第36話『ヒーロー』
とにかくその時、オレはむしゃくしゃしていた。
だから、誰彼構わず突っかかってやろうと思っていた。
しょうがないだろう? オレには家がない。
天涯孤独で、守るべき家族も友も、何もない。
安酒をあおって、繁華街をブラブラ。
そして寒さをしのげぬ夜になれば、稼いだ日銭でネカフェか24時間営業のマックで朝を迎える。その繰り返しの生活——。
人間、希望がないとどこまでも自堕落になれるもんだ。
つくずく、そう思う。
駅構内をフラフラ歩いていて、何かにぶつかった。
「……気をつけて歩きやがれ、バカヤロー!」
相手が誰かなんて考えないで叫ぶだけ叫んで、後ろを振り返った。
そこにいたのは……
黒髪が腰まである、女子高生だった。
とにかくびっくりしたのは、その背の高さだ。
今でこそ落ちぶれてはいるが、かつては全国大会を制覇した大学ラグビーチームのフォワードだったオレと、背はほぼ変わらない。ちなみにオレの身長は189センチだから。それくらいあるということだ。
そいつは、一人ではなかった。車椅子を押している。
乗っかっている女の子は、きっと身内か同級生の友人だろう。
同じ制服を着て、大人しく車いすの中におさまっている。
特に体が悪いようには見えないが、一体どこを見ているのか眼球があちこちを泳いでいて、まるで目の焦点が全然合っていない感じだ。
ぶつかったのは、長身の女の方が背中に抱えている、弓道で使う長弓だった。
「私たちが……何か?」
年下のガキ相手に憂さ晴らしも何だかな、とは思ったが。
オレは、どうにも引っ込みがつかなくって、売り言葉に買い言葉を投げかけてしまった。
「どうもこうもねえやな。こんな人通りの多い駅の中だ。ちったぁ気をつけて歩きやがっれってもんだ」
長身女の眉間にしわが寄った。
「……オジサン、それはちょっとあんまりにも——」
何か反論を言いかけたようだが、その瞬間に車いすの方の子が、長身女の袖をグイグイ引っ張った。
二人は何だかアイコンタクトをとっていたが、やがてこちらに向き直った長身女の言った言葉に、オレは目をむいた。
その眼は、おおよそ高校生らしくなかった。
慈しみに満ちた、いわば母の目だ。
「なぜ、あきらめたんですか」
一瞬、オレは何のことか分からなかったが、次の一言で思い当たった。
「一度チャンスを逃したくらいで、負けないでください。今からだって、遅くはないと思います」
束の間、昔の思い出がよみがえってきた。
大学での頂点に立ったチームにいたオレは、名門の社会人チームでの活躍が約束されていた。しかし、たったひとつのミスが、全てを狂わせた。
飲酒運転で、バイクをひっかけたのだ。
幸い相手は死亡したり重傷を負ったりせず、骨折だけで済んだ。
しかし、やはりそれで済まされるわけもなく——
当然、オレの就職枠は削られた。
オレの、転落人生の始まりである。
もちろん、分かってるさ。
それだからって、すべての道が閉ざされたわけではない。
その気になりさえすれば。あきらめさえしなければ、どこかのチームに所属できる可能性はある。コネなんかなくたって、本当にやりたいならゼロから入団テストを受ければいい。そこで、実力を示せばいい。
でも、オレはそこで完全にへそを曲げてしまった。
何だかんだ言って、オレは弱かったんだなぁ。
分かってるさ。すべて言い訳。
今の現状は、オレが自分で作り上げてしまっているんだ。
その時。
駅構内に、警官がドヤドヤ入って来た。
「避難してください! 駅員と警官の誘導に従い、駅から離れてください」
あれよあれよという内に、駅を封鎖しだした。
……一体、何事だ?
突っ立っているオレたちにも警官が寄って来て、面倒くさそうに言う。
「ホラホラ、ここにいたら危ないですから、早く動いてくださいよ」
すると、長身女子高生は、信じられない言葉を吐いた。
「私は、警察機構公認のESP2号。そしてこの子は4号です。非公式ながら警視正代理として事件内容の情報開示を求めます。一体何が起こっているのですか?」
言われた警官は、ポカンとしている。
「信じられないなら照会してください。私は柚木麻美、機密コード03426。この車いすの子は早崎乃亜、機密コード03429。レベル3のアクセス権を持っています——」
……何がどうなっている?
オレは、誰もいなくなった駅構内を、不思議な二人の女の子と歩く。
先ほどの言葉で、その場にいた警官たちの態度が面白いほど変わった。
「しっ、失礼しましたぁ!」
女子高生に警官隊が敬礼する様は、見物だった。
警察関係者以外人気のない駅構内に、不思議な放送が響き渡った。
……只今より、私服・制服の別を問わず、警官及び機動隊各員は特命刑事、柚木麻美・早崎乃亜両名の指揮下に入る!
周知徹底の事!
オレは別に、追いだされて当り前の一般人だ。
なのに、警官が『この方は?』と聞いてきた時に、麻美という子は言った。
「ええ。この方も問題解決に必要な人です」
……ど、どこが!
とにかく、不思議な成り行きでオレも彼女らと行動を共にすることになった。
頭に不安とクエスチョンマークだらけのオレは、たまらず質問した。
「結局さ、今ここで何が起こっている?」
驚いたことに、その問いに答えたのは、目の前の麻美という子ではない。
車いすに乗っかって、さっきから何もしゃべらない乃亜という子のほうだ。
しかも、返答は音声にあらず。
……この駅のどこかに、手製の時限爆弾を所持した人物が潜んでいます。
犯人は駅で爆弾を使ってやる、という予告状を警察に送りました。
単なるからかいの可能性が強かったですが、万全を期して調べに来たということのようです。
しかし、この話は残念ながら本当のようです——
何と、しゃべられないのに相手の声が頭に流れてくる。
「何で、本当だと分かる?」
その返答が、また頭に聞こえてきた。
……私は、見えないし聞こえません。でも、人の心を見通す力があります。
確かな事は、犯人が理工学系の高等知識をもっていて、自分で爆弾を作ったこと。
その人物は社会に恨みを持っていて、とにかく世間に迷惑をかけてやろうと思っていること。そしてもっとも厄介なのは……
乃亜ちゃんは、見えていない眼を伏せた。
……手製とはいえ、爆弾の威力は馬鹿にできないものです
「おい、爆弾魔の居所、見当はつくのか?」
オレは、アタマよりは口で会話したかったので、麻美ちゃんに話しかけた。
……今、麻美に話しかけないで
「何だよ。結局そっちと会話しなきゃいけないのかよ。何でだよ?」
……今、彼女は全神経を研ぎ澄ませて、駅構内のどこに犯人がいるかを探っているんです。じき、答えが出ると思いますよ。
「はぁ? そんなことができるのか?」
……麻美には、千里眼がありますから
話がそこまでいくと、オレにはもうついていけん。
しかし、さらにオレにはついていけない現象が遠慮なく起こる。
麻美ちゃんの目が異様にブルーに光り、それだけでなく——
青白いガスの炎のようなものが、彼女の周りを覆い始めた。
サジタリウス・フォーム
……真一さん
「ちょっと待て。何でオレの名前を知っている?」
……今、そんなことはいいでしょう
「いいや、よくない! なんでだなんでだ!」
……犯人の位置が分かりました。
私がリアルタイムで犯人の位置をあなたに教えますから、追いかけてください。
あなたの持ち前の力と運動神経で、犯人にタックルを決めちゃっててください。あとは麻美が——
「あとは、どうするって?」
……弓で、爆弾を無力化します
「おい、冗談言うな。弓って真っ直ぐにしか飛ばないだろ?
そこにある弓道の弓なんか、この場面で何の役にもたたな——」
そこまで言って、オレは夢を見ているのかと思って、頬をつねった。
麻美ちゃんの手の中に、突然光る物体が現れた。それはまばゆい光を放つ大弓で、とにかくこの世のものではないような代物だった。
クレッセント・シューター!
「わっ、分かったよ! 行きゃあいんだろ? 行きゃあ!!」
半分ヤケクソで、おれはダッシュした。
確かに、あの弓なら常識はずれな飛び方もするだろ、と妙な納得をした。
……信頼してます。私のヒーローさん
乃亜ちゃんの応援が、頭に響いてきた。
改札をとび越え、売店のある踊り場を駆け下りる。
「三番線、でいいんだな?」
……はい。
ただ向こうも移動しているので、真一さんが着いた時点で、犯人がまだそこにいるかまでは、ちょっと分かりません
「まぁ、とにかく行ってみるさ」
最近のヤケ酒と運動不足がたたって、昔のようなシャープな走りができない。
そんなオレの心を見透かすかのように——
……大丈夫。ホントはあなたは、やればできる人なんです
ヘイヘイ。ありがとよ!
照れ隠しにいい加減に答えておいたが、実は嬉しかった。
実際、この時のオレは、興奮していた。
オレの力が、何かの役に立つってことはいつ以来だろう?
……まずいです
「今更何を聞いても驚かねぇけど、何がまずい?」
……時限爆弾は、あと40秒で爆発します
「マジかよ!」
その瞬間、オレは視界に捉えた。
神経質そうなメガネの男が、小脇に何か抱えているのを。
オレはターゲットを見据えて、最大の瞬発力を身体の全筋肉に要求した。
これは、試合だ。
しかも、人生の浮沈を賭けた。
オレの再起を賭けた、決勝へのトライであった。
向こうも、走り寄ってくるオレに気付く。
踵を返して、走り去る。しかし相手の運動能力は低いようだ。
……遅い。これなら追いつける!
あと20秒——
「おい、どうするんだよ。爆弾処理なんてしてる間はねーぜ!?」
……真一さん、爆弾を奪ったらできるだけ空高く放り投げてください!
……その後は、私に任せて!
あとのほうの声は、麻美ちゃんのほうか。
よっしゃ。
そのあとの10数秒の時間は、永遠にも思えた。
相手に飛びつく。
倒れ込む。
力づくで腕を振りほどき、抱えている爆弾らしきものを奪う。
チラリと寸見したデジタル表示によると、あと8秒。
……さぁ、どうする?
手で放り投げることもできる。
だが、オレはラガーマンだ。
ボールを蹴る脚力の方が、腕力より自信がある。
爆弾を蹴る、というのも抵抗があったがー
オレにも役に立てることがある、という思いが後押しをした。
「ええい、ままよ!」
残り2秒!
渾身のオレのキックは、正確に爆弾の本体をとらえ——
駅ホームの屋根を遥かに越えて、空高く上がった。
その時、麻美ちゃんの鋭い声が聞こえた。
ホーミング・アロー!
オレの視界に、猛スピードで飛来する光る矢が現れた。
それは、空高く上がってあとは落ちてくるだけの爆弾めがけて突き進んだ。
そして、見事に命中したと思った次の瞬間。
爆発も何もしなかったその爆弾が、ゴトン、という鈍い音とともに線路に落ちた。
オレは、今でもその時のことをまざまざと思い出す。
「あのさ、何であの時爆弾爆発しなかったんだ?」
涼しい表情で、麻美ちゃんが答える。
「それは、私が爆弾の黄色の導線を弓で切ったから」
「……うそだろ?」
「ウソなもんですか!爆弾処理班の人から、あのタイプの爆弾の処理法、聞いておいたんだからね。それさえ分かれば、あとはどんなに細かい目標でも、私ならゼッタイに外さない!」
むきになって言うところが、カワイイ。
別れる時、あえて二人の連絡先などは聞かなかった。
ま、家もケータイもないし。ましてや相手は高校生の女の子だ。
聞くのも、何だか気恥しい。動機を疑われそうだ。
……別に、疑いませんよ。真一さんは心の真っ直ぐな方です
乃亜ちゃんの声だ。
「こ、こら。心読んでたならそう言え!」
……お別れに、一言だけ助言を。
今思っていらっしゃること、実行に移すといいですよ。
きっとうまくいくでしょう。
そうか。
それで、決心がついたよ——
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
オレは今、ある有名企業が抱えるラグビーチームの入団テストの会場にいる。
番号を呼ばれたら、ここの二軍と模擬戦を行うことになる。
酒は、もうやめた。
あの事件を共に解決した、二人の天使が応援に来てくれているからな。
「……それでは、18番~23番まで、グランドに入ってください」
よし。
自慢のダッシュ力とキック力を披露してやろうじゃねぇか——
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