第2章 捜索  第1節 傷痕~ヴィネーラ~

 「わぁ……相変わらず、人間が多いですね。しかも、物々しいというか……」

 死の川を越え、無事に王都に辿り着いた2人は、街中をゆっくりと歩いていた。

 王都の建物は、強烈な曲線から成るものや、ブロックを交互に組み合わせたような幾何学的なものまで、実に多種多様だ。

しかし、一部は襲撃事件の際に壊れており、人々は修繕に躍起になっている。

警備隊も警戒を強めており、肩身が狭いのか、亜人の姿はほとんどない。

「ちっ……失敗した襲撃のせいだな。本当に人間だらけだ……」

「そう言えば、何故王都を襲撃したんですか?」

スタフティの疑問に、ガリーチェは声を潜めて答える。

「まず、相手の規模……王都の力を知るための訓練的な意味合いがあった。それと、あわよくば人間の武器……魔鉱弓まこうゆみ魔鉱銃まこうじゅうを奪う計画だった。結果的に、全て上手くいかなかった訳だが……」

「どうしてです?」

「……平たく言うと、道に迷った。いきなり王都に踏み込んだ私たちは、王都の広さと道の複雑さに戸惑い、あっという間に制圧されちまったんだ……」

「え……馬鹿ですか。無計画過ぎる気が」

ガリーチェは反論できずに、耳を垂れた。

「う……そこは私も反省してるんだよ」

「ははは。それにしても、亜人、見つかりませんね。どうやって探すんですか?まさか、人間に聞き込みする訳にもいかないでしょうし……」

「うーん。確かに困ったな。亜人専用の酒場に行くか……。でも、警備隊が張ってる可能性もあるしなぁ……」

途方に暮れていた2人だったが、スタフティが何かに気づき足を止める。

スタフティの視線の先には、白いワンピースに白い帽子で、金色の髪をなびかせた女性が買い物をしていた。

「新鮮な野菜をいくつか頂けますか?」

「おっ、どうぞ!お嬢さん、綺麗だからおまけしちゃおう!」

「あら?ありがとう……」

「ガリーチェさん、あの綺麗な人、見て下さい」

スタフティはガリーチェの服をちょいちょいと引っ張った。

「綺麗な人?そんなん見てどうするんだよ」

「あぁ、そうじゃなくて。あの人、スカートの下から金色の尻尾が見えてます。多分亜人じゃないですかね?声、掛けますか……?」

「お、本当か?なら少し様子見て……げっ」

ガリーチェは一瞬固まり、すぐに回れ右してしまった。

「いやぁ、ありゃ駄目だ」

「えっ、なんでですか?念願の亜人なのに?」

「良いから行こう!すぐ行こう。あぁいうのは、ほら……なんと言うか、駄目なんだよ」

そう言って、スタフティを連れて行こうとしたガリーチェだったが、不意に肩をつかまれた。

「誰が、駄目なのかしら……?」

「ひっ……いや、なんでもないよ。ヴィネーラ……」

狼狽えるガリーチェを見て、スタフティは混乱した。

「え?ガリーチェさん、この人と知り合いなんですか?」

「いや、ま、まぁ……」

「何がまぁよ。それにこの子は誰?ちょっとこっちに来て、リーチェ!」

ガリーチェは、ヴィネーラという亜人に言われるがまま、路地裏の方に連れ出されてしまった。

「あ!待って下さーい!」

慌ててスタフティもついて行く。

 

 「いやぁ、久し振り。ヴィネーラ……」

「久し振り、じゃないわよ。貴女また無茶なことしてるんでしょう?どういうことか説明して!」

「ちょーっと、はぐれた仲間を探しているというか、なんというか……」

「あのぉ……おふたりはどういう……」

オロオロしながらスタフティが訊ねると、ヴィネーラは被っていた帽子を優雅な仕草で脱いだ。

「あぁ、ごめんなさい。私はヴィネーラ。人狼よ。リーチェとは同級生だったの」

「そうなんですね!金色の人狼……凄く綺麗です!」

はしゃぐスタフティを見て、ガリーチェは渇いた笑い声を上げた。

「ははは!そんな凄くないぞ。こいつは帽子で耳を隠して、人間に溶け込もうとしてる、ただの変な女狐だからな」

「なんですって!私はただ平穏に暮らしたいだけ。それに、狐じゃなくて狼よ」

そう言ってヴィネーラはガリーチェを小突いた。

「痛てて。悪かったって……」

「ところで貴女、この前の襲撃に参加してたでしょう?」

「あぁ、まぁ……」

「どうして、そんな無茶を……!」

スタフティは2人の様子を見て、慌てて割って入った。

「あの、でもそのお陰でわたしは助かったんです。偶然、ではありますけど……」

「……で、この子は誰?」

「スタフティって名前の亜人だ。種族は分からんが、訳あって拾った」

「ひ、拾われました」

「はぁ……信じられない!王都を襲撃したと思ったら、今度は子どもまで巻き込んでるなんて……」

「子ども……」

スタフティは子どもと言われて、少し俯いた。

「大体、ちょっと前に私が5万ゴールドで釈放してあげたのを忘れたの?もしまた何かあったら……」

そう言って悲しげに耳を垂れるヴィネーラの肩に、ガリーチェはそっと触れた。

「ヴィネーラ、済まない。けど私は、私たちは止まる訳にはいかないんだ。亜人の未来のため、この世を変えないと……」

「本当に貴女は、自分勝手で強情……」

そう言うと、ヴィネーラはガリーチェの服をゆっくりと捲った。

「うっ……」

ガリーチェの左脇腹には、深く引っ掻いたような斜め十字の傷痕があった。

ヴィネーラは手袋を外すと、爪を出し、その傷痕をなぞるように軽く引っ掻く。

「いっ、痛っ……」

「昔私がつけたこの傷は、貴女に無茶をして欲しくないという、証みたいなものなの。人狼同士でつけた傷は、簡単には消えないから。そのことを忘れないで、リーチェ……」

ヴィネーラは尚も傷をなぞり続けた。

やがて、ガリーチェの脇腹から薄く血が流れ出す。

「ぐっ……あのさ……ヴィネーラ……」

「何?……舐めて欲しい?」

「は?ば、馬鹿言うんじゃねぇ!」

その様子に我慢ならなくなったスタフティは、2人の間に無理矢理入った。

「ガリーチェさんを傷つけないで下さい!」

「あら……」

「ガリーチェさんは、わたしが尊敬する、大切な人狼なんです!」

「ごめんなさいね。でも、リーチェは私の友人でもあるのよ、おチビさん」

「チビじゃありません!スタフティですっ!」

ガリーチェは脇腹の血を拭うと、睨み合う2人を宥めた。

「おい、頼むからその辺にしてくれ。それより、早く仲間を探さないと。ヴィネーラ、何か知っていることはないか……?」

「……ある」

「本当か!頼む、教えてくれ」

ヴィネーラは少し考え込んだ。

「どうせ貴女は止まる気はないんでしょうし。分かったわ……。正確な場所までは知らないけど、貴女の仲間は恐らく王都の外れにいるわ」

「王都の外れっていうと、古いアパートがたくさんある場所か。でも、あそこは治安悪いだろ。警備隊がうろついてるんじゃないか?そんな所に居るとは思えないが……」

「その逆よ。治安が悪くて、いつも何かしら事件が起きてるから、半ば放置されている状態なの。それに今は王都の中心を見回るので、手一杯のはずだわ」

「成る程な……ありがとう、助かったよ、ヴィネーラ」

「どういたしまして」

ヴィネーラは手袋をつけ、帽子を被り直した。

「それじゃあ、私はそろそろ行くわね」

「ヴィネーラは、一緒に来る気はないんだよな……?また、人間に溶け込む生活に戻るのか……?」

ヴィネーラは一瞬悲しそうな顔をしたが、すぐに微笑んだ。

「えぇ。私は本当に、静かに暮らせればそれで良いから。だから、貴女のことも、もう手伝わないわよ?」

「あぁ、分かったよ……」

「くれぐれも、無茶だけはしないように、ね……」

それだけ言い残すと、ヴィネーラは軽やかに去っていった。


 「さて、情報は得られたし、暗くなる前に探しに行くかって……どうしたんだよ?」

スタフティは、何故かムスっとした顔で、石のように固まっていた。

「おい、なんだよ、黙って……」

「ずるいです……」

「何がだよ」

「さっきの綺麗な人……ヴィネーラさんは、ガリーチェさんのこと、リーチェって呼んでました」

「あ、あぁ。私はあまり好きじゃないけどな。あの呼び方は……」

「うぅ……他の人もそうやって呼んでるんですかっ!?ずるいです。わたしもあだ名で呼びたいですっ!!」

「お、落ち着けって……。リーチェって呼んでるのは、あいつだけだよ」

「ふぅん。そうですか……」

スタフティは何か悩んだように、その場でぐるぐると歩き出した。

「……じゃあ、リーチェはいいです。他には?何かあだ名はないんですか?」

「そうだな……親しい奴からはガロンって呼ばれてるよ」

「え?なんだかあまり名前とかすってないですね」

「本当だよな。確か、誰かに言われたんだよ。お前はガリーチェって響きは何か可愛すぎて似合わんって。ガロンの方が合ってるぞってな」

「ふふふっ、なんですか、それ。でも良いですね。ガロンさん……。人狼って感じがしますもん。わたしもそうやって呼んで良いですか?」

「ん?あぁ、好きにして良いぞ」

「やったー!あ、わたしのこともちゃんと名前で、スタフティって呼んで下さいね?なんだか、一度も呼ばれていないような気がするので」

すると、ガリーチェは悪戯っぽく笑った。

「分かったよ。

「あっ酷い!スタフティです!」

そう言ってポカポカと叩こうとするスタフティから逃げるように、ガリーチェは駆け出す。

「ほら、良いから早く王都の外れに行くぞ!」

「待って下さーい!」

果たして、2人は無事に仲間を見つけることが出来るだろうか……。

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