第2話糸のパズル
子供の頃変わったことに熱中したことがある。それは
「弟が絡ませた凧の糸を一本に戻すこと」だ。
その日は強風だった。空に揚がるまでは時間がかかったが、一度揚がると、どんどん上の方まで行き、しまいにはタコ糸が全部出きってしまった。
「飛んでいったら電線に引っかかってしまうわ」
とちょっと姉らしく言ってみて、弟の友達たちと躍起になって凧を回収し始めた。しかし、強風にあおられていたせいか、糸はぐちゃぐちゃに絡まり、
「あーあー、これ捨てなきゃだめだな」
と誰かが言った。
「大丈夫よ、もとは一本の糸なんだから」
「無理だよ、こんだけぐちゃぐちゃなんだから」
「だってまっすぐ引っ張っただけなんだから」
「絶対に無理だって」
という押し問答のあと、結局子供にありがちな
「じゃあ、やってみせてよ」
「わかった」
で、やることになってしまった。
しかしこれが「しぶしぶ」では全くなかったのだ。私はどちらかと言うとパズルが大好きな子供だった。ゲームもほとんどがそればかりで、不思議とロールプレイングや、何かを作るゲームには興味がなかった。そして小学校も高学年、多分六年生だったと思うが、少しずつ「論理的な思考」をし始めていた。
「すべては一本だ、結んでいるように見えるけれど、これは違うはず、くぐらせているわけではない」この年では多分女の子の方が大人だと思う。
自分の部屋に持って帰り、黙々とやり始めた。
「いつまでやっているの!! 」
深夜、自分の部屋の電気をつけていたから親から怒られた。それでもやりたくて、机のライトなら部屋の外に漏れないと確認してやり続けた。三日かかったろうか、糸の撚りが少々外れ、危うく細い一本になっているのを切らないようにしながら、それは完全に元に戻った。
「戻った・・・本当に一本だ! でも使えないだろうな、糸が弱くなってしまっている」悲しいけれど自分でもわかった
「そんなことに時間をかけて、ばかみたい」
親も兄弟も何も褒めてはくれなかったけれど、しかし私には収穫がたくさんあった。
「風の力でこんなに糸が絡まって、結ばれたようになるなんて面白いな」
糸のほとんどが一本だけでできていないことを、撚って作られていることを改めて確認できたことでもあった。
「あの時の凧よりも簡単なはずなんだけれど」
自嘲があまりにも度重なって来ていたが、それはそれで救い、というのか自己弁護なのか、心理学者がこういうのを聞いたことがある。
「すべてにおいて効率よくやっていることは、精神にはよくないことなんです。「自分はどうしてこんなに非効率的な事をしているんだろう」ということを、一方ではした方がいいんです」
私は会社員だ、ごく一般的な。だとしたら効率的なことは「仕事」でやらなければならない、給料をもらっているのだから。そして一般的な仕事においても、効率の良い仕事、つまり「速さ」はやはり良いものだ。
「過ぎたるは猶及ばざるが如し」とは言うが、「迅速、丁寧」は職人さんでも理想とする所だろう。
「タティングレースは趣味として、楽しんでやっているのだから」
糸のパズルに数日頭を悩ませても、それは楽しい時間つぶしだ。
そう言えば大学の授業で習った。孔子の論語の中に「何もしないというのは良くない。とにかく将棋でもいいからやった方がよい」という言葉があって
「孔子も二千年後、日本で棋士が職業になって、高額所得者になるとは考えてなかったでしょうね」教授も笑っていた。
そんなことを思い出していると、私は少し強く目をつぶって独り言を言った。
「これから後のことは考えないようにしよう、さあ、楽しもう、生きるために、私は生きなきゃいけないのだから」
そう思うと
「あれ? これできてるみたい」
シャトルにつながった糸に結び目が出来ている。そうすると結び目はすいすいと糸の上をスライドする、こうならなければいけないのだ。
「成功した! でもどうして? 」
この成功は案の定「偶然」で、もう一目編んでみると糸は固まったように動かなくなった。これも「糸のパズル」だ。一度でも間違うと駄目になってしまう。
「いつかこのシャトルの角が折れたりして」
シャトルの角は「間違ったところをほどくため」にある部分で、機能美の一つだと改めて感心する私もいる。
「とにかく偶然を解明しなければ」
でも喜ばしいことに偶然の数は少しずつ増えていった。
完全決着まではもう少しだと、きっとすごく微笑んでいたと思う。
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