五. 夢の星、踊る胸

 簡単な相談を済ませた私たちは、謎の二人が待つ場所へと戻ることにした。合流するためである。

 ミラージェン……改め、ミラと相談して決めたことだ。共に行くほうが都合が良いらしい。


「内緒話は終わりました?」

「バカ者! それは失礼だぞ!」


 私達の顔を見た一人が早速話し掛け、その返事をするまでの一瞬に、もう一人がそいつへと過激に噛み付き嗜めていた。まるで、もぐら叩きのようだ。

 少し攻撃的すぎるような気もするが、おそらくは普通に言っても聞かないタイプの人間だからだろう。そこは、なんとなくわかる。幾度となく繰り返されているのだろう。


 ……ははーん。そういう関係か、と二人のやり取りを眺めていると、ムクムクと想像力が膨らみ、様々な妄想が私の頭を支配し始める。

 次の話を書くときは、是が非でも彼らをモデルにしよう、などとろくでもないことが浮かび始めた頃、ようやく聞き慣れた声が聞こえてきた。


「お待たせです。こちらは準備オッケーです」


 今にも小競り合いを始めそうな二人を遮るように、ミラが皆に声を掛ける。私もそこで区切るように妄想を止めることにした。


「では、一緒に行くということでいいですね?」


 凶暴なほう……もとい、女性のほうがミラに近付き手を差し伸べる。握手でもするのだろうか。


「はい。そうしていただけるほうが、こちらとしても助かります」


 何やら、二人で打ち合わせがある、と言い残すと、今度は私を置き去りにして説明もせずに何処かへ歩いていった。

 姿こそかろうじで見えてはいるが、そこで話されているであろう内容まではわからない。


「あのー、置いてかれちゃいましたね」


 声を掛けられて思い出す。ああ、そういえば、もう一人いたのだった。


「ああ。……君も夢に用事が?」


 改めてその姿を確認する。やや細身で身長は百七十センチほどだろうか。特徴的なのは、その表情だ。


「僕に用事はないんです。ただ、連れがちょっと、へへ」


 ニヤニヤとしているといえばいいのだろうか。口元は耐えず緩んでいて、常に細められた目元からは感情が一切読み取れない。不快ということはないのだが、何を考えているのかがさっぱりわからないので、どう話し掛けるべきか少し躊躇してしまう。


「ああ。……君も大変だな」


 ──ははーん。そういうことか。


 一度は納得するものの、ん? と何か引っ掛かりを覚え聞き返した。何かが違う。自分と同じならば、彼が向こうへ行っていなければいけないはずだった。


「どうして君が残っている? あちらで打ち合わせがあるのではないのか?」


 てっきり“叶える側”であると思っていたが、違うのだろうか。


「どうしてって言われても、僕は流れに任せるだけですので。……ねぇ?」


 何食わぬ顔で、ニコニコとそう答える。私が一人で頭を捻っていると、それで、と今度は相手が話を切り出してきた。


「兄さんもないんでしょ?」

「はて? も、とは?」

「誤魔化さなくていいですよ。願い、望み、ないんでしょ?」


 わかっていますよ、とその目が少し開いた様に見え、その所作の違和感により、私の中でようやくこの青年が一人の登場人物なのだと認識できたような気がした。

 彼も私と同じだ。いや、ともすれば、私よりも詳しいのかもしれない。


「そういうことか」


 なるほど。それで用事がない、と言ったのか。


「すまないな。私にだって、願い、望みはある。ただ、あいにくこんな形で叶えてもらう必要がないだけなのだ」


 その私の答えに満足したのか、または、しなかったのか。青年は押し黙って、しばらくこちらを見ていた。

 やがて、口を開く。


「兄貴って呼ばせてもらっていいかな? 僕のことは月永って呼んでもらえれば」

「ああ。構わない」


 私が短く答えると、それで相手も満足そうに頷いた。それ以降は何も話さなかった。


 ◇


 現状を聞けば、頭が痛くなる。聞けば聞くほどそうなるようだ。難解である。

 前にも聞いた通りだが、今現在、ミラの夢ともう一つの夢、おそらくは月永の相方のものだろう、それが混在しているらしい。ここまではいい。


 困ったことは、そのもう一つの夢の元凶、もとい主は、大層過激な性格のようで、この世界に厄介を発生させているというのだ。

 エネミーというのだろうか、つまりは敵意を持った者を存在させているということだった。そんな者に出くわしてしまうと、言うまでもなく危険極まりない。特に先に失敗している私にはそう思えてならなかった。


「それで、私はどうしたらいい?」


 少し不安になったついでに聞いてみる。戦えといわれるのであれば、それなりの覚悟は必要なのだ。


「兄貴は僕が守ってあげるよ」

「そうか。すまんな」


 とりあえずは守ってもらえるということに安堵する。戦いの程度はわからないが、もし想像しているそれであれば、到底事足りるとは思い難い。

 当初は胡散臭いと思っていた月永も、見慣れてくれば可愛いものである。持ち前の人懐っこさがそうさせているのだろうか。


「駄目です」


 しかし、すぐに引っ張られるように、その姿が私から離されていく。引きずられながらも、当の本人は相変わらず笑っていた。

 ──前言撤回。やはり、相当に胡散臭い。


「キララ?」

「すみませんが、こちらにも事情があり、このバカに怪我をさせる訳にはいかないもので」


 月永の呼び掛けに対する答えは、私へと向けられているようだ。どこか素っ気なく説明されると、それ以上はどうにも追及もし辛く、仕方なく私は黙って首を縦に振っておくに留めた。

 彼女の名前はキララというらしい。


「そうか。それもそうだな」


 もちろん、内心では舌打ちをしていた。

 準備をしていても危険な相手がいるとは聞いていない。その点については、うちの相方はちゃんと考えているのだろうか。まさかと思うが、奴のほうも助けてもらう前提でいるのではないかと思うと、それなりに心配となってくる。


 ちらりとミラを見ると、にっこりと笑っていた。……うーむ。不安だ。

 ならばと、今度はキララを見る。


 やはり……無駄だろう。おそらくは月永に付きっきりと思われる。彼女は月永に危険が迫るとなれば、簡単に私を見放すだろう。


 どうにかならぬものかと、もう一度月永へ視線を向ける。睨んだ通り、彼はなかなか目敏いようで、こちらの意図に直ぐ気付くと、口だけで何かを伝えてくれた。


 ──うーん? なんだ? なになに? だいじょうぶ? そうか、大丈夫か。


 意外にも、一番頼りに出来そうなのは、月永かもしれない。……いや、そう思いたかっただけだった。

 ただでさえ私は疑り深い性格である。信じるのは流石にまだ厳しい。


「では、行きましょうか」


 私の不安は拭いきれぬまま、ミラの声で一同は動き始めることとなった。


 ◇


 その森はとても神秘的な場所だった。第一印象は綺麗だと、柄にもなく思ってしまったことがどこか可笑しい。


 その道中もなかなか愉快で、少し脇を見れば沢山の知らない発見がある。例えば、植物だ。

 まるで見たこともないような、複雑な構造で、触れば壊れてしまいそうな不思議な花。そして、いつか絵本で見たことがあるような、シンプルで優しい、名も知らぬ花。様々である。どこか食欲をそそるような、鮮やかな見た目の食べられそうなもの、既に見た目からして怪しそうな歪なもの。そんなものが至るところに散りばめられていた。

 ある意味、貴重な体験だろう。そして、不思議に思う。気が付けば、思いの外楽しんでいる自分に。


「わぁ!」


 その声にはっとさせられる。そうだ、今は夜なのだ。ここは夢。

 現実の時間との繋がりはないようで、さっきまでは日も出ていたし、今では日も落ちている。現実よりも短い周期ではあるが、一日もあるらしい。


「綺麗なものだ」

「良いものが見れたね」


 天を見上げれば、鮮やかに星が舞っている。まるで星が生まれる瞬間に立ち会っているかのようだ。

 天空で繰り広げられているその荘厳な光景を前に、一同は思わず息をするのも忘れるように立ち止まる。そう、動けなかったのだ。そして、星星が次々と流れていく様子に、ふと思う。


 ──今なら願い事が叶うかもしれない。


 もちろん、口には出さないが。


「あ、笑いましたね!」

「意外だな。少し見直したよ」

「もう少しゆっくりしていっても構わないよー」


 気がつけば、三人が私を見て笑っていた。それに気付かないくらいには見蕩れていたらしい。何か言い返すかを考えるが、すぐに考えを改める。こういう日があったっていいんだ、と。

 受け入れると、再び天を見上げて目を閉じる。なんとなく悔しいので、返事はしないでおくことにしよう。


 ◇


 結局、しばらくその場所に留まることに決まった。皆で腰を下ろすと、それぞれが簡単な自己紹介などを済ませる。

 細目の男性が、月永。少しきつめの女性が雲母というらしい。


「兄貴には伝えてあったけどね」

「……なんで兄貴なんだ?」


 雲母が目を細めながら、月永に問い詰める。確かに突然ではあるなぁ、とは思っていたことだ。

 結局、私は気にしないことにしたのだ。夢の中でまで目くじらを立てるほどのことではない。


「さあ? そう思ったからだよ」


 ……理由はないらしい。図らずとも聞こえてきた言葉に苦笑してみせる。隣では雲母が同様の反応を見せていた。

 月永はそれを見て笑う。


「では、私はなんと呼べばいいのだ?」


 目が合った折に、すらりと彼女が私に問い掛けた。まさか話し掛けられるとも思っていなかったために少し驚いた。どことなく避けられていると感じていたのである。


「好きにすればいい」


 少し考えて、そう答えることにした。

 ここで変な呼び名を名乗るわけにもいかないだろうし、知らずの者に本名で呼ばれるのも好きでない。そういう意味では、兄貴、と呼ばれるのは有難いのかもしれない。

 そう考えながら、月永に目を向けると、何やら手でサインを送ってきていた。それを見て、まさかな、と思う。彼は私が名前で呼ばれるのを嫌っているのを察していたのだろうか。


「……兄さん、と呼んでくれ」

「……」


 何気なくそう言ったつもりなのだが、誰も返事をしない。


「……変な意味でなく」


 間に耐えきれず、そう付け足した。……もちろん、変な意味でなく。


「……スイ」


 すこしの沈黙の後に、雲母が何かを囁いた。


「スイ?」


 どういうことかわからずに聞き返す。へぇ、と月永とミラが頷いていた。


「どことなく、水を連想させる。だからスイ。それでいい」


 ──水……スイ。なるほど。そういうことか。


「わかった。それでいい」


 確かに、兄さんよりはずっといい。


「皆さん、楽しい冒険になりそうですね!」


 各々の呼び名も決まったところで、ミラが手をパンッと叩く。無事話も纏まったことだ。そろそろ出発すると言うのだろう。

 探し物が見つかればいい。意外にもそう思う自分に驚いたのだった。こんなに前向きなのは、いつ以来だろうか。

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