第2章 捜索  第2節 王都の外れで

 「ようやく、王都の外れまで来られた訳だが……流石に物騒だな」

 王都の外れは中心と違い、建物は古く寂れ、活気がない。

おまけに、いたるところにゴミが落ちており、それを時折人間や亜人が拾っている。

「暗くなってきましたし、早く見つけたいですね……仲間の居場所」

「あぁ。急ごう……」

2人は、まともに会話が出来そうな亜人を探したが、ゴミ拾いに夢中になっていたり、何やら怪しい取引をしていたりと、話になりそうもなかった。

「くそっ、治安が悪いとは聞いていたが、中心部とこうも違うとは……困ったな」

「はい……なんだか怖いです……」

「おい、大丈夫か……ん?」

ぎゅっと袖をつかんできたスタフティを心配するガリーチェだったが、何かの気配を感じ、耳をピンと立てた。

「ガロンさん?どうかしましたか?」

「人間がつけてきてる。1人……いや、2人だな……」

「えっ?ど、どうしますか?」

「落ち着け。警備隊じゃない。どうせ族か何かだろ。わざと路地に誘い出してやろう」

「は、はい!」

2人は相手との距離を確認しながら、ゆっくりと暗い路地へ向かっていった。


 「さて……おい、なんの真似か知らないが、そろそろ姿を現したらどうだ?」

「へっへっへ……流石は亜人。耳が良いねぇ」

「わざわざこんな所に来るなんざ、手間が省けるぜ」

姿を現したのは、いかにもガラの悪そうな人間だった。

1人は細身、もう1人はやや太り気味で、2人とも小型のナイフを構えている。

「やっぱり2人か。で、目的はなんだ……?」

「目的?はっ、そんなの決まってるだろ。お前らを捕まえて売り飛ばすんだよ!」

「本当は、亜人の雄の方が高く売れるんだがな。赤毛の人狼なら雌でも高く売れそうだ!おまけにチビっこいのもついてやがる」

そうやってニヤリと笑い掛けられ、スタフティはガリーチェの後ろに隠れた。

「あっそ。よく分かった。一般市民に手は出したくないが、族なら仕方ない。かかって来いよ……」

ガリーチェはそう言うと、背負っていた角材を構えた。

「はぁ?棒切れだぁ?ふざけんな!俺たち人間様を舐めるんじゃねぇぜ!」

「チビすけ!下がってろ!」

「は、はい!」

ガリーチェはスタフティを後ろに下がらせると、向かって来た細い男のナイフをかわし、腹に一撃食らわせた。

「ぐ、ぐへぇっ……」

人狼の力で振るわれた角材の強烈な一撃に、男は呻き声を上げ、バランスを崩した。

ガリーチェはそれを見逃さず、続けざまに右肘で男のナイフを振り落とした。

「く、くそがっ!」

もう1人も同じように突っ込んで来たが、ガリーチェはひらりとかわすと足を引っ掛け、倒してしまった。

「う、うおっ!」

更に、倒れた男の手に、角材の先を思い切り突き立てる。

「ぎゃー!い、痛ぇ……!手が折れるっ!」

「ガ、ガロンさん……やっぱり凄い」

「おい……2人とも良いこと教えてやる。私は偉そうに権力振りかざす人間が一番嫌いだが……お前らみたいな下衆な連中も次に嫌いなんだよ!大体亜人を売るだって?私たちをなんだと思ってやがるっ!」

「ひっ、わ、悪かったって……許してくれ」

「そうそう!俺たち金に困って仕方なく……」

「この野郎……!」

「ガ、ガロンさん!」

「……なんだよ?」

「怖そうな人がたくさん……!」

ガリーチェが辺りを見回すと、いつの間にかガラの悪い人間たちが集まってきていた。

「くそっ……挟み撃ちか……」

「へへっ……そう簡単にやられてたまるか。まだ仲間は居るんだぜぇ……。いくらお前が強い人狼でも、そのガキ庇いながら大勢相手にすんのは無理だろうが」

「ガロンさん!前にも後ろにも人間が!……わたしが魔法を使いましょうか?」

「いや、駄目だ。絶対駄目だ。それはなるべく、他人に見せるな。ここは私が……」

言いながら、ガリーチェは角材をスタフティに手渡し、右手に力を込めた。

血管が走り、そこから溶岩のような熱が流れ出した。

「ぐぅっ……グルル……」

「な、なんだこの人狼!炎みたいなのが出てるぞ!」

「び、びびるな!ただの脅しだ!やっちまえ!」

数人の人間が飛び掛かったその時だった。

「ウォー!」

耳をつんざく咆哮が辺り一面に響いた。

人間たちは堪らず屈み、スタフティも耳を塞ぐ。

「ガ、ガロンさん、何を……?」

「わ、悪い……その、角材を……渡してくれ……」

「はい!ど、どうぞ……」

ガリーチェは荒い呼吸を整えながら、左手に持った角材で人間たちを気絶させていった。

「ひぇっ……ば、化け物……!」

細身の男は地面に尻餅をついたまま、じりじりと後退る。

「うるせぇ!化け物はどっちだ!」

ガリーチェの右手は肥大化しており、鼻と顎は少し伸び、牙が剥き出しになっていた。

その姿を見て、スタフティは慌てて抱き止める。

「ガロンさん!ガロンさん!駄目です、変身しかかってます!この人を殺すつもりですか……?」

「殺す?私が……?」

ガリーチェは、スタフティと自分の右手を交互に見比べた。

「いや、馬鹿な……そんなつもりは……」

そのまま男に向けようとしていた右手を建物の壁につき、ずるずると下ろした。

壁はガリーチェの爪で少し崩れてしまったが、それと同時に右手の大きさも戻っていった。

「ガロンさん、良かった。正気に戻ったんですね……」

「あぁ……済まない。私は何を……」

ガリーチェはしばらく自分の手を見つめていたが、ふと我に帰り、角材を持ち直した。

「おい、お前……」

「ひっ!な、なんでございましょうか……?」

「亜人が隠れ住めそうな場所を知らないか?」

「い、いや。そんな場所、俺は知らねぇけど……そ、そうだ!あの酒場……古代羊こだいひつじのじいさんなら、なんか知ってるかもな」

「亜人酒場か……?どこにあるんだ?」

「ま、待ってくれ。分かり辛い場所にあるから、い、今地図を書く……」

男は震える手で大まかな地図を書き、ガリーチェに渡した。

「ほ、ほら……こっからそう遠くねぇよ。な、なぁ、それより俺たちのこと、見逃してくれるよな……?」

「あぁ……お互い何も見なかったことにしよう。その方が、良い……」

「助かるぜ……おい、お前ら行くぞ」

そうしてお互い起こし合うと、族たちは一目散に逃げていった。

「さ、あいつらはもう居なくなったし、情報も手に入った。酒場に行こ……う?」

「ガロンさん……」

スタフティはガリーチェの右手を両手で握った。

「ばかー!」

「うっ!な、なんだよいきなり……」

「何変身しかかってるんですか!警備隊の耳まで入ったらどうするつもりです!わたしには魔法使うなって言った癖に……。それに、服が破れたらどうするんですか!街の中で裸になられるとか嫌すぎます……!」

「だ、だから悪かったって……。つい、頭に来ちまって……。と、とにかく、古代羊って酒場に行くぞ」

「あぁ、もう……!」


 「ここか……?合ってるよな……?」

「た、多分……」

2人が地図に記された場所へ行くと、そこはかなり暗く、古めかしい小さな看板が出ているだけだった。

酒場は地下にあるようで、入り口が階段になっている。

「ここ、下りるんですか……?」

「あ、あぁ……行くぞ」

恐る恐る階段を下り、扉を開けると、そこには初老の亜人がいた。

客の姿はないようだ。

「いらっしゃい……うん?お嬢さんがた、何か訳ありかね……?」

2人を見るなりそう言った亜人は、白い髭を蓄えており、目元も長い毛で隠れていた。

「じいさん、犬の亜人か」

「まぁね。ここの店主さ。そういうお嬢さんがたは狼かね。珍しいもんだ。……して、ここには何用かね?酒を飲みに来たって訳じゃないだろう?」

「おじいさん、分かるんですか……?」

スタフティが不安げに訊ねると、店主は柔和な笑みを浮かべ、カウンターに腕をついた。

「ははは……。王都の外れの、それもこんな寂れた酒場に来る奴は、大抵訳ありさ」

「な、成る程、勉強になります」

「良かった。話が分かりそうで助かる。色々あって仲間とはぐれちまったんだが、この辺りで身を隠せそうな場所を知らないか?」

「……ふぅむ、そうさな。それなら、亜人アパート獣道けものみちかもしれんね」

「亜人アパート……?」

「うむ。あそこは得体の知れない亜人がゴロゴロいる上、外壁は蔦だらけのボロボロだからね。身を隠すには好都合だろう」

「確かに、そこなら居そうだな!助かるよ」

「いえいえ。……ところで、お嬢さんがた宿はどうするつもりかね?」

「あっ……しまった」

「もうそんな時間でしたね……」

すると店主は呆れたようにため息を吐いた。

「……どんな無茶なことをしているのか知らんがね、この辺りは物騒だから用心せんと。……今日は客も居ないし、隣の部屋を使って良いからそこで休みなさい。お代はいらんよ」

「あ、ありがとうございます……!」

「良かったですね、ガロンさん!」

 

 2人が借りた部屋は、手狭で薄暗いながらもベッドが2つあり、ただで使うのは申し訳ないぐらいだった。

「ガロンさんの家のベッドよりふかふかです……」

「お前なぁ……」

「それにしても、すっごく疲れました……」

「歩きっぱなしだったからなぁ……」

「……ねぇ、ガロンさん」

そう言うと、スタフティは身体を起こした。

「そっちに行っても良いですか……?」

「は、はぁ?なんでだよ……」

「あっ、いや……今更なんですけど、今日人間に囲まれたことが怖くなっちゃって……」

「……なんだよ、あんなのにびびったのか。まぁ、好きにしろよ……」

「わーい!」

スタフティは勢い良くベッドに飛び乗ると、後ろからガリーチェに抱きついた。

「おい!くっついて良いとは言ってないぞ!」

「くっついちゃ駄目とは聞いてません!」

「この……第一、お前……」

ガリーチェはそこで、言葉を区切った。

「第一、 なんですか……?」

「い、いや……」

「……ガロンさん」

「なんだよ……」

スタフティはガリーチェに抱きついたまま続ける。

「わたし、人間は怖いけど、狂暴になってもガロンさんのことは怖くないですから……」

「…………」

「って、もう寝ちゃいました?……へっくしょん。ちょっと、寒いですね……お休みなさい」

ガリーチェは、スタフティが眠ったのを確認すると、うっすらと目を開けた。

「そんなの……気を遣うなんて、生意気だ……」

ガリーチェはひとりそう呟きながらも、寒そうにするスタフティの身体に、そっと自分の尻尾を巻きつけるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る