一日一個百八円

@nakamichiko

第一章今の現実

第1話実録 タティングレース



「えーっと・・・どういうこと? 結び目を移すって・・・わからないなあ・・・・」


 通勤の電車の中、家同様に叫ぶわけにはいかない。

地方都市の小さな鉄道で、更に人の流れと逆行できる喜びを私は

「かみしめるために」やれると思ったことだった。

横並びのベルベット調の椅子に座って、何度も間違って糸をほどいている姿を、通学の高校生は笑っているだろう。だけど、私も大学を卒業して八年、多少大人になっているので、きっとしばらくしたら彼らも


「あの女の人・・・ちょっと前までは失敗してばかりだったけど、今はすいすい編んでるよね」


と思わせることができると確信はある、かなりの確率で。


私はぴょこっと角が出た手のひらサイズの楕円形のもの、その中に糸が巻かれてある、ピンクの「タティングシャトル」を、角の向きを考えながら持ち直した。

「いつになったら、職場の人に「できた」と言えるのかしら・・・」

一方ですこしため息をつきながら。



 タティングレースというのは普通のレース針とは違って、タティングシャトルと呼ばれる、機織りの機械の「杼(ひ)」と同じ形のものを使う。シャトルはまさに杼の事。それを行ったり来たりさせながら、一本の糸を絡ませることによって、モチーフを作っていく。


「タティングシャトル? これもダイソーにあるの!!! 三個で百円! すごい! 」


見つけて半年以上になるとは思う。タティングレースという案外新しいレース編みの存在を、たまたま知っていた。私はものすごく手芸が好きかと言われたら、そうでもない。故に即やりたいと思ったわけではなかったから、この発見となったわけだ。しかしとにかく見つけた以上は義務がある、

何故なら「一日一善」ならぬ、私が私自身に課したものは


「一日一個 百八円」


なのだ。

だがやはり仕事をしている身、丁度その時はとても忙しくて

「レースを編む気分」にはなれなかった。それがやっと一段落したので休みの前日、二日分の日課としてこのシャトルと、色を散々迷い「汚れが目立ちにくいかな」と思って白を避け「赤」のレース糸を買った。二百十六円、任務完了だ。

そして編み始めたが、さっそく壁にぶつかった。


「何? 目を移す? 移さないと絞れない? 」


まずは説明書通りにやってみたが、全くできない。

「ユーチューブに動画がある? 」

ダイソーがちゃんとアップしていて、同じヒャッキンのセリアもそうしている。

見て見たが、それでもよくわからない。

 

私はとにかく「やってみよう」と編み始めた。「目を移す」ことがわからないままに。それが一週間前のことで、もし電車の高校生たちが、私のことをスマホを見ずに毎日観察していたとすれば


「昨日は・・・たどたどしく編んでいたけど・・・だいぶん編めるようになってる、あの人」

そして次の日

「凄い、すいすい編んでるじゃない・・・フーン・・・」

そしてさらに次の日


「え? なんでほどいているの? 案外編めていたのに・・・全く最初に逆戻りじゃない」


私のいい加減な性格と、やってみたがりと、何となくずるくもなって帳尻を合わせることがその場ではできたとしても、結果は、


「ああ・・・・・やっぱり最初からやり直さなきゃ・・・・・」


しかし失敗は成功の基、ユーチューブでいとも簡単にやっているのだからやれないはずはない。

諦めが悪いのも私の性格の一つだ、良きにせよ悪きにせよ。


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