第164話【美陽さんの恋】

美陽さんの大声に驚いて定員が慌ててきたが、俺と沙耶が「大丈夫です。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」と謝って終わった。

ちゃっかり母さんはその慌ててきた定員に注文を取ってもらっていた。

お前が原因なんだから少しは悪びれろよ。

因みに美陽さんは大声を出した体制のまま固まっていたのを沙耶が頑張って正気に戻した。


「あ、そうそう。

まだ先の話だけど大学生になったら快人と沙耶ちゃん二人暮ししなさいな」


「はぁ〜!

何言ってんのお母さん!

ダメに決まってるでしょ!

お兄ちゃんはずっと私と暮らすの!」


母さんの言葉に一番最初に反応したのは俺でもさやでもなく、全く関係の無いはずのカエデだった。


「あんたもそろそろブラコン治しなさい」


「ブラコン?

ふっ、褒め言葉だ。

私はキメ顔でそう言った」


カエデ本当に自信に満ち溢れたキメ顔で俺達に言う。

真顔でそのセリフを言ってたら色々アウトだから張り倒したけど本当にキメ顔で言われると何とも言えない気分になってしまう。


「うんうん。

兄妹が仲がいいのはいい事だ」


「はいはい、もう好きにしなさ〜い」


カエデの宣言に父さんは腕を組んでウンウンと頷いて、母さんはわかってましたよと言わんばかりに適当に流す。


「だけど、今回の件に関してはそのブラコンは引っ込めなさい」


「ぶぅーぶぅー!」


「で、あなた達はどうなの?」


「俺は別にいいけど」


「あの、私はちょっと...。

お母さんを一人にさせるのは心配なので」


家には母さんの他にもカエデがいるし、いざとなれば父さんも帰って来れるので一人になる事はないが松本家はそうでは無い。


「全く沙耶ったら。

私の事は気にしなくていいの。

そんな事言ってたら結婚出来ないわよ」


美陽さんは呆れ顔で沙耶に言うが、可愛い娘の優しさが嬉しいからか口元が緩んでいる。


「その事なら心配いらないわ。

ねぇ、まっちゃん」


「はい?」


「今好きな人いるわよね?」


「え?ええぇぇぇ!?」


母さんの言葉に美陽さんは真っ赤な顔をして驚いている。

あ、これは本当に好きな人がいるパターンのやつだ。


「そ、そそそそ、そんな事ないですわよ?」


「伽々里部長」


ニヤニヤ顔の母さんが美陽さんに一人の名前を告げる。


「か、伽々里部長がど、どうかしたんですか?」


「好きなんでしょ?」


「な、なんでそう思うのですか?」


「いやいや、明らかに伽々里部長と話す時のまっちゃん顔ニヤケ過ぎよ。

もう皆も気づいてるわよ、貴方が伽々里部長に気があるって」


「み、皆にもバレてる?

は、はははっ」


会社の人にバレていたのが相当ショックだったのか美陽さんは引きつった笑みを浮かべ乾いた笑い声を漏らす。


「認めたわね。

これから楽しくなりそう」


母さんの子供がおもちゃを与えられた時のような笑顔に、俺は美陽さんに向かって手を合わせご愁傷さまと言うことしか出来なかった。

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