Act.1-4

 放課後――


 案の定、美亜は担任にこっぴどく叱られた。


「“二年の開始早々から何やっとる”だの“もう来年には受験生なのにたるんでる”だの、煩いんだから……」


 くだを巻く担任の口真似をしながら、玄関のロッカーにて外履きの靴に履き替える。


「それに“今度やったら空手部に入れ”だぁ? 顧問だからって、横暴もいいとこじゃん!」


 怒りを露にバタンッと勢い良くドアを叩き閉めた美亜は、深い溜め息をつきながら玄関を出て駐輪場へと向かった。

 愛車はもう目と鼻の先、というところで運悪く、ランニング中の空手部連中と鉢合わせてしまった。



 美亜の父親は空手の道場を開いており、若い頃は国体に出場するなど、地元ではちょっとした有名人なのだ。

 勿論、美亜も小さい頃から空手を教わっていたので、かなりの腕前である。その為、いつも空手部の顧問である担任や、空手部の連中からしつこい勧誘を受けていたのだった。



「げっ……」


 美亜の可愛いらしい顔が、一瞬で険しく歪む。


「よう、月城! 今日こそは我が空手部への入部を承諾してもらうぞ!」


 ガタイの良い空手部主将が部員達に先へ行くよう促すと、満面の笑みを浮かべてこちらへと近付いて来た。目をそらすというあからさまに嫌そうな美亜の態度も、彼には全くといって良いほど見えていないようだ。


「イヤ、だから入りませんてば……」

「何を言っているんだ! 折角の才能が勿体ないじゃないか!」


 そう言いながら、主将はずずぃっと迫って来る。


(ち、近い……)


 狭まった主将との距離を取るため、美亜は二、三歩後退る。


「や……ホント、今はしてないですから無理ですよ……」


 だが、その差を埋めるが如く、主将は声を荒げながら更に近付いて来た。


「何を言っている! 君のお父さんは、とても有名な選手だったではないか! そんな人の元で育ったんだ。そんな簡単に忘れる訳が無いだろう!」


 二人の距離は、僅か数センチといった所だ。言葉にならない悲鳴が美亜の身体を駆け巡る。


「と、とにかく! いつもお断りしているように、やる気は全くありませんから! さようなら!」


 それだけ言い捨てると、微かに身の危険を感じた美亜は愛車の元へと猛ダッシュした。

 そして急いで帰ろうと、鍵を開けて駐輪場を出る。

 いつもならこれくらい言うと諦めていたのだが、今日は様子が違った。後を追い掛けて来た主将は、自転車を押して出ようとする美亜の左腕をいきなり掴んできたのだった。


「月城! 何故そんなに頑なに拒むんだ!? 我が空手部には君の力が必要なんだ!」

「ちょっ、放してください!」


 懸命に腕を振りほどこうとするが、そこは男と女の力の差。振りほどけず、逆にギュッと力を篭めて来て放そうとしない。


「痛っ! ちょっと、放せって言ってんじゃないの!」


 カッと頭にきた美亜は、左足で上段蹴りを喰らわそうと足を上げかける。その瞬間、誰かの手によってそれは制された。


「オイ、何やってんだよ。ここまでのしつこい勧誘は、しちゃいけねぇんじゃねぇの?」

「駿……」


 美亜を庇うようにして二人の間に立ったのは、駿だった。

 駿は主将を睨みつけながら左手で相手の腕を掴み、右手で美亜の上げかけた左足を押さえている。駿の言葉を受け、バツが悪そうにしながらゆっくりと手を離した主将は「諦めないからな!」という捨て台詞を残し、その場を去って行った。

 一瞬の沈黙の後、美亜は口を開く。


「駿、ありがとね」

「バーカ。女が簡単に足なんか上げるもんじゃねぇよ」


 そう言いながら、美亜の足を押し戻した。


「ハハッ。ごめんごめん、つい……」


 足を降ろした美亜は、ふと疑問に思った事を口にする。


「ところで、駿はこんな所で何してるの? 部活は?」

「ああ、部活は今日休み。んで、今日はチャリ乗って来なかったから……」

「もしかして、待ってたの?」

「ん? ま、まあ……どうせ隣だしな! お前のチャリに乗せてもらおうと思って!」


 図星を指されたのか、駿は少し赤くなった。


「ぷっ。それなら最初からそう言ってよね!

でも、あたしの愛車に乗せてあげるんだから、駿が運転してよ!」


 笑顔でそう告げると、美亜は自転車の後ろに腰掛ける。その様子を見た駿は、クスッと笑った。


「わーったよ。有り難く運転させて頂きます」


 緩みそうになる顔を抑え、駿はサドルに跨がりペダルを踏む。そして勢いよく漕ぎ出し、二人を乗せた自転車は校門を出て行った。

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