第4話この生活の始まり
「さてと、木工用ボンドで中心部を固めて、完成!!! 」
四葉の花の、一人でたのしく完成式をした。
「思った以上に上品・・・ああ・・・いいなあ・・・やっぱり本を買うべきだったかな」
数日前の事だった。タティングレースを始めて手芸店にも通うようになった。もっと色々な糸を見たいと思ったからだ。するとなんとタティングレースの本がある、しかも半額になっている。
「ああ、いいなあ。いま図書館から本を借りているけど、タティングレースはそれ一冊しかなかったものな、でも・・・二冊あるか・・・まあ、もうちょっと考えて」
と思ったのが運の尽きだったのかもしれない。ダイソーは日本全国、世界にまで広がっているのに、私のような人間が何故多くいると考えなかったのだろうか、若さゆえのものだったのだろうか。一週間後に行くと
「本がない・・・しかも他の種類の本まで・・・」
手芸店の本なので、新品同様なのだ。人間の考えることは大体似通っている。
「本があったら楽しかっただろうけれど、まあいいか!
あーあー! 楽しかった! たった二百円でどれだけ楽しめたんだろう! ありがとう! 」
と一人で部屋で大の字になった。今ではヒャッキングッズで色々作る本は出ている。私はそうではなくて、ヒャッキンを「楽しむ」ことに重点を置いている。
つまり百円で買ったものが、自分にとって「百円以上の価値」があることが大切な事なのだ。
そして私が持っているヒャッキン史上もっとも大切なもの。わたしの人生命さえも救ってくれたものがある。
大学四年生のクリスマスだった。私は一人ぼんやりと町を歩いていた。一緒に過ごす人もなく、下宿先から実家に戻る気もさらさらなかった。でも下宿に一人いたら、何かを自分がやりそうで怖くて外に出ようと思った。その時に自分の胸にあったのは
「死んではだめだ」
という呪文のように繰り返された言葉だった。
「死んではだめだ、死んではだめだ、ここで私が死んだら、私は楽になるかもしれないけれど、あの人のこれからの人生を、さらにめちゃくちゃにしてしまう」
そのことだけが頭をよぎって心が締め付けられた。内定している会社のことも、これからの社会人生活も、何も考えられなかった。私の中にあったのはそのことだけで、これから先もずっとそうしていかなければならないと、かみしめるように考えていた。
そして、クリスマスの飾り付けが外されようとしているヒャッキンに、逃げるように入った。
明るすぎるほど明るい店内は、私の心とは全く裏腹だったけれど、
「普通に生活している人」が楽し気にしているのを見ている方が、まだ救いになると思った。そして、実際にそうだった。家族連れ、年配の夫婦、自分にはもう断たれたような道だったけれど、
「人の幸福を願える人間」
そうなりたいと思っていた、ある人のように。
そして目的もなくウロウロしている私は一つの商品に驚いた。小さな箱に入ったクリスマスのオーナメント、木の人形が二体、見慣れた円い頭に簡単に色付けされた目と口、でも他の部分が違った。
「何? これ、藁で編んでるの? 」
人形のスカートの部分が編みこんであるのだ。もちろん何の種類の植物を使っているかまではわからない。しかし、細めの毛糸くらいの太さでその繊維を互い違いに編んでいる。
「これは日本の製品ではない、こんなに手のかかることを」
どれだけの労力がかかるのだろう、しかもそうやって編み込んだものをさらにスカートとして巻き付けて。何個か全く同じ商品があったが、やはりきれい編まれて、いや織られているものとそうでないものがあった。私は悪いとは思ったが、美しいものを選んで、急いで下宿に帰った。部屋の一番見えるところに飾って、そこでもまじまじと見た。頭に浮かんだのは同じことだった。
「どれだけの時間がかかって、それなのに百円か・・・」
今考えれば、もともと百円ではなかったのかもしれない、品質のばらつきのために売れ残り、処分先としてヒャッキンに来たのかもしれないが、その時はそう思えなかった。
「私は、贅沢よね、これだけのことをして、少ししかお金がもらえない人が世界にはたくさん、たくさんいるのに。このことは個人の力では簡単に解決できないことだわ、でも私のことは違う、私が解決できることだった、それなのにできなかったのだから・・・私がいけないのだから・・・」
あふれる涙を流しても、時間はもとには戻らないけれど、この小さなオーナメントを見てから、私は心を随分平成に保てるようになった。
だから毎年、クリスマスにはこのオーナメントを「拝んでいる自分」がいる。
これが最初だった。そうして仕事も始まり、ヒャッキンに足しげく通うようになった。
「さあ、行こうかな、今日はダイソー、もう一個買わなきゃ」
同じものが家にあるのだが、私はきっとダイソーの戦略に
「まんまとはまっている」のかもしれない。
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