彼氏にタピオカしか愛せないと言われたら

綾坂キョウ

彼氏にタピオカしか愛せないと言われたら

 黒いつぶつぶ。なんかの卵みたいな、それ。茶色い液体にたぷたぷと漬かって、みんながみんな、それを写真に撮り、ぶっといストローで吸い上げ、味もしないのにぐにゅぐにゅと口の中で泳がせている。


「そんなものを、愛してる?」

 私の言葉を聞いた彼は、げんなりとした顔をしてみせた。

「おまえのそういうところが、嫌」

「それは答えになってない」

 言って、私は彼の手のなかにあるプラスチックカップをさっと取り上げた。彼が、「あっ」と声をあげる。

「なにすんだよっ」

「こういう、おしゃれげな容器に入ってるから騙されるの」


 カップの蓋を剥がし、中身をどぼどぼと、近くにあった紙コップに移す。次いで、黒いぶにょっとしただけを、指でつまんでカップからとった蓋の上に移す。その二つを、さっと彼の目の前に差し出した。


「あなたが愛してるのは、この茶色くて甘ったるい液体ですか? それても、この黒っぽくて今にも中から生まれてきそうなでんぷん質ですか?」

「いや。そう言われても」

「即答できないなんて、そんなの愛じゃない」

 溜め息をついて、私は首を振った。


「もうあなた、タピオカしか愛せないんでしょ? この、毒入り芋を無理矢理加工した、ただの飾りとしての役目を持つ、両生類の卵を食べている気分を味わえるものを」

「いや、だからさ」

「だいたい、タピオカを愛してるって。じゃあキャッサバは? キャッサバ自体への愛はどうなるの? ウガリやフフは、ちゃんと食べた?」

「え? う、うが……なに?」

「そんなことも知らずに、愛を語るの? なにも知らない、上面だけの一面を見て、愛を語ってたの?」


 呆れて言葉もない私に、彼は「でも」と唸った。


「ミルクティーに入ってるのは、やっぱりなんか、美味しいって言うか」

「じゃあもしこれが、こういう試験管に入っていても? やっぱり変わらず、愛を叫ぶの?」

 私はさっと鞄の中から、自前の試験管を取り出した。そこに、紙コップの中身と黒いぐにゅっとしたものをどぷりと注ぐ。


「なんで鞄に試験管入ってんの」

「気にしないで大丈夫。ちゃんと消毒はしてあるから」

 どうでもいいことを言ってくる彼に、私はずいっと試験管を差し出した。


「さぁ、これがあなたの愛するモノよ。あなたが唯一愛するモノ。一生を添い遂げるモノ。両想いかは分からないけれど、それでもコレだけを愛して、愛し続けるつもりだなんて。あなた、立派ね」

「いや、あの」

「違うと言うなら、あなたは結局、流行りであるという雰囲気と、お洒落なパッケージと、ミルクティーの甘味と、なんとなくの食感の総合力だけを見て、タピオカを愛してると感じただけ。表現しただけ。そんなの、原材料の半分以上が砂糖でできたチョコレートを食べながら、『チョコレートが大好き』って言ってる人と同じ。チョコレート味の砂糖を、まるでチョコレートそのもののように捉えて」

「そうは、言うけど」


 そこでようやく、彼は反抗的な表情を見せた。口を尖らし、私を指差す。

「それを言ったら、誰だってそうだろ。見た目とか、見せてる一面とか、そういうのだけで、相手を愛してるって思うわけで」

「そうね。だから女性は化粧もするし、服も着飾るし、よほど信用した関係性を築けるまでは彼氏だとしても素っぴんを見せようとは思わない。あなただって、昨日はじめて私の素っぴん見て、真顔で『色黒だったんだ……』ってドン引いてたものね」

「いや、まぁ」

「――でも私は違う」

 彼を正面から見つめて、私はきっぱりと言いきった。


「私は、あなたが流行りにのるのが好きな空気に流されやすいタイプで、服装のセンスもなくただ店員に進められたものを疑いもせずに着ていて、思慮も浅く前の彼女にもデリカシーのないことばかり言ってキレられてフラれて、近所の犬や小学生にも馬鹿にされてることだって知ってるし、なんならスマホの暗証番号も通帳の預金残高も初恋だった幼稚園の先生の名前も実家の部屋にあるベッドの下に隠してあるものも全部知っているけれど――それもすべてまるっと含めて、あなたを愛してる」

「そんな……そこまで、俺のこと……」


 彼は感極まった表情をすると、グッと拳を握った。

「俺だって、俺だって……昨日、おまえの素っぴん見て。今朝、化粧してるのも見て、なんとなくタピオカミルクティーが飲みたくなって。実際、飲みながらお前のこと見たらなんかフフッとなっちゃって。つまり、だからっ」

 言うと、彼は私の手からもぎ取るようにして、試験管を奪った。それを、ぐっと一気に飲み干す。口元を手の甲で拭い、力強く言い放つ。


「――俺が愛してるタピオカは、おまえなんだよッ」

「……っ嬉しい!」

 ひしっと抱き合う私たち。それに合わせるように、周りからは、ぱちぱちと疎らな拍手が聞こえてきた。


 店内のカウンター。その前に立つ私たちの後ろには、女子高生を中心とした客がならび、じっとこちらを見ていた。

「あのー……お客様。そろそろ、他のお客様のご迷惑になりますので」

 顔を引きつらせた店員に、私と彼は顔を見合わせて――声をそろえて言った。


『タピオカミルクティー、あと二つください』

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彼氏にタピオカしか愛せないと言われたら 綾坂キョウ @Ayasakakyo

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