第9話セリアの予定


「今日はセリアにしようと思って」


「そうでしょうね、キムさん。気が付いてますか? 」

セリアに行くときの顔が違うって」


「え! 」「ハハハハハハ」

今日は仕事が順調で、他の部署もなんのトラブルもなかったために

楽しい雰囲気だ。


「私どんな顔してるの? 」


「セリアの時は夢見る少女、ダイソーの時は「行くぞ!」って乗り込む感じ。キャンドウの時は秘密の宝探しに行く見たい! 」


「それで毎回何処に行くか聞いていたの? 」


「私人間ウオッチング大好きなんです! 金さんのヒャッキンと同じくらい」


「参りました・・・・・」


「じゃあ私、今日はキムさんの代わりにダイソーに行きます」


「ハハハハハ」「フフフ」


ヒャッキンのセリア(本当はアルファベット)は基本的に「おしゃれ」だ。置いてあるものほとんどが小洒落ている。陶器、プラスチック容器、手芸用品、ほかのところとはちょっと違う。

以前ちゃんとした喫茶店でコーヒーを頼むときについてくる、牛乳が少量入ったいれもの「ミルクピッチャー」が欲しくてたまらず探し回ったことがある。


「そんなに使うものではないから高いものはいらないし」

と思って陶器店などを見てもやはり「それなり」にするのだ。小さなものを正確に作るのだから難しいとは思う。そうして一か月程過ぎた頃


「え! セリアに! 」


ということとなった。これも思い出深い一品だ。


それを購入した店舗、私が良く行っているセリアはとても洒落た造りになっている。一方がガラス張りなので、照明を少し暗くしてちょっと高級感が漂う。見えるところには木の棚、そこに小さな天然素材のかごなどが置いてあって、大きな雑貨店の様だ。だから本当にお客さんが多い。駐車場はいつも満杯なので、私は定期の途中下車を利用していくことにしている。


「そうか・・・夢見る少女ね・・・」


とっても楽しい気分で会社を出て、冬場は暗くて通らないが、人気の少ない路地を明るい季節なので行くことにした。一本でも早い電車の乗ってセリアにいきたかったからだ。そして切なる願いもあった。


「ああ、セリアのタティングシャトルが欲しいな・・・透明でおしゃれなやつ・・・でもこの前なかったものな・・・」


ちょっと暗い気持になりかけた時に見たものに、私は背筋の凍る気がした。

例の男性が路地の入口に立っているのだ。


「こいつ・・・」と心の中では思ったがそこは女なのか


「お珍しいですね、ここから帰られるんですか? 」

いかにも営業スマイルをした私に


「いやね、もうちょっとレースの編み方をキチンと教えてもらいたいと思って。娘のためにも」


「だったら早く帰ってやればいいものを・・・・」


口に出せない思いが私の体を包んだが、相手は娘の事などどうでもよいと言わんばかりの強い目つき、彼にとってみれば「今日」で勝負を付けようとでも思っているのだろう。

私としては大誤算だった、お見合いを断ったことが彼に伝わっていると予想したのだ。そうすれば私に対する興味など、風のように消え失せてしまう、そのはずだった。


「パワハラ、セクハラ」


彼の場合はたとえそうであっても、会社にとってはとても大きなドル箱で、彼自身

「辞めさせられるわけがない」

とタカをくくっている。

しかもこれが社内一の美人であったら「男から言い寄った」で片付くだろうが、私の場合、いくら違うと言っても「女のほうから言い寄られた」と本人が強く言えばそれまでだ。真実を叫んだところでその点の根回しは彼にはお手の物だろう、左遷もそう言えばもうすぐしたら解けるらしい。しかし数か月後の予定と聞く。


「そうか、単身赴任中の最後の想い出にでもしようと思っているのか」


仕方がない、こうするしかなかった。心の中では本当にごめんねと何度も謝りながら


「すいません、私これから行くところがあるんです」

「セリアだろう」

「いえいえ、それが急にさっちゃんに会うことになって、そのプレゼントを買いに行きたいんです」


私は彼が固まったような、一瞬にして体温が急に下がったような姿を始めて見た。動画にでも撮りたい気分だったが、私は勝ち誇ったようにこう告げた。


「それでは失礼します」


足早に路地を抜け、彼からかなり離れた所で、服の埃を払う動作を何度も繰り返した。そして駅とは反対の方向にある、とても小さなお社に行き、賽銭箱に百八円を入れて拝んだ。


「すいません、すいません、かわいい赤ちゃんをこんなことに使ってしまって。ごめんなさいさっちゃん、どうか悪いことがさっちゃんに起きませんように」


しばらく私は頭を下げていた。


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