第11話『音速の死闘  ~二人目の能力者~』

(2日前)



 23時40分。

 新宿市谷の防衛省の建物の地下200mにある、国家軍事戦略総司令室。

 薄暗い室内の中で、複雑な計器やレーダーの表示が明滅する。

 通信を終えた統合幕僚長の左内は立ち上がり、大きくため息をついた。

「どうなされたのですか?」

 さきほどから顔色をなくしている左内を気遣って、幕僚副長の結城が声をかける。

「ロシアのジェコフスキー空軍基地で、秘密裏に開発されていた戦闘機が、テログループの手によって強奪される、という事件があったらしい」

 結城もまた、それを聞いて青ざめた。

「もしかして、あの幻の Su-45『ベクルート』のことじゃないでしょうね?」

 左内は軍帽を脱ぎ、髪と額を濡らす汗を拭った。

「そのまさかだ」



 ロシアでの暗躍の目立ってきたテログループ『赤き壁』は、これまでロシアの空軍基地の厳重な警備をかいくぐり、爆破テロを行ってきた。

 その混乱に乗じて、まだ試作段階であり、表向きには『開発を中止した』としてひた隠しにしている前進翼機 Su-45・通称 『ベクルート』 という機体を奪って逃走した。

 ただの一犯罪組織が、ここまでの大それたことを行えるはずがない。

 もしかしたら、世界勢力図を塗り替えようとの野望を抱くどこかの国家が、密かにバックアップしているのではないかとも考えられたが、調査が難航しており裏づけは取れていない。

 その戦闘機は、仮に完成すればマッハ2.8という現存する戦闘機の最高速度を出すことができる。

 またその最新の自動照準レーダーシステム『APG-110E』は今までにない精度を誇る。

 これに狙われたら、何者も撃墜を免れることはほぼできない。

 強奪事件から、二時間たった今。

 赤き壁のリーダーは、ロシア政府に対して声明文を送ってきた。それによると——



「ロシア政府によって拘束されている我が組織の同志38人を釈放せよ。

 また、日本との一切の通商及び国交を断絶せよ。

 これが聞き入れられない場合はー

 まず見せしめに日本の首都・東京を、奪った戦闘機『ベクルート』により壊滅させる。

 あり得ない、などと見くびらないでいただきたい。

 当方には、あの戦闘機を完成させられる技術力があるのだ。

 約束を実行する期限は、二日後の正午までとする。

 その時までには、戦闘機は日本に向けて発進可能になっているはずである。



 この情報は首相官邸にもたらされ、直ちに閣議が持たれた。

 防衛大臣を中心に、統合幕僚長の左内を始め陸・海・空の幕僚長とこの事件への対策が練られた。

「……すると、その奪われた戦闘機の行方は今だつかめていないのだな? それも不思議な話だ。あんな目立つものを奪って逃げたというのに衛星映像や軍事レーダーにも引っかからないとは——」

 石川防衛大臣の言葉に、左内は申し訳なさそうに言った。

「恐らく、テログループの無茶苦茶な要求をロシア側が呑む可能性は少ないでしょう。そうなると、展開としてはテロ側の Su-35 対日本の航空自衛隊の空中戦、という可能性が濃厚です」

「それで、勝ち目はあるのか?」

 頭痛でもするのか、石川防衛大臣は指でこめかみを押さえた。

「恐れながらー」

 航空幕僚長の坂東は、手を挙げて立ち上がった。

「わが国の主力戦闘機は、F-15シリーズです。この機体とてかなりの性能を誇りますが、もしあの幻の戦闘機『ベクルート』が冗談などでなく本当に完成したとしたら……速度・兵器・索敵能力・制空力のすべてにおいてF-15シリーズを凌駕するでしょう。しかも今までにないステルスシステムを持った機体ですから、パイロットは機械にほぼ頼らずに、敵を目視の上撃墜する腕を求められます」

「それじゃ、ほぼ八方ふさがりということじゃないか!」

 石川は苛立ちを隠せない様子で、紙コップの中のコーヒーをグイッと飲み干す。

「首相は、このことについては何と?」

「それがですねぇ……」

 言いにくそうに、歯切れの悪い口調で左内が報告する。

「策は、あると。ただ、今までにない特殊な力に頼ることになる、と」




(昨日)



「キャプテン、お見事です!」

 部員達の歓声が湧き起こる。

 弓道衣に身を包んだ柚月麻美(あさみ)は、構えていた弓を下げて的を見た。

 28m先の星的に中央に、麻美の射た矢が深々と突き刺さっていた。

「次の全国高校大会も、女子の部の優勝は我が校がいただきですよね!」

 周囲の浮かれ騒ぎをよそに、麻美は一人自嘲気味に笑った。



 ……これはね、私の実力じゃないの。



 数年前から、麻美は自分に備わった特殊な能力に気付いていた。

 彼女は『狙ったものを外さずにモノを当てることができる』のだった。

 石を投げても、絶対に狙ったものに当たる。お祭りの露店で射的をすると、まったく外さないので商品が無くなった店のオヤジに泣きつかれたりした。

 射撃要素を含むテレビゲームをしても、いつまでたってもゲームオーバーにならない。

 もちろん、スポーツにおいてもまたしかり。

 そんな彼女が、弓道で抜群の腕のさえを見せるのは当然である。

 しかし、周囲の者はそうは思っていない。才能と努力の賜物と思っている。



 ……何だか、虚しいな。



 不思議な力で、苦もなくスポーツで頂点に上り詰めてチヤホヤされる自分。

 その安逸な道を選んでしまった自分に自己嫌悪を感じていた。

 確かに、いくら的を外さないとはいえ、弓を扱える筋力がないと弓道はできない。

 その点では努力もしたが、別に大した代価でもなかった。



 そして何より——

 麻美にはこの力がただの運動神経などではなく、『超能力 の類なのではないか』という思いがあった。

 なぜなら、彼女がその能力を発動しようとする時、かすかにではあるが目が青く光ることを自覚していた。部活中は、それを隠すのに神経を使っていたのだ。



「先輩、藤岡さんっていう二年の方が先輩に会いたいって来てますけど」

 一年生の部員が、後から声をかけてきた。

「藤岡? ああ、確かB組の——」

 麻美が振り返ると、弓道場の入り口に制服姿の人影が立っていた。

 ちょうど太陽とは逆光で、彼女の姿はシルエットのように真っ黒にしか見えない。

「あなたにお願いしたいことがあるの」



 ……エッ、今の何?



 これは、相手の声を聞いたのではない。

 相手の思考がそのまま、自分の頭の中になだれ込んできたのである。

「あなたには、聞こえるのね? 私の考えていることが」



 麻美と同級の藤岡美奈子は、一歩一歩麻美に近付いてきた。

 真っ黒だった彼女の姿が、次第にはっきりと見えてくる。

 思わず弓を床に落とした麻美の目を、美奈子はのぞき込んだ。

「ずっと、探してた。でも、こんなに近くにいたなんて……今まで気がつかなかった」

 美奈子は、瞳に涙を浮かべていた。

 まるで、長い間離れ離れになっていた肉親にでも再会したかのように。

 そしておもむろに麻美の手を握ってきた。



 その瞬間。

 麻美は、ものの数秒もしない間に、美奈子の正体・そして彼女のこれまでの死闘の数々をすべて知ることとなった。それと同時に、自分が何者であるかについても。

「そう。あなたは私と同じESP(エスパー)」

 急な事に戸惑っている麻美をいたわるように、美奈子は唇を動かし、テレパシーではなく言葉で語りかけてきた。

「あなたは、私の 『新しい希望』」




 首都高を走る、スバルのレガシー。

 その車内の後部座席には、並んで座る学校帰りの美奈子と麻美の姿があった。

「しっかし、美奈子ちゃんもナンパしてくるなんて、さすがだよね」

 運転席でハンドルを握る人物は、豪快にガハハハと笑う。

 彼女は、公安の女刑事・遠藤亜希子。

 美奈子と彼女はかつて国家機密情報のマイクロチップ流出事件の時に知り合い、仲良くなっていた。

 どうも亜希子は、美奈子がESPであることをすでに知っているらしい。



「アハハ。でも男の子じゃないのが悲しいけどねっ」

 美奈子はそう言って笑った。

 横に座っている麻美は、めまぐるしい事態の展開に引きつった笑いを浮かべるのだった。

 まさかカミングアウトしていきなり、大きな事件の解決に手を貸すことになるとは!

「で、さっき言ってた事件はホントなんですか?  確か、新聞とかテレビではやってなかったように思いますけど」

 真顔で身を乗り出す美奈子に、女刑事亜希子は前の道路を見つめたまま答える。

「ああ、報道規制でね。そのままニュースにしちゃったら東京中が大パニックでしょ? とにかく、今のままでは日本に勝ち目はないの。だから美奈子ちゃんたちの力が……必要なの」



 先ほどの短い時間の中で、麻美は美奈子への協力を承諾した。

 なぜなら、麻美は美奈子の生き様を知って、深い感動を覚えたからだ。



 ……自分は、能力を自分のためだけに使って、チヤホヤされて生きてきた。

 なのに、彼女は他者の苦しみを知るたびにそれを引き受け、心休まることのない戦いの日々を送ってきた。



 麻美にはサイコメトリー(残留思念を読み取る)ができないから仕方がないとはいえ、美奈子に比べて自分が恥ずかしかった。

「実はね、私……左手の指がね、うまく動かないの」

 美奈子はそう言って、茶色く変色しかけた薬指を見せてくれた。

 それは、美奈子がさっき見せてくれたビジョンで知っていた。

 彼女がかつて、可哀想な女性の命を救うために、冥界の使者と取引をしたからだ。

「今までね、私一人で頑張ってきた。けどね、体がこうなちゃったら、直接的な戦闘が必要な場面では今までのようにはいかないの。下手したら、命を落とすかもしれない」

 今まで普通の女の子ととして平穏な生活を送ってきた麻美には、にわかにはついていき難い話であった。でも、美奈子の心を知ってしまった今、痛いほど彼女の悲哀が分かる。

「無理にとは言わないわ。でも、できたらこれからの私の仕事を、つまりは人助けなんだけどね……手伝ってほしいの。そして何より、私のお友達になって欲しいの」

 麻美は、言葉では答えずに美奈子の肩を抱いた。

「……ありがと」

 背の高い麻美の胸に、美奈子は顔をうずめた。

 この時美奈子は、生まれて初めて両親以外の他人を頼った。



 防衛省本部に出頭した公安の女刑事・遠藤亜希子は、国家防衛を司るトップの面々に、いきなり美奈子と麻美を紹介した。

 当然、一同は目を丸くした後、失笑した。

「遠藤君、これは何の冗談かね!?」

 この反応をあらかじめ予想していた亜希子は、コホンと咳払いをしてから、胸ポケットに突っ込んであった書類を広げて、あきれる防衛大臣の前に突きつける。

「え~、これからこの二人のお嬢さんとともに、今回のテロ攻撃に関する攻撃作戦を遂行していただきます。皆さんは知らないからバカにしていますが……この二人のうちの一人は国家機密レベル3に該当する、AクラスのESPです。これは、CIA・MI6を始め世界中の諜報機関も認めるところです」



 あっ気にとられた石川防衛大臣のメガネが、鼻までずれた。

 その他の幕僚長たちも、驚きのあまり二の句が告げなかった。

「これは、内閣総理大臣直接の命令であり、閣議決定事項でもあります。明日の正午、この二人を腕利きのパイロットの操縦する F-15戦闘機に乗せて出撃。日本海海上にて、敵戦闘機『ベクルート』を撃墜。この子たちなら、それが可能なんです!」

 亜希子の力説に、場は静まり返った。

「ただ今を持ちまして、日本の陸・海・空のすべての軍事力は、一時的にではありますが、この二人の指揮下に入るものとします。反対する者は、正式な申し立てを内閣に対して行ってくださいっ。それもせずやみくもに反対する者は、国家反逆罪で私が逮捕しますっ」

 防衛省の制服組一同は、いきなり国家防衛の頂点に立った二人のかわいい制服女子高生を、狐にでもばかされたかのようなポカンとした顔で、見つめ続けた。

でも、彼ら以上に驚いていたのは——



 ……マジで? 私、戦闘機と戦うの!?



 美奈子と違ってこのような騒動に巻き込まれた経験の無い、麻美のほうだった。




(現在)



 航空自衛隊・入間基地、AM 5:30。

「おい、起きろ!」

 仮眠をとっていた航空総隊司令部飛行隊所属のエースパイロット・豊津和彦は、隊長の入山によって乱暴に毛布をはがされた。

「さぶっ。隊長、何するんすかぁ」

 いきなりのひどい仕打ちに、眠い目をこすりながら和彦はボヤいた。

「ばかもん。国家の一大事じゃ。シャキッとせんかい!」

 いつ聞いても、入山隊長の声は恐ろしくでかい。まさに、鬼教官の貫禄だ。



「六時間後に、防衛省から二人の女子高生がヘリでこちらに着く。今回のお前の任務は、その二人のお嬢さんを連れてF-15で当基地を離陸。日本海海上にて、ロシアの戦闘機 Su-45を協力の上撃墜すること。以上だ」

 それを聞いた和彦は、いっきに眠気が覚めた。

「えっ、Su-45っていったら、本来は存在しないはずのあの化け物みたいな性能の戦闘機でしょ? そ、それに女の子二人って、意味が分かりませんよぉ。大体、あの機体は乗れても二人っすよ?  三人なんてどうやって乗り込むんです?」

 そこで初めて、鬼教官の顔が曇った。

「う~ん、わしにもそこはようわからん。まったく、防衛省のお偉方の考えはわけが分からないが…何でも、その子たちはコクピットに乗らんでいいのじゃと」

 和彦には、ますます分からなくなった。

「それじゃあ、一体どこに乗るんです?」

「わしも聞いてみたんじゃがな、何でも『機体の上にしゃがんどく』んだってよ! 何かの冗談だといいんだがなっ!」




(11:30 AM)



 和彦がスイッチを入れると、乗り込んだ機体の後方で二基のターボ・ファンエンジンが轟音を立てて稼動した。今、その振動がビリビリと腰に伝わってくる。

 一通りの各計器の調子を確かめる。



 ……HSI(水平姿勢指示計)、HUD(索敵ヘッドアップディスプレイ)、DG(飛行方位計)、正常。



 気にするなと言われても、どうしても機体の翼に腰を下ろしておしゃべりをしている女子高生が気になった。

「君ら、本当にそこでいいの?」

 普通考えたら、発進と同時に彼女らは滑走路に放り出されてしまうはずだ。

 すると、驚いたことに和彦の頭の中に彼女らの言葉が流れ込んできた。



 ……どうぞ、おかまいなく。



 和彦は頭を振ってヘルメットをかぶり、エアを供給する酸素レギュレーターのチューブを装着した。

「へいへい。どうなっても知りませんからね」

 ゆっくりと機体を操縦し、滑走路へと進む。

 コクピットに乗らないだけでも信じられない話なのに、あの二人の子の恰好ときたら……

 学校の制服だ。

 音速の出る乗り物の背中に、スカートで乗ろうというのだから、ムチャクチャな話ではある。

 ゆっくりと操縦桿を握り、傾けてゆく。

「管制塔。こちらストライク・イーグル、コードネーム『ファイヤードラゴン』。ただ今発進します」

 ボタンを押して、上がっていたキャノピーを下ろす。

 機体をオペレートするための、すべてのシステムが完全に起ち上がった。



「発進!」



 ガクン、と機体が前のめりに揺れる。

 反動による恐ろしい負荷が、和彦の体を襲う。

 しかし、彼は動じることなく、叩き込まれた操縦手順を寸分の狂いも無く実行していた。

 これも、日頃の訓練の賜物である。

 アフターバーナーにより、火を噴く二基のエンジン。

 まさに『火竜 』の名にふさわしい雄姿が、大空に向けて飛び立った。




(12:00 PM)



 ……ひぇ~っ。


 麻美は、初めての体験に驚きの連続だった。

 家が、ビルが——

 あっという間に豆粒ほどの大きさになったかと思うと、ものの一分もしないうちに機体は雲の上であった。

 戦闘機の中に乗るどころか、機体の上と聞いてさすがに麻美も『そりゃ死ぬよ!』と思った。

 しかし、美奈子は冷静だった。

「大丈夫よ」

 F-15が本当に発進しかけた時。

 美奈子の目が赤く燃え、体中から青白い炎が上がった。



「ゼロ・グラビティ!」



 その瞬間。新幹線も真っ青になるスピードで機体が滑走路を駆け抜けた。

「ひいいいいいっ」

 しかし——

 まるで平地にでも立っているかのように、なんとも無いのだ。



 ……そっか。美奈子ちゃんの力で、私らの周りの空気だけ状態が違うのね。



 心配になった麻美は、試しに聞いてみた。

「私の分も、美奈子ちゃんが力を使ってくれてるのね。じゃあ、美奈子ちゃんの集中力が途切れちゃったら、私たち一体どうなるの?」

 突き抜けるような大空を見上げながら、美奈子は答えた。

「そりゃぁ、落ちるわよねぇ」

 事もなげにそう言ってのける。

「そそそそそんな殺生な」

 しかし、美奈子は自信に満ちた目で麻美を見つめる。

「……私を信じて」




(12:15 PM)



 音速で飛行を続けるF-15は、日本海に到達した。

 地形追随飛行に移るため、次第に高度を下げていく。

 APG-70レーダーには、まだ敵の機影らしきものは映っていない。

 和彦の耳に、レシーバーを通じて基地からの情報が聞こえてきた。

「こちら、第七管制塔。Su-45は10分前にウラジオストック上空に現れたとの報告あり。接触推定時間はおよそ5分後。なお、ロシアの哨戒機も敵機がレーダーに映らなかったとのこと。戦闘の際は、肉眼目視による直接攻撃しかない」



 ……マジかよ。そりゃまたシビアな状況で——



 そう思っていた時、和彦の頭の中に美奈子の声がした。



 ……大丈夫。私たちがサポートします。



 驚いた和彦は、相手に聞こえるかどうかは分からなかったが、とりあえず思考の中で返事をしてみた。

「こりゃ驚いた。ちゃんと振り落とされずに乗ってたとはね!」

 和彦の視界に、海岸線が見えてきた。

 和彦は、機体を数度下へ傾ける。

 フラップが動き、青い空に白く真っ直ぐなラインが、軌跡として描かれた。



 ……ご心配なく。私たちがついていれば『無敵』ですから。



 セミアクティブホーミングミサイルシステムの発射準備をしながら、和彦はちょっと笑顔になった。

「ほう。そりゃまた頼もしいことで」




 次の瞬間、目にも止まらない速さの物体が、和彦の頭上を一瞬で通り過ぎた。

「…………!」

 とっさに操縦桿を右に傾ける。

 機体をアフターバーナーで急加速させがら、左側に旋回した。

 あまりにも多用すると燃料が持たないが、後を取られて撃墜されるよりは、はるかにマシだ。



「まさか!」

 背後で嫌な音がした。

 耳を塞ぎたくなるようなあの甲高い連謝音は——

 間違いでなければ、M61A1・ガトリング砲の襲ってくる音だ。

 幾筋もの閃光が、キャノピーの上を飛び去っていく。

 あの一発にでも当たってしまえば、こちらはオシャカだ。

「君たち、大丈夫かっ」

 AIM-9・サイドワインダーミサイルを発射モードにしながら、和彦は機体上の二人の天使に思念を送った。



 ……大丈夫ですっ。それより、あの敵の後ろに回りこむことはできそうですか!?



 どうやら、二人は生きてるようだ。

 とりあえず胸をなで下ろした和彦は、早速次なる課題に取り掛かった。

「相手の動きが、早すぎるんだ。それに、あいつが近付いてくるまでこちらはまったく気付かなかった。APGにも映りやがらねぇ。肉眼で追うとなると、ちと不利だな」 



 思念で美奈子と和彦が会話している間に、恐ろしいことが起こった。

 敵機『ベクルート』は、追っ手を幻惑するための煙幕を張ってきたのだ。

 そして、これは敵のミサイルを誤った方角にミスリードする効果もある。

「『デコイ』かっ」

 F-15は煙幕を振り切るべく、一気に高度1500mまで急上昇した。

 和彦の目の前の索敵モニターが、赤く点滅して警告音を発していた。

 敵ミサイルにロックオンされたのである。

「まずいっ」

 機体を反転させようとしたが、遅かった。

 白煙を上げて、敵ミサイルは F-15 目指して突き進んでくる。



 恐ろしい風圧にさらされながら、美奈子は機体上で、腰をかがめて立ち上がった。

 スカートのひだが、信じられない速さではためいている。

「美奈子ちゃんっ」

 麻美の見守る中、恐れを知らぬ炎の戦士は念を集中させた。

 髪の毛を押さえながら、美奈子は己の火を司る精霊パワーを解放する。



「メテオ・ミサイル」



 身長の3倍はあろうかという巨大な火の塊を生み出した美奈子は——

 後方から迫り来る二基のAIM-120・空対空ミサイル目がけて射出した。

「きゃっ」

 麻美は、爆風に顔を背けた。

 とりあえず、目の前の驚異は去ったが——

 問題はあの早すぎる戦闘機に対して、どう食らいついていくかである。



「とりあえず、ありがとなっ」

 機体上の美奈子に礼を言った和彦は、即座に機体を反転させ、目視でベクルートを追った。

 索敵ディスプレイに、敵影を捉える。

 エネミーシーカーが幾つも画面上を這い回り、やがて一点で収束して、赤く点滅する。

 ついに敵をロックオンしたのだ!

 発射OKを示す甲高い電子音がコクピットに鳴り響く。



「ファイア!」



 しかし。

 祈りを込めて放ったAIM-7・スパロー赤外線誘導弾は——

 またも敵のおとり信号によってあらぬ方向に誘い出され、無力化されてしまった。

「ちっ。これじゃ勝てねぇぜ!」

 和彦は敵のロックオンから逃げるのに必死で、攻撃を加えるなどとうていおぼつかなかった。

 焦る中。美奈子の思念が静かに頭に流れ込んできた。



 ……パイロットさん。

 私が、今からあなたの目になります。

 お願いだから、私を信じて操縦してくださいっ



 F-15の真ん中に立った美奈子の髪の毛がすべて宙に逆立った。



「ワイズマンズ・サイト!(賢者の目)」



 美奈子の目が、水色に光った。

 彼女は、アメリカ国防省が誇る軍事偵察衛星『KH-4B』の監視カメラと自らの眼球をリンクさせ、衛星からの映像を捉えた。そしてそれをそのまま和彦の精神へとリンクをつなぐ。



 ……見えますかっ。それでなんとか、あの機の後をとってくださいっ



 和彦は、驚いた。

 目が蝿のような複眼でもあるかのように、あらゆる角度からの敵機と自機の位置関係が見える。

 和彦は、最小限の動きで敵機の後につける確信を得た。

「感度良好っ。ありがとなっ、やってみるさ!」



 美奈子は、優しいまなざしで麻美を見た。

「いよいよ、あなたの出番よ」

 F-15は次第に、小回りを利かせてベクルートの背後に迫りつつあった。

「……私の能力では、攻撃をあれに当てられない。一定時間を集中して捉えないといけないのに、動きが早すぎて集中力が追いつかないの」

 麻美は、ゴクリと唾を呑み込んだ。

「お願い。あなたにしか出来ないことなのよ。みんなを救ってちょうだい——」



 昨日の一日だけで、麻美は美奈子に訓練され、ESPとしての潜在能力をほぼ覚醒させていた。

 だからあと麻美に求められているのは、実践を積むこと。

 そしてそれを行うに足る動機、すなわち気持ちの問題。

 しかし。麻美は、美奈子の半生をビジョンで見た世界でたった一人の人間だった。

 どうしても美奈子を支えたいという思いには、一点の曇りもなかった。

 決心を固めた麻美は、しゃがんだ状態からスックと立ち上がった。

「私、やるよ。あれを、撃墜してみせるよ」



 和彦の思念が、機上の二人の頭に流れ込んでくる。

「あと5秒で、敵の後方1km に迫れるぞっ」

 日本のために、美奈子ちゃんのためにっ!

 麻美の瞳が、青く燃えた。

 美奈子の赤とは対照的な、冷静さを司るマリンブルー。



「クレッセント・シューター!」



 天空から、一筋の光が差した。

 その光の柱の中を、光り輝く大弓が麻美の手元まで降りてきた。

 光の粒子をまばゆく発散させるその弓を、静かに構える。

 叩きつけるような風の中で、音速のスピードに身をさらしながらも、麻美の心は、凪いだ水面のように静かだった。彼女に見えていたのは、ただ目の前の、射るべき的だけ。

 狙ったものは、何があっても外さない!

 クワッと目を開ける麻美。

「今よっ」

 同調するように、美奈子も手で練り上げた火炎球を、麻美のつがえる矢の矢じりに宿らせる。 

 麻美の声と美奈子の声が重なる。



「フレイミングバースト・アロー!」



 麻美の手元を離れた矢は、真っ直ぐにベクルートの機関部に突き刺さった。

 和彦は、確かに見た。

 敵機が大破して、その残骸がバラバラと空中に四散するのを。

 パイロットは、コクピット射出システムによって脱出したようだ。

 とにかく、東京大空襲の再来を防ぐことはできたわけだ。



「……そこのお二人さん!」

 和彦は自衛隊基地に帰路を取りながら、頭の中で美奈子たちに語りかけた。

 「防衛省のお偉方も喜んでいるよ。今通信でね、遠藤刑事があとでみんなで焼肉に行こう! って叫んでるよ」

 それを聞いて、機上の二人は笑った。

 美奈子は、F-15の翼の上にヨイショッ、と腰を下ろす。麻美も、横に並んだ。

「じゃ、今日の夜は焼肉だね」

 茶目っ気たっぷりにそう言ってから、美奈子は麻美の手の甲に、自らの手のひらを重ねてきた。

「ホント、ありがとね」



 麻美は、思い出していた。

 昨日、能力の特訓の時に美奈子が言った言葉を。



 ……私、本当はこういう大きなことに巻き込まれたくなかったから、能力を抑えてきたんだ。

 でも、やっぱり困った人を見るとじっとしていられなくて。

 今じゃもうバレバレで、世界中のある筋は私のこと知ってるんだってさ。



 そう言って苦笑していた。



 ……でも、もういいの。

 結果、それで困っている人を大勢救えることになるのなら、利用されてもいいかなって。



 その強さを、麻美は少しでも分けて欲しいと思うのであった。

 心の底から、美奈子の友達でいたいと思うのだった。



 命がけの戦闘などなかったかのように太陽はきらめき、空はどこまでも突き抜けるように青かった。

「麻美は、何頼む?」

「えっとね、ロースにカルビにミノにテッチャン、ハートにレバーに豚トロにー、あと石焼ビビンバは絶対に外せないよねぇ」

「……ちょっと麻美。アンタ、食べすぎ」

 二人は、戦闘機のウイングの上で腹を抱えて大笑いした。



 こうして、美奈子はもう一人ではなくなった。

 新しい仲間ができたのだ。

 その名は、青の戦士、麻美——。





※公安の女刑事・遠藤亜希子が登場する別作品

『落日の決闘』(短編)

『虹戦記 ~レジェンド・オブ・レインボー~』(連載)




【あとがき】

※この作品にご満足いただけましたら、以下を読まずにお帰りください。



この作品を呼んだ軍事に詳しい人から、「色々とあり得ない」とご指摘を受けました。武器の名称とその相応しい使い方、自衛隊の規則やシステム面のことなど。


その通りなのですが、これはあくまでも「ミリタリーな雰囲気を楽しむ」ために書かれた作品であり、美奈子が格好良く活躍できたら何でもいいのです。


仮にこのシリーズが出版などという事態になったら、全部調べなおして書き直すかもしれませんが、ここではとにかく「カッコいい超能力戦」を楽しんでもらえればいいと考えているので、元原稿そのままを載せています。


もしあなたがその方面に詳しく、矛盾やツッコミ所があるのが我慢ならない、という方でしたら、お目汚しをお詫びいたします。

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