第25話『コメットさん』
柚月麻美、17歳。
2年A組、弓道部のキャプテン。
それが、私。
そして、もうひとつの顔は……
麻美は、悩んでいた。
彼女は、まだ制服の似合う高校生。
それなのに、自身のもつ特殊能力に目覚めてしまったがゆえに大きな犯罪や事件を解決したり、人助けに奔走する日々に巻き込まれてしまった。
それはそれで、別に嫌なわけではなかった。
むしろ、ESPとしての先輩である美奈子を見るにつけ、彼女の自己犠牲愛に心を打たれて『私は何があっても彼女についていく』という決心を再確認するほどである。
でも、ESPであると同時に彼女も普通の『恋する少女』であった。
彼女には、密かに心を寄せるクラスメイトの男子がいた。
よりによって、それは学校でもイケメンかつスポーツマンとして人気の高い男だった。
当然、競争率も高い。
もっと手ごろなところで妥協すればいいのに——
……と言ってもそうはうまくコントロールできないのが、この年頃の恋心である。
好きになってしまったものは、仕方がないのだ。
当然、麻美はバレンタインデーに彼にチョコをあげた。
あれは、あげたと言えるのだろうか…。
正面切って渡す勇気のなかった麻美は、手紙を添えて誰もいない教室でこっそり、彼の机の中に突っ込んだのだ。
「……………。」
麻美は、深くため息をついた。
すでに彼の机の中には、いくつものチョコがひしめいていた。
考えることは、みな似たり寄ったりである。
当然女子の中には、直接彼に手渡す勇気ある猛者(モサ)もいるはずである。
そう考えると、こんなことで私は勝てるんだろうか? とネガティブな感情に囚われるのだった。
勇気ある行動を取れないくせに、そんなことをウジウジ考えて目に涙をにじませる麻美。
恋愛に関してだけは、これが日本を救うような大活躍をした世界最強のスナイパーだとは思えないような、意気地のなさを見せるのだった。
昼休みの職員室。
「麗子先生。最近、麻美ちゃんが元気ないのに気付きましたか?」
お嬢様育ちの麗子は、職員室でさえも有名フランス料理店からランチを取り寄せていた。
弁当や出前のうどん・中華料理などで昼食を済ます他の先生方は、恐ろしい品数の並ぶ彼女の食卓に目をむいていた。
食後は、美奈子と一緒に優雅に高級茶葉の紅茶を楽しんでいた。
突然、麗子はいつもの甲高いいかにも 『お金持ちっぽい』 笑い声を発した。
「オーッホッホ。それぐらいのこと、わたくしにも分かりますわっ。だって麻美ちゃん、感情がストレートに顔に出るんですもの。あの子は絶対女優には向きませんわね」
……麗子先生のほうがよっぽど感情がストレートだと思うけどっ!?
心ではそう突っ込みたかった美奈子だったが、黙っておいた。
「あれは恋ですわね、恋。春よ来い、池野恋、池乃めだかですわね! 失礼とは思いましたが、ちょっとエンパシー能力を使って探らせてもらいましたわ。あれはよくある『片思い』ってやつですわね」
……プライベート勝手に読み取ったら失礼やろ!
そこで、ふと美奈子は考えた。
考えたままを、麗子相手にふと口にしてみる。不思議と、無意味だとは思えなかった。
「麻美ちゃんのこと、人事じゃないです。今、私ってどうなんだろ? って思わず考えちゃいました。人助けに必死で、ここ最近恋なんて考えたこともなかった。それって、損してるのかなぁ。みんなが恋して、男の子とデートして青春してるときに超能力での戦いに明け暮れるのって——」
グイッと紅茶を飲み干した麗子は、腕組みをして天井の蛍光灯を見上げた。
「あら、美奈子ちゃんにしては珍しい。そんなこと言うなんて」
栗色に近い、ウェーブがかった豊かな髪をかきあげる。
「年長者としての意見を言わせていただきますとね、わたくしはそうは思いません。むしろ、その逆です。今わたくしたちがしていることこそが、本物の愛にめぐり合う近道なのですわ」
「ちょ、超能力で人を助けることが恋の近道……ですか?」
美奈子は麗子の中に、心の中でもつれた悩みの糸を解きほぐす糸口を見た気がした。
「そうそう。『急がば回れ』なのですよ。一見損に見えても、脇目も振らずに人を助け続けるんです。そして泣いている人と一緒に泣き、笑っている人一緒に笑うんです。そうしているうちに、いつか必ず運命の人にめぐり合えるようになっているのですわ」
年上であり先生だけど、麗子のことを心のどこかでは学問以外の世の中のことを知らないお嬢様だ、と見下していた部分もあった美奈子は、この時考えを改めた。
……この人、やっぱり私たちの先生だ。
「麗子先生」
いつになく神妙な顔つきで自分を見つめる美奈子に、麗子はドギマギした。
「本当にありがとう」
美奈子はそっと麗子の手を握る。
ESP同士の意思疎通で、美奈子のとめどない感謝と思慕の感情が波のように麗子になだれ込んできた。
麗子は焦った。涙があふれそうになったからである。
回転イスをクルッとまわして、背を向けて美奈子から顔を隠す。
「ほめたって……南青山の高級フレンチ『Les Creations de NARISAWA』のディナー以外何も出ませんわよっ」
……それだって、出すぎですっ!
麗子の背中から、手を回して抱きつく美奈子。
人とは違う宿命を背負い、戦いに身を投じる道を行く女たちなりの支え合い。
「麻美ちゃんも、きっと分かってくれますことよ」
自分に言い聞かせるかのように、麗子はつぶやいた。
麻美が、泣いている——。
彼女のとめどない悲しみとやり場のない激情は、嫌でも美奈子と麗子に伝わってきた。
それほど、三人の連帯は切っても切れない関係になっていた、ということか。
夕闇が藍色の闇に侵食されゆく、午後6時。
駅前で待ち合わせて落ち合うことにした、美奈子と麗子。
出合った二人は、歩き出した。
目的地は、麻美が一人泣いているであろう場所、荒川の土手。
「麻美ちゃんは、『コメットさん』のようなものですわね」
「何ですか、それ?」
そんなもの知らない若い美奈子は、また何か古いマニアックなことを言い出したな、と身構えた。
麗子だってそれほど美奈子より年上でもないのに、なぜか異様に古臭いマンガやアニメをたくさん知っていた。
「修行のために遠い宇宙からやってきた少女のお話ですわ。不思議な力で地球での問題を解決したり、恋をして悩んだりして成長していくんですの」
「ふぅん」
美奈子は、かつて麗子の使役する風の精霊から聞いた言葉を思い出した。
……麻美の能力は、地球に由来するものではない。
それが一体、暗に何を意味しているのか——。
夜の帳が降り、街灯が灯る。
もはや真っ黒な流れでしかなくなった川を臨む土手に、麻美は腰を下ろしていた。
エグッ、エグッと背中を震わせる麻美の背中に、二人はゆっくり近付いた。
美奈子と麗子は、分かっていた。
これは、単に麻美を慰めるだけの戦いではないと。
自分自身が、ESPとしてまた女性として——
どう生きるのかに決着をつけるための、それぞれの戦いでもあるんだ、と。
麻美はホワイトデーに、彼からのお返しをもらえなかったようだ。
本命以外は誰にもあげなかったのなら、あきらめもつこうというものだが、何人かは彼からお返しをもらったらしい。その中に自分が入りすらしなかったことが、余計に麻美を傷付けた。
まったく、この男も罪作りなヤツである。
決定打は、放課後。
彼が同じクラスのある女子と腕を組んで、辺りをはばかるようにして歩いているのを、麻美が目撃してしまったのだ。
彼女の短かった片思いは、終わりを告げた。
「……私なんて、弓以外に取り柄ないし。背も、バカ高いしぃ。こんな私、誰か好きになってくれるかなぁ。誰も好きになってくれなかったらどうしよう? 怖いよう、怖いよう!」
美奈子と麗子は、それぞれ麻美をはさんで両脇に座った。
土手に座った超能力三人娘は、静かに月を見上げる。
「大丈夫だよ」
どこからともなく吹いてきた風が、周囲の草と彼女らの髪を揺らす。
「もし私が男だったら、麻美ちゃんのことほっとかないもん。麻美がどんなに素敵な子か、私は知ってるよ。いつかきっと、麻美のよさを本当に理解してくれる人がきっと現れるって! 保証するよ」
麻美の肩にそっと手を回した美奈子は、確信に満ちた声で言うのだった。
驚いたことに、麗子はいきなり歌を歌いだした。『愛は勝つ』というちょっと古い歌謡曲だった。
泣き止んだ麻美は、ちょっと笑って麗子に言った。
「やっぱり、くじけそうなくらいの困難があるってことでしょ? それって、慰めになってな~い」
「あらら、私としたことが。それもそうですわねぇ」
三人は、腹を抱えて大笑いをした。
麻美は、何かが吹っ切れたような晴れ晴れとした表情に戻った。
「さてと、いっちょやるか」
スックと立ち上がった麻美は、スウッと深呼吸をする。
堤防の闇の中、麻美の瞳が光輝くサファイヤとなる。
クレッセント・シューター!
冬空に輝くシリウスが刹那、強い輝きを発した。
空から真っ直ぐに降りてきた光の柱が、麻美を包む。
まばゆい光の粒子に覆われた大弓が、麻美の手に吸い寄せられられるように降りてきた。
麻美はそれを手にすると、迷いもなく天に向かって矢を構えた。
「この一矢で、迷いを断つ——」
精神統一を成し、凪いだ水面のように静かな心の境地を得た麻美は、自分が自分であるための道を再確認した。
その時、突然弓から何かの思念が流れ込んできた。
……負けないで
えっ、弓がしゃべった?
どうやら、美奈子と麗子には聞こえていないようである。
……あなたは、滅亡した幻無宇宙『五つ国』の、最後の生き残り。そして最後の希望——
突然そう告げられた麻美は、その言葉をどう受け取ったらいいのか迷った。
しかし、麻美の心は揺れなかった。
「私が何者であるかは関係ない。私は私。そして私は私にしかできないことをするだけ」
ギリギリと弓を引き絞る。
麻美の瞳の青が、最も強い輝きを発した時。
放たれた光の矢は、一直線に夜空の星々に向かい飛んでいった。
そして、やがて見えなくなった。
肩を組んで、三人は夜の荒川の土手を散歩した。
晴れやかな笑顔を見せる三人に、迷いや憂いはひとかけらもなかった。
いつかきっと彼女らは、それぞれ素敵な恋にめぐり合うだろう。
沢山の人々を幸せにした、その果てに——。
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