第12話『小さなヒロイン』

「おっ。楽しそうじゃないの」



 よく晴れた、土曜日の午後。

 午前中で学校をひけた二人の高校生・藤岡美奈子と柚月麻美の二人は、通りがかった公園をのぞき込む。

 童心に帰ったように瞳を輝かせた美奈子は、声を弾ませた。

「……そう言えば、最後に公園で遊んだのって随分前だなあ」

 背の低い美奈子と、女子バレーの選手かと思うほど身長の高い麻美が並ぶと、まさに異色の凸凹コンビである。しかし、二人は大の仲良しだ。

「それではちょっと、寄っていきますかっ!?」

 美奈子の目を見れば、相手の同意を求めるまでもなく行く気満々なのが分かる。

 麻美は彼女らしいや、と思ってちょっと笑った。

「りょーかいっ」

 どう見ても公園の遊具で遊ぶようには見えない二人の女子高生は、そこで遊ぶ子どもたちの群れの中へ、大股でズンズン進んでいった。



「お姉ちゃんも、逆上がりできないの?」

「うぅ……まぁね」

 小学校4年の未来(みく)ちゃんは、横でうんうんうなっている美奈子に声をかけた。

 何度も足を振り上げては、中途半端なところで足が止まってしまい、ドスンと地面に落ちてしまう。

 世界最強のESP(エスパー)の、意外な一面であった。

 もちろん、超能力を使えばオリンピック選手並のウルトラC級の技も可能だったが——

 それでは意味がない、と美奈子は思っていた。

 自分の体だけの力で、逆上がりができたらなぁ、と思っていた。

 長いこと忘れていた『逆上がりへの挑戦』のことを久々に思い出し、今日はいい機会だと思ったのだ。



「友達はね、怖がらずに思いっきり足を上げればいい、って簡単に言うんだけどさ。言うのは簡単だけど、それができないから苦労してるんだ、っての」

 未来ちゃんの言葉に、美奈子は笑った。

「そうだよねぇ。よっし未来ちゃん。約束しよう。今日はお姉ちゃんと一緒に、逆上がりができるようになってから帰ろう! ゼッタイだよ」

「ウン! ありがと。一緒に頑張ろうねっ」

 こうして逆上がりのできない二人は、固い連帯感で結ばれた。



 美奈子が広場のほうを見ると、麻美は少年の草野球のチームに入ってピッチャーをしていた。

「お姉ちゃん、スッゲー!」

 制服姿の女子高生が少年たちに剛速球を投げている様子は、何だかおかしかった。

 ズバン、ズバンと気持ちよいくらいにストライクが決まっている。



 ……アンタ、何本気出してんのよ。



 テレパシーで美奈子は麻美に話しかけた。


 ……だって、『どれくらいのレベルの力で投げたらいい?』って聞いたらさ、『ぜひ、遠慮なく鍛えてくださいっ』って言うもんだから、つい。

 あ、でもちゃんと力のセーブはしてるのよ? もし私が本気だったら、キャッチャーさん生きてないわよ。



「う、うそやっ!」

 その時、スピードガンで麻美の球を捉えていた少年は、デジタル表示の示す恐ろしい数値に目を見張った。



 166 km/h (時速)



 当然、バッターはピクリとも反応できない。

 キャッチャーの子も受けきれず、球を取りこぼした。

 プロ野球のスカウトが飛んで来そうな投球だった。



 ……あ、いっけない。美奈子と話してたら、ついついセーブするの忘れたじゃないの!



 ペロッと下を出した麻美は思い直して、もう少し力を抜いた投球を心がけた。

 カアン、とヒットの音。

「回れ、回れぇ!」

 少年たちの大歓声が巻き起こる。

「これで、よしっと」

 麻美はマウンド上で、一人納得していた。



 子どもたちが楽しく遊んでいる所へ、一人の警官が現れた。

「さぁ、みんな公園を出て、おうちに帰りなさい!」

 大声で指示する警官に、みなあっけに取られた。

 カチンときたのは、せっかく盛り上がっているところを邪魔された美奈子であった。

 彼女は鉄棒を離れて、ツカツカと警官に詰め寄った。

「みんな楽しく遊んでる最中だっていうのに、どうして帰らないといけないんです? 何か問題でもあるんですか?」

 ちょっと済まなそうな顔をした警官は、皆に聞こえる声で説明を始めた。

「先ほど、町内のこことは別の公園で、子どもの誘拐未遂事件があった。犯人はまだ逃走中。逃げているとしても、まだこの町内に潜んでいる可能性が高いんだ。だから安全のために、保護者のいない子には帰ってもらうわけなんだよ」

 遊び足りなかった子どもたちは、みな口々に「あ~あ……」とため息を漏らした。



「……じゃあお巡りさん。その犯人さえ捕まれば危険はないわけだから、みんなはそのまま遊んでもいいわけですよね?」

 美奈子の目が赤く光った。

 びっくりした警官は、たじろいで言った。

「そ、そりゃそうだが、すぐ捕まる保証はどこにもないんだぞ? 警察が頑張ってるんだから、それ以上にはどうしようもないじゃないか——」

 警官の言うことなどほとんど聞いていない美奈子は、集中力を研ぎ澄ませた。



「ワイズマンズ・サイト!」(賢者の目)



 突然巻き起こったつむじ風が、美奈子の髪を揺らす。

 アメリカ国防省が誇る軍事偵察衛星『KH-4B』の監視カメラと自らの眼球をリンクさせた美奈子は、有無を言わさぬ威厳に満ちた口調で、警官に尋ねる。

「お巡りさん、犯人の特徴は?」

 美奈子の様子にただならぬものを感じた警官は、素直に情報を伝えた。

「歳はおよそ20代後半。身長は170㎝ほどで中肉中背。もし、逃げてからまだ服装を変えてなければジーンズにグレーのトレーナー姿のはずだ。ニット帽も被っていたが、追跡の時に落としていったから——」

「ちょっと待って」

 警官の言葉をさえぎった美奈子は、興奮して大声を出した。

「……その帽子は…今どこにあるんですか!?」

「あっ? ああ」

 どぎまぎした警官は、公園の入り口に停めてある原付のほうを見やる。

「今、私が所持している。バイクのカバンの中にー」

「すぐここに持ってきてくださいっ」

 真っ赤な炎のオーラが、美奈子の体から燃え上がる。

「わっ、分かりましたぁ!」

 警官は大あわてで、原付に向かって駆けて行く。

 その場にいる子どもたちも、固唾を呑んで成り行きを見守っていた。



 犯人のニット帽を手にした美奈子は、犯人の絞りだしにかかった。

 美奈子の思念はインターネット回線に潜り込み、東京都庁の住民台帳データベースをハッキングする。

 18ケタのパスワードを二秒で解析した美奈子は、厳重な警視庁のファイヤーウォールを突破した。

 東京都の23区を検索対象に、サイコメトリーから読み取った男の情報をもとに衛星からスキャンしていく。

「今から読み上げることを記録してくださいっ。名前、松井直継29歳・無職。前科一犯。本籍、大阪府高槻市。現住所、東京都足立区……」

 警官は、大あわててで美奈子の暗唱する内容を紙に書きつけた。

 すでにこの時警官は、彼女のすることをバカバカしい、などと思ってはいなかった。

 その力は、決して嘘ではないと確信した。

「……見えた!」

 美奈子は、犯人である松井が、乗用車に乗り込もうとしている瞬間を衛星の映像で捉えた。

「もう、逃がさない」



「麻美!」

 美奈子に呼ばれた麻美は、グローブを外してピッチャーマウンドに置くと、大急ぎで美奈子のもとに駆けつけた。

「今から、犯人の乗った車をサイコキネシスでここまで連れて来るから、あとはお願いっ」

 麻美は、静かに目を伏せた。

「了解っ」

 再び顔を上げた麻美の瞳は、マリンブルーの光を放った。

 今、二人の超能力少女はその力を解放しようとしていた。



 ホーク・アイ !(鷹の目)



『千里眼 と化した麻美の目は、周囲10kmの風景をすべて見通した。

 美奈子が声を張り上げる。

「今、車は信号二つ分向こうまで来たわ。麻美、見えてるわよね? 一気に勝負を決めるよっ」

 警官も子どもたちも、みな二人のエスパーを取り囲んでその視線の先を追った。

 …来る。あと30秒!



「クレッセント・シューター」



 周囲の木々が風にざわめく。

 天空から一筋の光が差し、麻美を包んだ。

 まばゆい光の大弓が現れ、降下してきた。

 麻美はそれを手に取り、矢をつがえた。



 誰よりも驚いたのは、犯人の松井である。

「なっ、なっ、何じゃこりゃあああああ!!」

 車が、てんで勝手に動き出したのだ。

 どんなに力を込めてハンドルを回そうとしても、まるで生き物のように彼の意思に反して動く。

 ブレーキを踏んでも、止まってくれない。

 何とはなしに、どこかの目的地を目指して車が勝手に動いているようだ、と感じた。

 試しに、信号待ちで停止した時に、ドアを開けて脱出しようと試みた。

 しかし、どんなに力を入れても、ドアはびくともしなかった。

 そして信号が青になると、また走り出す。

 松井は、あまりの常識外れな現象にパニック状態になりかけていた。



 しかし、公園の前で急に車は停止した。

 松井はたまらず、頑として開かなかったドアを開けるのに再チャレンジした。

 意外なことに、今度は何の抵抗もなくドアは開いた。



 ……し、しめた!



 路上に転がり出た松井だったが、正面の公園にまた信じられないものを見るはめになった。

 見間違いでなければ、光り輝く弓のようなものを構えた女の子が一人。

 そして、それはどう見ても——

 自分に狙いを定めているようだ。



「今よっ」

 美奈子の叫びと同時に、麻美の体に青の炎が猛り狂う。

 カッと見開いた麻美の瞳は、確実に犯人の背中を捕らえていた。



 トランキライジング・アロー!!



 一直線に突き進む光の矢尻は、目標をたがえることなく誘拐未遂犯の背中に深々と突き刺さった。

「ぎゃああ!」

 公園前の路上に、標的はバッタリと倒れ込んだ。

 場が、静まり返った。

 だた、風が公園を吹きぬける音だけが響いた。

 美奈子を包む赤の炎と、麻美を包む青の炎が消えた。

 麻美の光る弓も姿を消し、二人の眼球の色も常人のそれに戻っていた。

「大丈夫。麻酔効果で倒れているだけです。逮捕してください」

 麻美の声にハッと気を取り直した警官は、倒れている犯人の方へと走っていく。

「ワーイ、バンザーイ!」

 子どもたちは、大活躍の二人のお姉さんに群がった。



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



「もうちょっとだよ。ガンバレ!」

 住宅群の向こうに夕日が顔をのぞかせた頃。

 少年野球のチームは帰り、公園にはまだ逆上がりを特訓する美奈子と未来ちゃんの姿があった。

 麻美には、もちろん逆上がりなど朝飯前である。

 彼女には、超能力抜きの美奈子の運動神経の低さが意外であった。

「そう。そこ! そこで何ていうか……お尻が引けちゃってるからさぁ、回れないんだよ——」

 手で支えて回転を助けて、逆上がり成功の感覚をつかめさせてやろうと、麻美は必死だった。



「美奈子姉ちゃんったらあんなにすごいチカラがあるのに。逆上がりなんか軽くできちゃうんじゃないの?」

 不思議そうな顔で、未来ちゃんは聞いてきた。

「うん。チカラを使えば何でもないんだけどね。でもそれってね、自分の本当の強さじゃないの。テストでカンニングして満点を取っても、それはその人の力でも何でもないでしょ? それと同じ」

「フ~ン」

 未来は、分かったような分からないような顔をした。

「だからね、お姉ちゃんも未来ちゃんも、同じなんだよ」

 顔を真っ赤にして、美奈子は大地を蹴る。



 そして、約10分後。遂に美奈子の体は鉄棒を軸にしてクルリと回転した。

 制服のスカートから下着が見えるが、この際そんなことお構いなしだ。

「やった~~~~!」

 思わず、ガッツポーズをとる美奈子。

 未来は鉄棒から手を離し、パチパチと拍手を送った。

「やったね! 美奈子お姉ちゃん」

 うしろから、そっと未来の肩に手を置く人物がいた。麻美だった。

「……このお姉さんもあなたもね、同じなの。頑張る人に、奇跡は平等にやってくるのよ。さぁ、やってごらんなさいー」



 二人のエスパーは、目の前の少女、未来ちゃんの勝利を祈った。

「お姉ちゃんだって、特別な力も何も使わないで逆上がりできたんだもんね。私だってきっとー」

 意を決した未来は、夕日を見上げて地を蹴り上げた。

 瞳の中で、夕焼け空がぐるっと回転する。

 未来は恐れずに、今まで止めてしまっていた以上に足を振りぬいた。

 そして、怖かったが手を絶対に離さないように力を込めた。

 その瞬間、何だか天使の羽根が生えたかのように体が軽くなった。

「やったじゃん! できたよ、できた!」

 三人は、手を取り合って、喜び跳ねた。



 ……グゥゥキュルルル…



 昼からずっと何も食べていなかった彼女らのお腹のムシが鳴った。

「アハハハハ」

 笑い転げる三人のもとへ、さっきの警官が現れた。

「先ほどは、お世話になりましたっ」

 聞くと、あの犯人は犯行を認め、さらに他の数件の犯罪に関しても自供した。

 このことは、明日新聞にも載るらしい。

 美奈子たちが自分たちのことは絶対に出さないでと釘を刺しておいたので、最終的にどうもこの警官のお手柄、ということになったようだ。

「そ、そこで提案なんだが——」

 警官は照れてポリポリ頭をかいた。

 「お礼と言っちゃなんだが、今から東急ホテルのレストランのディナーに招待したいんだ。来てくれるかな? もちろん、そこのお嬢ちゃんも」

 究極にお腹の空いていた三人に、もちろん異論はなかった。

「やったぁ!」



 夕日も空の彼方に沈もうとしている。夜は、もうすぐそこだ。

 闇がやってきても、都会の明かりは何不自由ないきらめきを見せ、人々は昼とまったく変わらず活動を続ける。

 警官、女子高生、子ども——。この異色の一団は、賑やかな夕暮れの繁華街を歩いた。

「しっかし、お巡りさんとお食事なんだから……これほど安全なことはないよねぇ」

 麻美の言葉に美奈子と未来は笑ったが、警官だけは真顔でこう言った。



「いや。あんたがたがいるから、世界一安全だと思う

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