第1章 邂逅 第3節 散り散り仲間と会うために?
「おはようございます!」
「ふぁー……おはよう」
ガリーチェは、眠たげな目を擦りながら、ボサボサの赤毛を掻く。
目の前のベッドには、小さなおさげをしっかり結び、狼フードを被ったスタフティが座っている。
準備万端といった様子で、瞳を輝かせていた。
「まずは、何をするんですかっ!?」
「まぁ、待て。最初は、はぐれた仲間を探さないと……」
身体を起こすと、ガリーチェの腹の虫が大きく鳴いた。
「その前に、朝ごはんだな……」
「いつも何食べてるんですか?やっぱり、魔獣の肉?」
「見ての通り、ここは死の森だからな。魔獣は居ないんだ。だから、外で買ったり、別の森で捕まえたりしてる。だが、最近は……そうだな、ついて来い」
ガリーチェはそう言って、スタフティを外に出るよう促すと、家の裏手に回った。
「なんですか、これ?石が並んでる。それに、ここだけ他と土の色が違う。何か、生きている感じというか……」
「鋭いな。これは私がつくったミニ畑みたいなものだ。土の
「おぉ!」
ガリーチェが土の中から引っ張り上げたのは、楕円形をした緑色の植物だった。
「
「凄い!魔鉱石のことは、本当に詳しいんですね!」
「まぁ、これぐらいは……」
「それで、どうやって食べるんですか?」
「スープにしよう」
「良いですね!あっ、でも水はどうやって?確か、森は死の川に囲まれてますし……」
「雨水だよ。ほら、そこに貯めてある……」
そう言ってガリーチェが指差した樽の中を見て、スタフティは絶句した。
そこに入っていたのは茶色く濁った泥水だったからだ。
「……ないない!無理です!」
「いや、ろ過して沸騰させれば平気だって!良いから、中で待ってろ」
「えぇー怖すぎます……」
しばらくした後、ガリーチェはスープを持って戻ってきた。
そのまま、やや乱暴にスタフティに差し出す。
「見た目は、食べられそうですけど……泥水……」
「お前なかなか潔癖だな。良いから食えよ」
「い、頂きます……」
恐る恐る口にしたスタフティだったが……。
「あ!美味しいです!美味しい……泥水、ですね……」
「スープだよ、失礼だな!……真面目な話、どんな場所でも生きられて、なんでも食べられるようにならないとキツいぞ」
「た、食べられますよ、このくらい!」
「そうか、頑張れ。ぶははっ!」
「もう、笑わないで下さいよ!……それで、はぐれた仲間とはどうやって会うんですか?」
ガリーチェは濁ったスープを食べる手を止めると、顎に手を当てて考えた。
「そうだな……。王都で探すしかないだろうな」
「えっ、大丈夫なんですか?警備隊に見つかったら、捕まるんじゃ……」
「いや、大丈夫だ。奴ら、私の狼の姿は知ってるが、こっちの姿は知らないからな。極力目立たないよう、かつ自然に振る舞っていれば問題ないだろ。お前の方こそ平気なのか?王都学園の人間が探してるかもしれないぞ」
「あっ……そうでした」
ガリーチェはスタフティの狼フードを捲った。
「なら、この服は変えろ。目立ちすぎる」
するとスタフティは、慌ててフードを被り直した。
「これは駄目です!お気に入りですもん!」
「なっ……見つかったらどうすんだ!」
「こればっかりは……」
そう言って身を固くして動かなくなってしまったスタフティを見て、ガリーチェは頭を抱えた。仕方なく家の隅にある籠を漁り、適当な布切れを取り出して投げた。
「しょうがないから、せめてその布切れでも羽織ってろ。少なくとも、手の部分はそれで隠れるだろ」
「うーん。分かりました……」
「よし、それじゃあ早速行くか」
「え?ま、待って下さい!」
「なんだよ、まだ何かあるのか?」
「仲間を探して、会いに行くんですよね……?」
「あ、あぁ」
扉に手をかけたガリーチェは、何か問題でもあるのかと、片耳をピンと立てた。
「あの……その、そのまま行くんですか?」
「なんだよ、さっきから」
「く、臭いです、ガリーチェさん……」
「え、う、嘘……」
ガリーチェは、慌てて身体中の臭いを嗅いだ。
「自分じゃ分からないな……。因みに、何臭いんだ……?」
スタフティは一瞬迷ったが、ゆっくりと息を吸って喋った。
「まず、泥とか土。それから凄く焦げ臭い。あとは獣というか、血生臭いというか……」
「あ、ある程度は仕方ないだろ。人狼なんだし……。早く行こう」
そそくさと出て行こうとするガリーチェの尻尾を、スタフティは両手で掴んだ。
「痛てて!何すんだ!」
「ちゃんと水浴びしてから行きましょう!これから人に会うんですし」
「あのなー。どうせ汚れるんだし、別に良いだろ!」
「よくありません!不潔です。ガリーチェさん、水浴びはどこで?というか普段、ちゃんと洗ってます!?」
「なっ!失礼だな!洗ってるよ!」
「じゃあちょっと見せて下さいよ!」
「こ、こっちだ」
ガリーチェはスタフティの腕を掴むと、少しムキになって、ずんずん歩いた。
外に出ると、ボロボロの大きな缶のようなものがあった。
中に水は無く、葉や枝が入っている。
「まさか、いつもこれで……?」
「お、おぅ……」
「それで水は……?」
「あ、あれだよ」
ガリーチェが控えめに指差した方には、スープをつくるのに使った、雨水の樽があった。
「あれって、さっきの泥水じゃないですか!うわー汚い……」
「ちょっと、離れることないだろ!」
「だって、あまりにも不衛生過ぎて……。あっ、そうだ!ちょっと、わたしの魔法で水を綺麗に出来るかも!」
スタフティは、ギリギリと歯軋りすると、雨水に向かって息を吹き掛けた。
すると、濁った水はたちまち透き通っていった。
「す、すげぇ。便利だな……」
「上手くいきました!あ、こんなことなら、さっきのスープの時点で綺麗にすれば……。まぁ、過ぎたことは仕方ないですね。それより、早く服脱いで下さい」
「え、えぇ……」
「えぇじゃないです!ほらっ!」
「わ、分かったって……!」
ガリーチェは仕方なく服を脱ぎ捨てた。
「服を缶の方に入れて洗っちゃいましょう。ガリーチェさんは、そこの岩にでも座ってて下さい」
「は?なんっ……ぶっ!」
スタフティは、ガリーチェの身体に勢い良く水をかけた。
「何すんだ!」
「まずは汚れを落とさないと……」
そう言いながら近づくスタフティの手には、長い柄のついたブラシが握られていた。
「待て。それは掃除用の……」
「だって、
「やめ……」
「洗いますね?」
そう言って、スタフティは掃除用のブラシで、ガリーチェの背中を擦った。
「い、いってぇー!ストップ、ストップ!」
「えぇー」
「それ使うのは流石になし!」
「仕方ないですね。じゃあ素手で」
「お、おぅ……」
スタフティはガリーチェの背中に水をかけ、手で触れると、驚いて指を引っ込めた。
「どうした?」
「いえ、凄い傷だらけで……」
「そうか?傷の治りは早い方だが、細かいのは残ってるかもな」
「そうなんですね。済みません、雑にしてしまって……」
「気にしなくていい……」
「……あ、あと、首から胸にかけてだけじゃなく、背中にも毛が生えてるんですね」
そう言ってスタフティは、背骨に沿うように生えている細長い毛を撫でた。
「うっ……気持ち悪い触り方するなよ!」
「ごめんなさい。何か面白くてつい……あれ?」
何かに気づいたらしいスタフティは、手を止めている。
「どうかしたのか……?」
「ふふふっ、水浴び、楽しいですか?」
「え?……うわっ!」
ガリーチェは、いつの間にかブンブン揺れていた尻尾を慌てて手で押さえた。
「楽しくねぇよ。これは、水滴を払おうとして動いただけだ……」
「ふぅん。じゃ、尻尾も綺麗にしちゃいましょう」
「尻尾なんか洗ってどうすんだよ……」
「せっかくですし、ちゃんと毛並みを整えないと」
スタフティはボサボサの尻尾を、指で丁寧にとかしていった。そうして続けていると、ガリーチェの両耳が徐々に垂れていく。
「気持ちいいですか?耳、下がってますけど……」
「はっ!いや、少し眠くなっただけだ。さ、そ、そろそろいいだろ。終わりで。洗った服、乾かさないとだしな。あ、あと、お前も浴びておけ!じゃ!」
早口でそう言うと、ガリーチェは急いで濡れた服を持ち、家の中に飛び込む。それを見たスタフティは、カラカラと笑うのだった。
暖炉の前に服を放ったガリーチェは、ゆっくりと呼吸を整えた。どうして、心地よいと感じてしまったのか、頭の中が混乱していた。
気持ち悪い、気分が悪い……。
誰かに触れられるのは、苦手だったはずだと、ガリーチェは濡れた自分の尻尾を抱えた。
けれど当然、尻尾は何も語らず、ガリーチェはもやもやした気持ちのまま、暖炉の前にうずくまるのだった――
数時間後、ピカピカになった2人は、出発の準備を整えた。
ガリーチェはいつも通り、黄土色のラフな作業着、スタフティは身体の部分だけ、大きめの布切れを被っている。
「よし、少し遅くなったが、出発だ」
「はい!楽しみですね……!」
「遊びに行くんじゃないんだからな。気を引きしめろよ?」
「はーい」
2人は寂しい死の森を歩いた。
生き物の影はなく、時折吹く風は冷たい。
「あっ……」
しばらく行くと、ある問題にぶつかった。
「まずいな。死の川、どうやって渡るか考えてなかった。強引に泳げなくもないが……」
「馬鹿ですか……怪我しますし、せっかくの水浴びが台無しです」
「そ、そうだな……」
「うーん、仕方ないですね」
そう言うと、スタフティは川に背を向け、ガリーチェを後ろから抱き締めた。
「な、なんか嫌な予感が……」
「はぁ……ふぅーっ!」
「うぎゃあぁぁ!」
勢い良く風の魔法を使ったスタフティは、ガリーチェごと浮き上がり、後ろ向きのまま対岸に着陸した。
「はぁ、はぁ……すげぇ、けど、事前に言ってくれ……死ぬかと……」
「あぁ、済みません。上手くいくか、分からなくて」
「尚更言ってくれ……」
「ま、良いじゃないですか。それじゃあ、王都に向かって出発!」
「ま、待て。脚が……」
ガリーチェは、この亜人と行動することに不安を覚えながらも、王都を目指すのだった。
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