第5話

 おっさんは入室するや否やおもむろに地面に手を付き鼻息を荒くして気合を入れた。するとそこから謎の文字が広がり陣を組み始める。そして外の環が回り始めると眩く光を放ってボフンッと大きな音と共にソファが現れた。それを少し離れた床にも行い対面して座れる様にする。


「かけたまえ。」


 そのまま上座側におっさんが座るとその左右にレティとラティが腰掛け、相対する様にエレニアが座る。俺も続く様にしてエレニアの横に座りおっさんが口を開くのを待った。


「さて。この度はうちのラティが貴殿に多大なる迷惑を被ったと言う事でまずは一言。当部署を代表して深く謝罪を申し上げたい。」


 頭頂部どころか首根っこが見えるほど深々と頭を下げたおっさんはこちらの許しが出るまで不動の姿勢を保つ。


「いや、さして気にする程でもない。付いた名前以外は。」


 この際顔の件は彼らに言ってもどうしようもない為触れないでおきつつ、おっさんを許す形を取る。というかおっさんは別に悪くはない。悪いのはあの神だ。


「寛大な御心感謝致す。……だがそれを除いても問題は多いのだ。例えば現在オーガ殿(仮)はラティの息子にあたる訳だが聞けば住処が無いとの事。となると必然的に住所は彼女らと同一である必要が出てくる。しかしだ。幾ら彼女達が魔法生命体マギノイドとは言え年の差も無くましてや会って間もない者と同居は苦しかろう。」


「……どこから突っ込んで聞けばいいのか分からんがとりあえず宿を借りて生活すると言うのは不可能なのか⁇」


「可能だがオーガ殿(仮)。失礼ながら路銀はお持ちで⁇」


「……ない。」


 そうだ。この手の話は何かしら拠点が必要となるがその為の金も無ければコネもない。王道RPG風なら『おお、召喚に応じた異界の勇者よ‼︎此度は是非とも魔王からの侵略を防ぎ世界を平和にして頂きたい‼︎』とか何とか言われて最低限の装備と宿代、後薬草購入費位は準備してくれるが……。俺の召喚は荒野に落とされしかも身元不明で投獄までされた身。明日の食事すらままならないなら如何様にして生活すべきか……。


「まぁラティは迷惑をかけた償いとして暫く面倒を見ると言っているのだが。レティは許してはおらぬ。」


「肯定。独り立ち出来るまで償う必要があるとラティは提案します。」


「否定。私達の職務時間外は機密性の高い状態を維持する必要があるとレティは意見します。」


「……と言った感じでな。そこでオーガ殿(仮)にどの様にしたいか、それに見合った補填も考えたい為この場を設けさせて頂いた。」


 つまりはどういう事だ⁇側からみればこちらに悪い条件は無さそうだが。だがそれなら慰謝料として一定の金額を提示すれば良い話ではあるが。真の狙いが見えない……。


「失礼ながら。この様な場合金銭で解決すると思うが。」


「……そう話は簡単にはならない。この件は意外と面倒でな、わかりやすく言えば金では信用を取り返せないからだ。」


「⁇」


 どういう事だ⁇信用なら既に沢山得ている筈。都の全ての住人を管理している機関なら支持率が高いだろうに。


「我々の職務は一つとしてミスは許されない。それ一つで相手の経歴を詐称させる事になりそれはつまり犯罪の肩入れを行なっている事になる。そうなれば民に不信感が生まれそれは徐々に街を蝕み、やがて我々の信頼を失墜させるまで追い込む事になる。となると民の管理が出来ずに最悪個人情報が流出し悪用されるだろう。」


「成る程。しかし個人情報が流出した所で実害は無いと思うが……。」


 実際この都では名前を騙って取引しようにもその様な事を行える環境が無ければそもそも利が無い。個人の家を特定した所で門を潜れるのは正規の家主家族のみでそれ以外の人は必ず家主家族と同伴しなければ中に入れない。改竄する手立てがあるなら現に行われているだろうからそもそも状況は変わらないと思う。


「確かに。これが小さな町や他の都ならばさしたる問題ではなかっただろう。だが、ここは荒野の都。最も繁栄しているこの場所に登録されている現存する人物達への個人情報は億を超えている。この数になると些細な問題も一晩で山の様に積み上がる。それらを未然に防ぐ為には何としても守らなければならない。」


 要するに個人情報が全て管理されている事自体が犯罪の抑止力となっているらしい。それならば信用を失いたくない理由はわかる。日に日に増えていく処理に追われるのは誰でも嫌だろう。それが俺が元々居た世界の様に魔法なんて存在しない所ならともかく、何もない場所に現象を起こせる異世界なら尚の事。


「……そうすると難しいな。どの様な姿勢が1番良いのだろうか。」


「うむ。何かしら理由があればいいのだが。」


 室内に沈黙が流れる。さて、本当にどうしたものか。名もなき強面の男を養子にした理由。


「……入り用の用心棒としてラティさんが雇った。有事に対応する為に新たに名を与えて養子とした。ではダメか⁇」


「……そんなややこしい事情でいけるはずが……ん⁇用心棒⁇……それで良いのでは⁇」


「生活は付近の宿を貸して貰えれば良い。それなら金銭での解決になるだろう。後は用心棒としての能力が必要だから冒険者にでもして貰えれば資金調達も自ずと出来るようになる。」


「有りだな。どうだ、ラティレティ。」


「賛同。それ以上の良案はありません。」


「同上。レティも問題無いと判断します。」


「決まったな。ではオーガ殿。これをもって2人の用心棒として活躍してもらうと共に冒険者組合への登録を行う。よろしく頼むぞ。」


 何となく提案した事があっさりと通ってしまった事に唖然としたとか言えない。え、理由簡単過ぎないかこれ⁇というかこのおっさん最後面倒だしって声に出さなかったけど言った気がするが⁈名前も名乗ってないし割と適当な理由でも良かったのではないのかこれ⁈


 かくして、俺は用心棒兼冒険者としてこの都に居座る事になった。しばらくは。

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俺の顔が怖すぎて戦えない件 水月火陽 @syd

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