第14話『星に願いを』
超能力少女として覚醒した女子高生・柚木麻美は——
先輩能力者の藤岡美奈子と友達になって、驚いたことがひとつある。
それは、彼女の私生活の無茶苦茶さだ。
美奈子はふとした時にこれから起こる惨事や事件を予知してしまい、事前の阻止に奔走したりする。
人ごみでたまたま肩が触れた人物の過去や苦しみを知ってしまい、一日中泣いていることもあった。
そして解決可能な場合には、超能力を使って悩める人のおせっかいを焼いたりする。 麻美が見ている限り、美奈子は笑っているよりも泣いていることのほうが多かった。
私生活など、あってないようなものだ。
サイコメトリー(物体に触れて残留思念を読み取る能力)も予知もできない麻美は、ちょっぴり悔しかった。壮絶な美奈子の生活ぶりを目の当たりにしている麻美には、軽々しく『うらやましい』などとは言えなかったが、泣く美奈子に胸を貸しながら、思った。
私にも同じ能力があればいいのに。
ちょっとでも手助けできたらいいのに——。
そんな麻美の気持ちを知ってか、美奈子はこんな事を麻美に言うのだった。
「多く与えられている者からは、多く求められる。
少ししか与えられていない者には、少しだけが求められる。
そして、そのどちらがより優れているということは、決して言えない」
そんなある日のこと。
弓道部の部活で帰宅の遅くなった麻美が学校を出ると、辺りはすっかり夜になっていた。
冬の空に満ちる冷気が、麻美の吐く息を白く立ちのぼらせる。
「さぶっ」
首に巻いたマフラーの中で首を縮こまらせながら、麻美は街を歩いた。
やがて、大きな中央公園の入り口に出た。
「今日は、近道しちゃおうかな」
気の向いた麻美は、今日は公園の中を横切って帰ることにした。
普段の道よりも街灯も少なく寂しい道だが、気にしなければどうということもない。
たとえ変質者や犯罪者がいても、関係ない。
むしろ恐れるべきは彼らのほうである。間違っても、麻美を狙ってはいけない。
「……あら?」
もう誰も遊んでいるはずのない真っ暗な公園の中に、麻美は一人の子どもを見つけた。
この寒空の下で、しかも子どもがたった一人でどうしてこんなところに?
麻美は何となく気になって、導かれるようにその子の座っているベンチの横に立った。
そこにいたのは、小学校高学年くらいの女の子だった。
「ここ、座っていい?」
その子が小さくうなずいたので、麻美は手でスカートを押さえてからヨイショッ、と腰を下ろした。
話によると、その子の名は太田綾香。近所の小学校に通う5年生。
「おうちの人は心配しないの?」
麻美が至極当然のその質問をすると、綾香は寂しく笑う。
「私のお母さんね、いなくなっちゃったの」
綾香は現在、父親との二人暮しだ。
詳しい事情は分からないが、3年前彼女の母親は蒸発した。
父は仕事が忙しく、いつも夜遅い。
そして時には泊りがけの仕事もある。
だから、綾香が夜に公園にいても、心配する者はいないのだ。
父親がこのことを知ったら心配するだろうが、彼女は秘密にしているようだ。
綾香が夜公園に来るのは、星を見にくるためだった。
「お姉ちゃん、ほらあれがオリオン座。そして、もうちょっと左にあるのがこいぬ座。そっからずーっと下に下がった所……そう、あそこ。あそこはおおいぬ座。ちょっとお空がきたないからハッキリと見にくいんだけどね。そんでその三つの星座の星を結んだのが『冬の大三角形』っていうんだよ。えっとね、シリウスとペテルギウスとプロキオンの3つ——」
「へぇ~」
麻美は、綾香の星座の知識に感心した。
学校の勉強以外で星に興味を持ったことのなかった彼女には、とても新鮮であった。
「星、好きなんだ?」
「うん!」
星のことを教わったお礼に、と麻美は近くの自動販売機で温かい缶のミルクティーを二人分買ってきた。
それを飲んで温まりながら、麻美は綾香から母の思い出を色々と聞いた。
彼女の星好きのルーツは、どうも母親が好きだったから、らしい。
麻美に語った星の知識もすべて、母親が教え込んだものだった。
この日から、麻美と綾香は友達になった。
次の日曜日。
麻美は綾香を、プラネタリウムに誘った。
驚いたことに、綾香はこれまでに一度もプラネタリウムに行った事がない、というのだ。
学校の行事などでもプライベートでも、機会がなかったらしい。
あれだけ星が好きなら絶対に行くべきだ、と麻美は思った。
頭上で繰り広げられる星たちの一大叙事詩に、そして見事に再現された天空の星たちの饗宴に、綾香は、ボロボロと涙を流した。
「星って、宇宙って……ホントはこんなにきれいなんだね」
終了後も、心砕かれた綾香はしばらく席を立てなかった。
そんな彼女を、麻美は優しく抱いた。
「お母さんに、会いたいよう」
鮮やかすぎる星座たちが、綾香に母親の事を思い出させたのだろうか。
「……それは断る」
「エッ」
麻美は、美奈子からの意外な返答に戸惑った。
学校での昼休み、麻美は美奈子のクラスまで出向いて彼女を捜し出して、あるお願いをした。
二人なら、会わなくてもテレパシーで会話は成立する。しかしこれはきちっと会って頼むべきだ、と麻美は思ったのだ。
綾香の母親を捜すために力を貸してほしい、と頼んだのだ。美奈子なら、サイコメトリーで綾香に触れるだけで必要な情報は読み取れるし、『賢者の目』を使えば母親の居所まで特定できる。
しかし、美奈子は麻美のその申し出をあっさりと拒否してきた。
「ど、どうしてダメなの?」
てっきりすぐにでも協力してくれるものと高をくくっていた麻美は、焦った。
「綾香ちゃんは、あなた自身が見出した。そして、あなたが彼女の力になりたいと思った。そうよね? 違う?」
美奈子は廊下の窓に肘をつくと、晴れ渡った冬空を見上げた。
風が、窓から首を突き出す彼女の髪を、ゆったりと揺らす。
「いい機会だと思う。麻美、あなたの力だけでやってみるといいよ」
その夜も、麻美と綾香は、二人公園のベンチに並んだ。
肩を寄せ合って、冬の夜空を見上げる。
綾香は何も言わないけれど、麻美は知っていた。
彼女の心には、決して消し去ることの出来ない母への慕情が燃え盛っていることを。
「……お母さんに、会いたい?」
綾香は、しばらくのためらいの後、コックリと縦に首を振った。
麻美も、心の中で葛藤した。
……母親を見つけることが、最善の解決だとは限らない。
もし、向こうが心から子どもに会いたいと思っていなかったら?
見つけられてかえって迷惑だ、と思われてしまったとしたら
傷つくのは綾香ちゃんだ。
でも、彼女の気持ちを届けることはできるはず。
それなら、許されるはず。
そして私の力では、してやれることはこれくらいしかない。
麻美は立ち上がった。
「……綾香ちゃん、驚かないでね」
全神経を、針のように研ぎ澄ませる。
今回狙うのは、現実の的なんかじゃない。
目には見えない、人の心。
私に、それができるだろうか——
覚悟を決めた麻美の瞳が、青の光に染まった。
「クレッセント・シューター」
天頂から、一筋の光が降りてきた。
その光に包まれて、輝く大弓がくだり、麻美の手に吸い寄せられてくる。
綾香の目には、まるでお星様が天から落ちてきたように見えた。
無数の光の粒子が舞う弓をしゃがんで構えた麻美は、綾香に微笑んだ。
「さぁ、あなたも一緒に射るのよ。きっと、あなたの想いはお母さんに届くわ」
麻美と綾香は、二人で弓を持ち、光の矢をつがえた。
二人の頭上で、シリウスがキラリとまたたく。
……綾香ちゃんの想い、届け!
引き絞られた弓の弦を開放する。
力を得た弓は、弧を描いて夜空に吸い込まれていった。
流れ星のように去った光の矢は、やがて見えなくなった。
「お母さん、受け取ってくれるといいね」
綾香だけでなく、自分にも言い聞かせるように麻美は言う。
「うん」
麻美の守護星でもある蒼い月が、公園にたたずむ二人をいつまでも照らしていた。
一年後。
綾香の母親は、帰ってきた。
並んで輝くべき二つの星は、あるべき所に納まった。
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