ありがとうございます」

店員はため息を吐きながら銀貨を受け取ると、4人を通信機のある部屋に通した。

「全く、なんなんだあいつ。高圧的で腹の立つ奴だ」

「ガロン、我慢しろ。相手は一般市民だぞ」

「分かってるけど……」

「それより、通信機ってどうやって使うんだぁ?おいら初めて見たぞ」

「わたしもです。魔鉱石まこうせきに数字が彫られているようですが……」

魔鉱通信機は、0~9の数字が彫られた丸い石と、長く薄い石が置いてあるだけの物だった。

「私も初めて見るが、こいつは風の魔鉱石だな」

「流石、詳しいなガロン。使い方は簡単。この紙に書いてある番号の石に、順に手をかざし、細長い石を耳に近づけるだけだ」

ミラーシがそう言いながら手を動かすと、キィーンという音が3回鳴り、誰かに繋がった。

「お?おぉー!誰だ?えっと、そうだ合言葉は?赤い?」

「牙だ。私は、ミラーシという狐の亜人です。あなたが、爪牙軍のボスですか……?」

ミラーシがそう聞くと、通信機の相手は笑い出した。

「え?いやいやー!ボスは今近くに居ないよ。というかこれ、あたしの個人通信機の番号なんだよね。良いだろー!個人通信機。人間のを見よう見まねで自作したんだ!凄いでしょ!」

「えっと……あの……」

「あぁ、ごめん、ごめん。あたしは爪牙軍のドークタル。人狼だよー」

それを聞いて、ガリーチェが身を乗り出す。

「ちょっと待った!ミラーシ、代わってくれないか?」

「あ、あぁ。構わないが……」

「おい、お前ドークタルか?ドークタルで間違いないか?」

「おっ!その声、乱暴な物言い、もしかしてガロン!?懐かしいなぁー!」

「やっぱりドークタルか!学園以来だな。何してたんだよ」

「色々あってさ。今は爪牙軍でボスと一緒に活動してるよ」

「そうだったんだな。ひとまず、無事で何よりだよ……」

「あっははは!そっちも元気そうで何より。仲間もいるみたいだしねー」

2人で盛り上がっていると、スタフティがちょいちょいと袖を引っ張る。

小声で本題!と言っているようだ。

「おっと、いけない。それで、ちょっとそっちに頼みがあるんだが……」

「いや、先にあたしからお願いするよ。ガロンさ、爪牙軍に入らない?もちろん、そっちの仲間もみんな含めて」

「……どうしてだ?」

「む?そんな警戒しないでよ!ただ一致団結したくて組織をつくったはいいけど、人数が足りなくて困ってるんだよね。単純に」

「そう言われてもなぁ……急だし……」

ガリーチェは3人を見渡した。

スタフティとシーラは首を捻って考え込んでいるが、ミラーシは大きく頷いていた。

「まぁ、爪牙軍?に入るのは構わないけど」

「本当か!?やったー!ガロンが居ると心強いよー!」

「そりゃどうも……それで、こっちからのお願いなんだが、資金を少し分けてくれないか?金がなくて困ってるんだ」

「うーん。成る程ねぇ……。実はこっちもそんなに余裕があるって訳じゃないしな。それに……そうだ、ボスの考えを伝えようか?」

「ボスの考え……?」

「うん。ボスはね、そんな甘いこと許さないと思うんだ。ボス……というか、爪牙軍は、亜人の地位向上のためには、いつかは人間たちとぶつからなければならないという考えなんだ」

「人間たちとぶつかる……?その人間たちっていうのは、もちろん、王都や警備隊の奴らだよな……?」

「それはそうだよ。一般市民には手を出さないさ。でも、その前段階、資金の調達や、武器の入手は自分たちで積極的にやらなければならないって考えな訳だ」

「あぁ……」

ガリーチェの通信機を持つ手が汗ばむ。

「つまり、言いたいこと、分かるかな?簡単にまとめると、資金をポーンって渡すのは、こちらの余裕的にも、考え的にも無理ってことと、ガロンたちには、ってことかな?あはははー」

「……なんとなく分かったよ。それにしても、ドークタルは昔から良く口が回るな……」

「へへへ……。大博士って呼んでくれてもいいんだぜ?この通信機だってつくったんだし。あ、そう言えば、昔良く一緒に魔鉱石の研究したよねー!泥だらけになったりしてさ!あれから如何にして、通信機をつくれるまでになったか、今から話して聞かせようか?」

ドークタルの勢いに、ガリーチェはたじたじになる。

「いやぁ、それはまた別の機会にしておくよ。何か起きたら連絡する」

「お、そうかー!ま、ピンチの時は言ってくれ。こっちも動けるように準備しておくからさ」

「……ありがとう、助かるよ。それじゃあ……」

ガリーチェは通信機を切ると、深いため息を吐いた。

「お疲れさん。ドークタルというのは、知り合いか?」

「あぁ。学生時代のな。いい奴なんだけど、ちょっと変わり者で疲れるんだ……」

「なぁんか、妙にテンションの高い奴だったね。その上、つかみどころがないというか……」

「というか結局、資金的な協力は得られませんでしたね……。爪牙軍?というところは、大丈夫なんでしょうか……?」

「組織自体は、信用していい。ただ、完全に試されているな、私たちは……」

「試されてる、か……」

「ここじゃなんだから、アパートに戻ろう」


 ミラーシに促され、アパートに戻ったガリーチェたちは、どっと疲れていた。

「くそ、せっかく連絡取れたのに、ドークタルの奴、ケチだな……」

「仕方ないですよ。向こうも余裕ないみたいなこと、言ってたじゃないですか……」

「でも生活費ぐらい、ポーンとくれてもいいよねぇ。その辺本当どうなの?ミラーシ」

シーラが訊ねると、ミラーシは腕を組んで答えた。

「余裕がないのは、もちろん本当だろうが、一番は考え方によるところが大きいだろうな。爪牙軍は贅沢を許さないし、資金が必要なら、自分たちでなんとかしてみせろってことだろう。……少々、手荒な真似になったとしてもな」

「手荒な真似、ですか……」

思わずぎゅっと服をつかんできたスタフティの背中を、ガリーチェは優しく叩いた。

「そもそも、爪牙軍のボス?ってどんな奴なんだ?」

「ギニラールという、獅子の亜人だ」

「獅子?珍しいな……」

「あぁ。しかも、それだけじゃない。なんでも、ギニラールさんは、女とは思えない風貌と、強い力を持っているらしい……」

「ひぃ……強面ってことですか?」

「恐らくな……」

「でもさぁ、おいらたちだって、女らしいとは言えなくないかぁ?」

シーラは、テーブルの上の何かをつつきながら、気の抜けた声で喋る。

「確かにな。……というかお前、さっきから何してるんだ?」

「うん?見て分からないか?今日のご飯これだよ?風芋かざいも1個。つついてたら、増えたりしないかなーと思って……」

「そんな奇跡、起きるわけないだろ……」

「起きていると、エネルギーを消費するからな。さっさと食べて早めに休んだ方がいいぞ」

「うげぇ。ミラーシはストイックだなぁ。狐の亜人ってみんなこうなの?おいらは身体が大きいから、すぐお腹が減っちゃうよぉ。スタフティちゃんは平気?」

「はい。わたしはなんとか平気です」

「偉いなぁ……」


 その日の夜、4人が雑魚寝していると、ふいにスタフティがガリーチェに声を掛けた。

「ガロンさん、起きてます……?」

「うん?どうした?眠れないのか……?」

「爪牙軍のこと、なんだか不安で。大丈夫ですかね……?」

「なんだ、ビビってるのか?ボスのギニラールって奴に会ってみないことには、なんとも言えないが、私たちと考え方は一緒のはずだ。大丈夫だろ」

「だと、良いんですが……」

そう言うと、スタフティはガリーチェに、にじり寄った。

「ガロンさん、もう少しそっちに行ってもいいですか……?」

「なんでだよ……まぁ、別にいいけど」

「それと、前に亜人酒場でやってくれたやつ、お願い出来ますか……?」

「なんのことだよ……」

ガリーチェは記憶を辿り、尻尾のことかと納得する。

「しょうがないな……ほら」

パサっと、尻尾を乗せると、スタフティは満足そうに抱え込む。

「ありがとうございます。あったかいです……」

「そうか……ってうぉ……変な触り方するなよ……お前、私の尻尾で遊び過ぎだぞ……」

「へへへ……だって、羨ましくて。わたしにも狼の耳と尻尾があればいいのに……」

「……お前には、角と魔法が使える牙があるだろ」

「どちらも冷たいから、わたしは好きじゃないです……」

「そんなこと、言うなよ……さ、もう寝ろ」

スタフティの悲しそうな顔を見て、ガリーチェは、尻尾ぐらい好きにさせてやるかと思うのだった。

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