第16話『風と大地の詩(うた) ~3人目の能力者~』
「う~ん、やっぱり紅茶はグランボアシェリ・バニラに限るわね~」
緑あふれる、見事な庭園を望むテラス。
そこで優雅に午後の紅茶を楽しむ、一人の女性がいた。
名を佐伯麗子というその女性は、持っていたマイセンのカップを優雅な手つきでテーブルに置いた。そして満足気に、手入れの行き届いた庭を眺める。
もし、彼女が手にしているそのカップを落として割ってしまえば、軽く100万は飛ぶ。
確か先日までは、紅茶はプリンス・オブ・ウェールズに限ると言っていたくせに! 良くも悪くも、彼女は影響されやすいタイプなので、言うことがコロコロ変わる。
「婆や! 紅茶とケーキのお代わりをお願い~」
麗子が叫ぶと、東京では恐らく皇居の次に大きいであろうお屋敷の中から、フォーマルな装いをした老女が現れた。彼女は安田という麗子の乳母だった人物であり、今ではこの佐伯家のメイド頭を務めている。
「お嬢様、いい加減になさいませ! これでもう8杯目でございますよっ。ケーキも5つ目じゃあありませんか。まったく、お嬢様の胃袋はペットボトルか何かざますか?」
麗子は大の紅茶狂であり、スィーツ好きである。
なのに、彼女は一向に太らない。
それどころか、均整の取れた見事なプロポーションをしており、なかなかの美人である。
麗子の父である佐伯壮一朗は、巨大企業集団『佐伯グループ』の会長。戦前は『佐伯財閥』と呼ばれ、規模としては恐らく日本で一番。平たく言えば、麗子の一族は『日本一の金持ちの家』なのである。
言動の幼稚さからは想像できないが、彼女はケンブリッジ大を首席で卒業し、化学博士の称号をもつ秀才でもある。
このように麗子は、『大金持ち・美人・高学歴』という、まったく非の打ち所のない女性に見えるが、実はひとつ大きな欠点があった。
性格が悪いのである。
さらに麗子には、常人とは決定的に違う所がひとつ——
「安田のケチっ。もういいわよ!」
麗子の瞳がグリーンに光ったのを見た安田は、あわてて台所にダッシュした。
「お嬢様、なりませぬ! こんなくだらないことにお力を使うとはなんたることですかっ」
奥から、恐ろしいスピードでケーキと新しい紅茶のセットが宙を飛んできた。
そして、それを一生懸命捕らえようとする安田。しかし老齢の彼女のジャンプ力では、いかんともしがたい。
「ち、力を使うとは、卑怯ですぞっ、お嬢様!」
安田はついにほうきをひっつかんで、宙に浮く紅茶ポットやケーキを落としにかかった。
つかまるまい、と意識を集中させ必死にコントロールする麗子の緑の瞳が、さらに輝きを増す。
「……ヒキョーもノーキョーもあるものですか! とにかく、私はおかわりをしなければ気が済まないのですっ」
麗子が農協の世話になることは、まずないと思われる。
この屋敷では日常茶飯事となった麗子と安田との戦いは、当然のように麗子の勝ちとなるのが常であった。老齢の安田がついに体力尽きて倒れたところで、麗子様はせしめた紅茶とケーキを無事テーブルに着地させた。
「オーッホッホッホッ! それ見なさい、正義は勝つ、最後に愛は勝つのです。あなたいい歳なのにそんなにハッスルして、寿命が縮まっても知りませんことよ」
わがままで血も涙も無い麗子様は、地面に這いつくばる私を尻目に、おいしそうにおやつのおかわりを頬張るのであった……
血筋は奈良時代の桓武天皇にまでさかのぼれる佐伯家には——
まれに、麗子のような特殊な能力を持った子どもが生まれた。その能力とは、普通の人間には認識することのできない、超自然的な存在とコンタクトをはかり、会話もできるということである。
麗子は、風の精霊と契約を結んでいた。
自らの持つあるものを犠牲にする代わりに、風の精霊をファミリア (使い魔)として使役し、その力を意のままに使うことができるのだ。厳密には自分の力ではないから、いわゆる 『超能力』と言われるものとは少し違う。
麗子は学校にも行かず、ずっと屋敷で『純粋培養』されて育てられてきた。
麗子をを外界から徹底的に遮断した結果、彼女は特殊な能力のゆえに世間の中で起こる得るような問題から守られ、何の悩みもなく育った。
しかし、今——
麗子の人生は、大きな転機を迎えようとしていた。
その夜。
雷の音がする。
屋敷の外では荒れ狂う嵐が猛威を振るい、疾風の巻き起こす轟音が壁越しに聞こえてくる。
部屋の中で読書をしていた麗子は、安楽椅子から立ち上がり窓の外を見た。
……何か言いたいことがあるみたいね。
麗子は、何のためらいもなく大きな両開きの窓を開け放った。
叩きつけるような風のかたまりが、麗子に覆いかぶさる。
風圧で、カーテンが乱暴にはためき、無数の雨粒が斜めに侵入してくる。
停電なのか、部屋の明かりが消えて周囲は夜の闇に包まれた。
「もうっ、さっきから一体何が言いたいわけ?」
全身に風を浴びつつ、彼女にしか認識することのできない風の精霊の姿を求める。
薄闇の中で、麗子の瞳が緑に輝く。
風の声、大地の唄。
空の眷族、万物の理を司る精霊よ。
我が声に耳を傾けよ——
麗子の呪言に呼応するように、吹きすさぶ風は内なる静かな声をもって答えた。
しばらくして、うそのように風が止んだ。
あれだけ激しく揺らいでいたカーテンも、ピクリともそよがなくなった。
後には、ただ静寂だけが残った。
パッと、部屋の明かりが戻った。
「……なるほど、そういうこと」
形の良い唇をキュッとつり上げて、麗子は微笑を浮かべた。
「いよいよ、私にも『時』が来た、ってわけね」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「お~相変わらずさっぶいねぇ」
藤岡美奈子は、マフラーで覆われた首をすくめる。
「へぇぇ。美奈子ちゃんみたいな最強のESP(エスパー )でも、寒さには弱いのかぁ。ちょっと意外かも」
体の鍛え方が違うのか、隣を歩く柚月麻美は、高校指定の制服以外にはコートはおろか、マフラーも手袋もしておらず、それでいて寒そうにする様子がまったくない。
「……そりゃあ力を使えば、自分の肌を電気毛布のようにはできるけどさ。そんなものに普段から頼っちゃ、人間本来の正常な身体機能が低下しちゃうでしょ? だから、あえてそういうことに力は使わないの!」
今は期末試験期間中だから、早めに家に帰れる。
学校を出てきた今、まだ時刻は昼の12時にさえなっていない。
「明日は、いよいよ数学と物理か。憂鬱だなぁ」
寒さには強い麻美も、理数系科目の勉強には弱いようだ。
「ESPには人助けも成績に加味してくれたらいいのに……ってムリか」
美奈子も、麻美に同調して嘆いた。
そんな他愛もないことをしゃべって、住宅街を歩いていた時。
「……何か、来る」
美奈子は立ち止まった。
「ええ、私も感じる」
身構えた二人の体を、いつもとは明らかに気配の違う『風』がなでる。
美奈子の瞳は赤に、麻美の瞳は青に燃え上がった。
どこからか、風が鋭く尖った木の葉を運んできた。
無数の木の葉は刃物と化して、斬りつけるべく次々と二人を襲う。
人間離れした跳躍力で宙を舞う二人のはるか下の地面に、目標を外した沢山の木の葉が深々と突き刺ささった。
イグナイト・オーブ
美奈子の周囲を火炎の膜が、球体となって覆う。
彼女目がけて進んでくる木の葉は、すべて焼き払われて消滅した。
クレッセント・シューター
空中に現れた光の弓をつかんだ麻美は、襲い来る木の葉目がけて矢を放つ。
ホーミング・ストレイフ!
麻美の放った矢は途中で何本にも分かれ、すべての木の葉に命中。
麻美に当たることなく、ひとつ残らず地面へと落下していった。
唐突にパチパチという拍手が聞こえてきたかと思うと、住宅の塀の角から一人の女性が現れた。
年の頃は二十歳半ばくらい。有閑マダムかシロガネーゼかと思うような、一見して高価と分かる服装をしていた。
なかなかの美人ではある。ただ、そのせっかくの美人さ加減が、TPOを考えているとは思えない派手な身なりのせいで、ちと損な見え方をしている。
麻美ほどではないが、長身の彼女に近いくらい背が高い。
「お見事お見事。世の中には、あなたたちみたいのもいるのねぇ。まぁ、逆立ちしてもアタシにはかなわないでしょうけどねぇ。オーッホッホ!」
急に現れたタカビーな白鳥麗子風の女性に、美奈子と麻美は拍子抜けした。
実際、冗談のような偶然ではあったが彼女の名前は本当に『麗子』であった。
麗子にとっては、見るものすべてが物珍しかった。
実際、彼女が屋敷を出ることは少なく、あったとしても厳重に周囲を守られてごく限られた場所にしか出かけたことがなかったのだから、無理もない。
今頃は、麗子が屋敷を抜け出したことがバレて大騒ぎになっているに違いない。
……安田が心臓発作とか起こさなきゃいいけど。
性格に難のある麗子も、さすがにそこは気がとがめた。
常人離れした三人の能力者は、並んで街を歩いた。
その間、麗子は麻美と美奈子に自己紹介と、なぜ二人の前に現れたのかを説明した。
「……っていうことは、その 『風の精霊』 とやらが、私らに会え、と?」
美奈子の質問に、麗子はうなずく。
「その通り。今こそ、力を合わせて『きたるべき危機』に備えよ、とね。その危機ってのが何なのかは教えてくれないんだよね~これが」
クールな麻美は、前を向いたままつぶやく。
「まぁ、『どっかが火事になる』くらいのレベルで済みそうにないことだけは確かよね……」
急に、麗子と麻美の視界の中から美奈子の姿が消えた。
二人が後を振り返ると、歩道のはるか後方にいた。
きっと、何か予知してしまって立ち止まったのだろう。
美奈子の元に二人が駆け寄ると、彼女はおもむろに口を開いた。
「その、どっかが火事に……ってのが、どうも冗談では済まなくなったみたいよ」
予知能力によって美奈子が透視したところによると、こうだ。
駅前の高層ビルが火災になり、大惨事になる、と。
いつ起こるのか、そして原因は何なのかはここからでは特定できないのだという。
ただ、今日中に起こることは間違いがない。
「正確なことを知るにはもっと、建物に近付かないとダメね……」
「……ここみたい、なんだけど」
さて、三人はしばらく歩いて問題のビルの前に到着した。
目の前にそびえ立つ32階建てのビル。ビジネンスマンや、ブランドショップやレストラン目当てらしい客が行き交い、何ら変わらない日常がそこにはあった。
麻美は、ホッとため息を付く。
「よかったぁ、まだ何も起こってないみたいね。で、どう? 何か分かった?」
「……人為的な放火ね」
美奈子はそう断定はしたが、顔を曇らせた。
「でもね、誰がどのようにしてというところまでが読めないの。建物の中に入ってみなければ」
「じゃあ、お二人さん行っといで。アタシはここで待っとくから」
麗子は、急に腕組みをして入り口に立ち止まった。
「何があるか分からないから、保険かけといて一人外にいたほうが便利でしょ。言うなれば私はゴールキーパーみたいなものよ。見たところ、単なる力技ではアタシが一番上みたいだしぃ。いざとなったらど~んと任せてちょうだい」
オーッホッホと麗子の高笑いが響く。
彼女のこの過剰なまでの自信はどこからくるのか、美奈子と麻美には分からなかった。
しかし言うことには一理あるので、美奈子と麻美は麗子を残して、ビルの中へと入っていった。
「さてと」
自分ひとりになった麗子は、早速入り口横にあるカフェテラスの一角を陣取り、紅茶と本日オススメのスィーツを注文していた。世間知らずな麗子は、無茶なことをウェイトレスに言いつけていた。
「待たせるんじゃありませんことよ。すぐにお持ちなさいっすぐにっ」
相手を、召使いの安田と同じように考えてしまっている。
さっそくに運ばれてきた苺のタルトをほおばりながら、麗子は品評した。
「……ふぅん。まぁまぁね」
麗子が実はお茶してケーキなぞ食べているということも知らず、美奈子と麻美は真面目にビル内を探索していた。
美奈子と麻美の二人はビルの10階まで来たが、まだ原因を特定できない。
5階あたりからは事務所オフィスのテナントばかりなので、探索も退屈極まりない。
「美奈子ちゃんの能力でも、難しいことってあるんだね——」
麻美は、そう言ってため息をついた。
「そうね、予知能力って見える内容をコントロールできないの。現在進行形のことなら賢者の目で、どこで何があっても分かるんだけどね」
「……例えばよ、仮に誰かが放火しようとしていて、それが誰かとかは特定できないの? それか時限爆弾がセットしてあったとして、そういう危険物をサーチするとかは?」
自分には心術系の能力がない麻美には、美奈子の能力の幅が想像できなかった。
「う~ん。誰が危ないことを考えてるかなんて一瞬で限定するのはムリ。片っ端から読心していって見つけるしかないけど、それってほとんどクジ運に近いものがあるでしょ? 一人ひとりにそんなことしている間に事件が起こっちゃう可能性もある。
あと、危険物の発見もムズカシイ。例えば銃みたいに、どんなものでも一定の分かりやすい形をしているんならサーチできるんだけど、時限爆弾って形も構造も色々でしょ? で、私時限爆弾なんてテレビとか映画でしか見たことないし。自分がきちんと認識して分かっている物体しか、探せないの」
さすがに、ビルの内部は暖房が効いて通路も暖かい。
美奈子はコートを脱いで、麻美と同じブレザー姿になった。
「へぇぇ。そういうもんなんだね……」
麻美の言葉が終わらぬ間に、建物全体が嫌な振動音をたてた。
突然、轟音とともに床と壁が激しく揺れた。
ティーカップに口をつけていた麗子の鼻に、紅茶が襲い掛かった。
「熱っ! んまぁ、一体何事ですの!?」
席を立ち、ビルの外へ飛び出す麗子。
だれも食い逃げされた、などと追ってこない。
それどころではない最悪な事態が、進行していたからだ。
一階の廊下には、真っ黒な煙が次から次へとたちこめている。
ゲホゲホと咳をしながら、沢山の人がビルから外へ転がり出てきていた。
麗子は、テレパシーで美奈子と交信を試みた。
……今のは一体何ですの?
美奈子の思念が、彼女の頭に流れ込んでくる。
……計画的自殺。
よくわかんないけど、犯人は何だか思想的に偏ったおかしい人。
『マルクス・共産主義はまだ死んではいない!』とか叫んでるし。
一階から5階までの各階に、爆弾がセットされていて、それが一度に爆発したみたい。 その火力だから、火の手はすぐにでも上のほうへと上がってくるでしょう。
犯人は自ら時限爆弾のついたチョッキを着て、最上階まで火が上がるのを待っている。要は、大きな事件を起こして、たくさんの人を巻き込んで死のう、っていう魂胆らしいわ。
こういうとき、世間知らずというのは意外と有利である。
修羅場はくぐっているとはいえまだ高校生に過ぎず、犯人の対処と人命救助をはかりにかけてどちらをとっさにすべきかオロオロしていた美奈子に比べ、落ち着き払った麗子は明晰な頭脳で瞬時に最善の策を見抜いた。
……美奈子ちゃん、使いをやるから一緒に私のところに降りてきて。
……私らなら、こっからでも飛んで降りれるけど?
……おばかさん。
これからの対処に、かなりのエネルギーを消耗するのよ。
エネルギーのペース配分、というものをちょっとは考えなさいな!
今までの戦いで、後先考えずに突っ走った結果、エネルギー不足のピンチに陥りがちだったことを思い出した美奈子は、ここは謙虚に言うとおりにすることにした。
「さぁ、いよいよアタシのデビュー戦よっ。楽しくいきまっしょい!」
多くの人命が危険にさらされているのに、何だか軽いノリである。
麗子の目に、緑の光が宿った。
そして、彼女の体は、ゆっくりと空高く浮き上がっていった。
風の精霊よ、大地の神よ。
今こそ我に力をー
ビルの上空を中心にして、突然空が掻き曇った。
ひしめく黒雲から稲妻がひらめき、恐ろしい轟音を周囲に響かせ、大地を揺るがす。
長い栗色の巻き毛と高価な服が、爆風になびく。
サモン・エア・エレメンタル!
10階の西側の壁が、美奈子たちの目の前でいきなり砕け散った。
信じ難いことではあるが、何者かが、壁を破って侵入してきたのだ。
美奈子たちは見た。それは、透明な巨人だった。
透明なのだが、体の中だけ空気が歪んで見えるので、それが人の形だと分かる。
「……お前が、美奈子か」
風の精霊は、静かに語りかけた。
「ええ」
巨人の手が伸び、美奈子と麻美をそっと抱えた。
「お前は、火の精霊の力を使っているな。精霊と契約もせずに力を使える者がいるとは、我も初めて見たぞ……とにかく、ご主人様の命によりお前たちを地上に下ろす」
見えない精霊に体を抱えられた美奈子は、尋ねた。
「あの麗子さんが、あなたのご主人なんですか? あと、契約ってどういうこと?」
「一つ目の質問に関しては、イエスだ」
空気の巨人は、美奈子の質問に丁寧に答え出した。
「二つ目。普通、精霊のエネルギーを使うには、その能力の特性によって火・水・風・などの各精霊と契約しなければならない。その点美奈子よ、お前は珍しい例外だ。そして麻美とやら、お前の力はこの地上に由来するものではないから、私にはお前の力のことがまったく分からぬ」
自分の能力の由来など考えたこともなかった麻美は、目を丸くした。
「麗子様は、私と契約を結んだのだ。ご主人様が生きている間は我の力を自由に使えるその代わりに——」
そこで精霊は、驚くべき麗子の秘密を語った。
「彼女の寿命を、20年いただいた。つまり、本来死すべく定められている時より20年分早死にするのだ」
二人は、それを聞いて顔色を無くした。
「……それを承知で、麗子さんはあなたと契約を?」
「そうだ」
風の精霊は床を一蹴りすると、破った壁から空中へ躍り出た。
「あのようなわがまま者だが、自分には何か使命がある、と覚悟をしているようだ。私はそこを評価している。どうかこれからも、面倒を見てやってほしい——」
美奈子と麻美をビルの真下に運んだ精霊は、空中に静止する麗子のそばに飛んでいった。
……今から作戦を通達。美奈子ちゃんに麻美ちゃん、聞こえてて?
……こちら美奈子、オッケー
……こちら麻美、感度良好
……美奈子ちゃん、賢者の目で爆弾野郎の正確な位置を割り出して、爆弾の構造を分析してちょうだい。できるわね?
……了解
「ワイズマンズ・サイト!(賢者の目)」
美奈子の精神は、この高層ビルのセキュリティーシステムに侵入。
最上階の監視カメラから、犯人の映像を捉えた。
……位置を確認。
爆弾の構造は、至って単純。
チョッキの左脇腹部分に這っている青の銅線を切れば、無力化が可能です。
……よっし。じゃあその情報を麻美ちゃんにダイレクトサイコリンクで回して。
さぁ、スナイパーちゃん出番よ、やることは分かるわね?
一歩前に進み出た麻美は、ひと声高く叫ぶ。
「クレッセント・シューター!」
黒雲の中から、光の柱がまっすぐに降りてきた。
その中の光り輝く大弓をつかむと、光の矢を構える。
美奈子からおおよその座標はもらった麻美だったが、さらに命中の精度を上げるために自身の千里眼を発動させた。
ホーク・アイ(鷹の目)
麻美の眼球がさらに深いマリンブルーの光を帯びる。
精神を針の先のように鋭く研ぎ澄ませた麻美は、渾身の一矢を放った。
ピアーシング・ショット!
麻美の放った矢は、壁などの一切の障害物を無視して貫き通し、目標に到達することができた。
美奈子と麻美は、確認した。爆弾の青い銅線を切断したことを。
……麗子さん、オッケイです!
麻美の声に、麗子は例の鼻につく高笑いをした。
「いよいよ、アタシの出番ね」
……美奈子ちゃん。こんな大火事、消防車が来てチンタラ水なんかかけてたんじゃ消えないわ。
一気に消しちゃうから、あなたビル内の人を何とか守ってちょうだい。
かなりエネルギーを消耗するはず。ぶっ倒れる覚悟でおやりなさいっ!
明日はまだ試験だったが、この時美奈子は救助以外のすべてを忘れた。
美奈子の体を赤のオーラが包み、瞳からは激しく炎を噴きだした。
マス・ゼロ・グラビティ!
絶望に打ちひしがれてビル内をさまよっていた人々は、不思議な体験をした。
自分の体がフワフワとした球体に閉じ込められて、煙も火の熱さも一切感じなくなったからだ。
外気とは一切遮断された別の空間を漂っているかのようであった。
……今です! 麗子さん
……オッケイオッケイ、ミーとケイ!
若い美奈子と麻美には、その言葉が何とのひっかけなのかが分からなかった。
麗子だって、若い部類に入るのだが……なんでそんな古いことを知っている?
空中の麗子が静かに手を挙げると、ビルの周囲を超小型の台風がグルグルと回りだした。
それはやがて、大きな竜巻状になって32階建てのビルをスッポリと覆った。
……精霊エネルギー・最大出力!
麗子のエメラルドグリーンの瞳は、さらに輝きを増した。
ファイナル・サーヴィター・トルネード!!
今まで誰も聴いたことのないような、逆巻く大風の音がした。
少しでも触れたなら、瞬時に斬られてしまうかのような。
麗子が召還した大嵐は、建物を破壊せずにすべての火を風圧で吹き飛ばした。
そして、一分もしない内にビルに静寂が訪れた。
麗子の召還した嵐は、やがて消滅していった。
いつの間にか、風の精霊もどこかへ姿を消していた。
最初の爆発で、重軽傷者十数人を出してしまったが、火に閉じ込められていたビル内の3500人余りは、美奈子の防護術のおかげで無事であった。
遅れて駆けつけてきた消防隊は、すでに火の消えたビルを見て唖然とした。
「やったね——!」
能天気な麗子は、はしゃいで美奈子と麻美に駆け寄る。
彼女は、右手を肩まで上げて、何だか物欲しそうな顔をしている。
反応できないでいる二人に、麗子はイライラした。
「ああっ、もう! こーゆー時はホラ、『ハイタッチ』じゃないのぉ!」
ああ、そういうことか——。美奈子と麻美は思わず笑った。
「イェイ!」
三人は、笑顔でハイタッチをし、被害を最小限で食い止められたことを喜び合った。
美奈子は、麗子を見て目からうろこが落ちるような思いだった。
……20年の寿命を犠牲にしながら、人とは違う運命に翻弄されながら——
それでも、この明るさとバイタリティ。
能力の故に日々苦しみ、泣いてばかりいる自分とは、大違いだ。
表面的には自分とはまったく正反対のタイプ。
でも、心の奥底では誰も知らない心の葛藤と戦っているんだろうなぁ。
「さ、これから打ち上げよぉ! もち、場所は帝国ホテルのレストランよねぇ」
麗子に背中を押されながら、美奈子と麻美は苦笑した。
すでにこの時、二人は麗子のことを仲間として心に認めていた。
教室の扉がガラッと開いて、先生が入ってきた。
「起立・礼! 着席!」
美奈子は、目をむいて驚いた。
皆の見慣れぬ先生は、自己紹介を始めた。
「え~、広瀬先生に代わりまして、今日から古典を担当することになりました佐伯麗子と申しますっ。ヨロシクねぇ~」
モデルばりの美人先生に、男子たちは喝采して喜んだ。
……ななな、何で麗子さんがこんなところにぃ!?
美奈子はテレパシーで麗子と会話した。
……オホホホ、佐伯家の力を持ってすればこれくらいのこと何でもなくってよ。
これからは楽しくやりましょうね~。
おっと、お友達だからといって優遇はしません。
私の古典の授業はキビシイから、そのつもりで!
ガックリと肩を落とす美奈子。
……あ~あ、先が思いやられるな。
麗子は鼻でフフン、と笑う。
「さぁさ、みんな教科書の53ページを開けて。今日勉強するのは『方丈記』ですっ」
……次の授業は麻美ちゃんのクラスなのよねっ。楽しみだこと、オホホホホ!
とにもかくにも、三人目の能力者が『美奈子軍団』に加わった。
その名は、風と大地の戦士・麗子——。
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