第1章 邂逅 第2節 水流王国という国
「うーん。どれにしようかなぁ。ガリーチェさんって、意外と本読むんですね」
「意外は余計だ。どっかの王都学園出身のエリートさん程じゃないにしても、私だってそれなりに学んできたんだ」
「へぇー!少し見直しました。ただの乱暴者ではないんですね。因みに、出身はどこなんですか……?」
「セーヴィル地方だよ。そこの、まあまあ大きな学園で、独学で色々勉強してた」
「セーヴィル地方というと、北の方ですよね。それと、何故学園に居るのに独学で勉強してたんですか?一体何を……?」
スタフティの怒濤の質問攻めに、ガリーチェは面倒になり、耳を垂れた。
「あぁっ!私のことは別にどうだって良いだろ?それより、その辺の本適当に読んでさっさと寝ろ。お前と話してると疲れてくるんだよ……」
「はーい。分かりましたよ。それじゃあ……」
スタフティは、数冊ある中で一番目新しい本を手に取った。
「この本は読んだこと無さそうなので、これにしますね。えっと……」
【
現在、我々が暮らしている水流王国は、かつて、6つの目を持つ灰の竜が創ったという伝説が残っている。
灰の竜はまず、魔獣を生み出し、その後国を発展させるため、人間と亜人を創ったと言われている。
数は人間が最も多く、全種族の内6割~7割程を占めていたが、魔獣は人間を襲い、亜人も時に攻撃的になることがあったため、人間にとっては厳しい環境であった。
それに加え、灰の竜は定期的に災害を起こし、各種族のバランスが崩れないよう調整を行っていた。
これに我慢ならなくなった人間のひとり、後の英雄"エルピス"は、多くの騎士を従え、灰の竜に闘いを挑み、相討ちとなる。
その際、竜の血肉が灰の川を、骨が灰の森を創ったとされているが、現存している資料が少なく、定かではない。
灰の竜の死によって勢いを増した人間は、魔獣の一部を家畜化し、亜人の大量虐殺を行った。
現在、亜人の雄が極端に少ないのは、このような人間の管理によるためである。
そうして、人間がこの国を支配するようになり、国名を
「はぁ……」
少し読んだところで、スタフティはため息を吐き、顔を上げた。
「これって、人間が書いた本ですよね……?」
「そうだけど、それがどうした?」
ガリーチェは簡素なベッドに横たわり、面倒臭そうに返事をした。
「いや、どうしたって……こんなあからさまに、人間様による人間様のための本って感じの文を読んでて、嫌にならないんですか?例えば、亜人の"雄"だの、"管理"だのって言葉とか。まるで、魔獣並みの扱いじゃないですか……」
「成る程な。確かに一理あるけど、敵……人間側の見方を知るのも、大事なことなんだよ」
「えっと……今、敵って言いました?」
「……聞かなかったことにしておけ」
「うーん。王都襲撃の件と言い、今の発言と言い、ガリーチェさんは、人間と敵対していますよね?何をする気なんですか……?」
ガリーチェは横たわったまま、本を片手にこちらを見るスタフティを、じっと見つめた。
「別に人間そのものと敵対している訳じゃない。私たちは人間をどうこうしようなんて、思っていない。王都を襲撃したのは、目的があったからだよ」
「私たち……?他にも何人か仲間がいるんですかっ!?みんな人狼?」
ガリーチェは、しまったと思いながら、近づいてきたスタフティを手で制した。
「駄目だ。なんかお前と話してると、余計なことを色々と言っちまう……。とにかく、お前には関係ないことなんだから、これ以上深入りするな……」
「えー……」
「えーじゃねぇよ、全く。お前は子どもか?」
「少なくとも、ガリーチェさんより8歳若いです」
「なんかムカつく言い方だな。……それよりほら、続き読んだらどうだ?
「もう!分かりましたよ……」
そう言うと、スタフティは渋々椅子に座って読書を再開した。
【
魔鉱石がいつから存在したものなのかは、はっきりとは分からないが、灰の竜が創ったと言われている。
魔鉱石には、火、風、水、土の4種類が有り、調理には火、洗濯には水といった具合に、今では我々の生活に無くてはならないものとなっている。
そして、近年では生活だけではなく、戦闘的な利用としての開発も進められている。
これは、我々人間の安全をより強固なものとするためである。
例えば、魔獣に襲われた際、魔鉱石の矢が使えれば身を守ることが出来る。
加えて、警備隊は魔鉱石の扱いに長けているため、魔獣は勿論、狂暴化した亜人にも対処することが可能である。
こうした経緯があるため、亜人には魔鉱石の扱い――いわゆる魔法技術は教えず、単純作業や力が必要とされる職に就くための教育を行っているが、最近では亜人たちから不満の声が上がり、各学園で暴動が起きるなど、問題となっている――
「こんなの、問題になるに決まってるじゃないですか……。だって、亜人は自由に学ばせて貰えない……」
そう言って、スタフティは自分の口の端を引っ張って、歯を剥き出した。
「わたしの身体の一部……この歯には、魔鉱石と同じ成分が含まれているけど、わたしがもし、人間だったなら、もっと丁寧に扱われて、魔法も、勉強出来たかな……」
「……お前は、勉強が好きなのか?」
「わたしは……自分のことが良く分からないから、知らないことはたくさん知りたいんです。もっと、選択肢が欲しかった……」
落ち込むスタフティの様子を見たガリーチェは、ベッドから起き上がると小さな石を取り出した。
「これは……?」
「小さいけど、火の魔鉱石だよ。これが、生活を支えることもあれば、武器になって命を奪うこともある」
「どうして、こんなものを持ってるんですか?」
「昔、独学で色々やってたって言ったろ?その内のひとつが、魔鉱石について調べることだった。好きなんだよ、これが。光に当たるとキラキラ光って綺麗だしな」
「へ?ふふふっ……」
「な、なんだよ。なに笑ってんだ」
「いや、魔鉱石を綺麗だなんて思う感性が、ガリーチェさんにもあるんだなーって思って」
「い、良いだろ別に。……ちょっと手を出せ」
やや強引に、ガリーチェはスタフティの手に魔鉱石を握らせた。
「えっと、なんですか?」
「お前のその、魔鉱石と同じ成分を持つ歯……牙は何に使いたい?」
スタフティは手渡された魔鉱石を握りながら、首をかしげた。
「ちょっと、繋がりが……意味が分かりません。急になんですか……?」
「悪い……。ちょっと変な、嫌な言い方になっちまったかもしれない。簡単に言うと、お前は今、一番何がしたいんだ?」
「やっぱり、わたしは人狼になりたいです。だから、ガリーチェさんについて行きたい!それで、今まで学べなかったもの、見れなかったことをたくさん知りたいです。そのために、わたしの魔法が必要なら、力になります!」
ガリーチェは少し考えた。
こんな若い亜人を、巻き込んで良いものかと。
だが、魔法が使えるというのは魅力的だった。
いや、それ以上に何か心を動かされるものがあった。
「人狼になりたい、正体不明の、魔法が使える亜人か……。お前に本当に覚悟があるのなら、私と一緒に来るか……?」
「えっ、良いんですかっ!?ありがとうございます!もちろん、ついて行きますっ!」
「おっと、よ、よろしく……」
勢い良く飛びついてきたスタフティに少しよろめきながら、ガリーチェは訊ねた。
「ところで気になってたんだが、お前の服、この手の先についている爪みたいなのって……」
「あぁ、これですか?本物の刃物ですよ!狼みたいで、良いでしょう?」
ガリーチェは嬉しそうにはしゃぐスタフティを見て、ため息を吐く。
「本物の刃物って……刺さったらどうすんだ!危ないだろっ!」
「えぇっ!?確かにちょっと危ないかもしれないけど。何も怒らなくたって、良いじゃないですかっ!それに、ガリーチェさんの爪だって鋭いですよ」
スタフティはそう言って、ガリーチェの指に触れた。
真っ赤な被毛に覆われた手指の先には、固く鋭い爪が生えている。
「触るんじゃない……」
「どうしてですか?人狼はこれで闘うんでしょう?」
「そっ……!」
そんな野蛮な闘い方はしないと言い掛けて、ガリーチェはぐっと言葉を飲み込んだ。
「魔獣相手なら使うこともあるが……そうでない時は、これを使うんだ」
「なんですか、これ?木の棒?角材……?」
「まぁ、そんなところだ。力を加減するためにな。どうだ、幻滅したか?人狼なんて、良いものじゃないぞ」
「いえ!益々興味が湧きました」
「はぁ、本当物好きだな、お前は」
「それより、わたしも気になっていたことが」
「なんだ?」
「ついて行くって言いましたけど、これから何をするんですか……?」
「あ……」
肝心なことを説明し忘れていたことに、ガリーチェは慌てふためいた。
「い、いけねぇ。すっかり忘れてた!良いか、私は……私たちはこれから人間と闘う」
「に、人間全てを敵に回すんですか?」
「いいや。狙うのは警備隊や一部の権力者だけだ。一般市民とは闘わない」
「目的は、なんです……?」
「亜人に自由を。人間と同等の権利を手に入れる」
スタフティは、炎のようなガリーチェの瞳をじっと見つめた。
「そう、ですか……」
「捕まるかもしれないし、もっと下手をすりゃ最悪死ぬ。……出来るか?」
「……やります。一緒に闘います。わたしも、亜人の自由が欲しい……」
その言葉を聞いて、ガリーチェは、ほっと胸を撫で下ろした。
「よく言った。さぁ、ベッドは使って良いから、もう寝ろ。これからのことは明日決めよう……」
そう言って床に寝転んだガリーチェに、スタフティは力強く宣言した。
「わたし、立派な人狼になってみせます!たくさん学んで、闘って……。ガリーチェさんを越えるぐらい、立派な人狼に……」
「……面白い、やってみろよ」
ガリーチェは、存分に役立ってくれよと思いながら、薄く笑うと、眠りにつくのだった。
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