第4話

 詰問所から歩く事数分。無愛想かつ高圧的な歩き方で先導する彼女のお陰か皆道を空けてくれる分歩きやすい署内を案内される事も無く到着した登録部署は、元の世界だと市役所的な雰囲気だった。


「手が空いてる子借りていいかしら⁇」


『あー、はいはい。身元確認ね。じゃあラティ。レティに仕事任せて行ってきて。』


「把握。畏まりました。レティ。任せたわ。」


「把握。ラティ。任せられたわ。」


 職員に指名された女性……ラティは瓜二つの顔を持つレティに声をかけた後俺たちを誘導する。


 案内された部屋には大きめな机と四角に切り取られた石版、そして石版から繋がる様に伸びた謎の文字とその先には魔法陣が描かれており、緑とも青とも取れる光を僅かに放っていた。


「到着。それではまずは登録情報の照会を行います。この石版に右手を乗せてください。」


 表情を変える事無く淡々と説明するラティに従い、俺は右手を乗せて待機する。すると僅かに放っていた光が強まり、魔法陣の外側の環が回り始めた。


「照合。登録情報……該当無し。失礼ですが過去に何処かで登録された記憶は⁇また、罪を犯した記憶はございますか⁇」


「いや、それが記憶が無くてな。気がついたら荒野に居たんだ。」


「把握。抹消履歴を照合。……該当無し。エレニア、この方は未登録者です。」


 ラティの言葉を聞いて小さく頷いた詰問官……エレニアは僅かに安心した雰囲気を出しつつそのままラティの方へと移動する。


「分かった。ならばこの場で彼の身分登録は可能か⁇」


「肯定。本日の登録予定はこれより存在しない為可能。それでは登録を行います。お名前を。」


「名前……すまない、名前も覚えて居ない。何か良い名があれば付けて欲しい。」


 出来れば雰囲気に合った良い感じの名前を‼︎と願いながら2人を見る。すると困惑したエレニアはラティの方を向くがラティも同様にエレニアを見つめている。


「わ、私は無理だぞ⁇そんな大役任せられる訳にはいかない。」


「同調。私もその様な事を行う訳にはいきません。私もエレニアも未婚。されど名をつけるとなると経歴に矛盾が生じます。」


「……⁇単に名前を付けてくれと頼んでいるだけだが。」


 何故か名前をつけたがらない2人は互いに目を見て溜め息をつく。そして諦めた雰囲気でエレニアは口を開いた。


「記憶のない貴様だ。教えてやろう。この都……いや、この国では名をつけた者が親として登録される。もし私かラティが名前をつけたとなれば私達のどちらかは未婚のまま貴様を育てた事になる。しかも年も対して離れていない。もし仮に行えば幼少期の不貞を疑われかねないのだよ。」


「肯定。更に言えばラティは人ではありません。私が母となればそれだけで世間は困惑する事になるでしょう。」


 成る程。それは困る。この2人を母として扱うにしては若すぎる。というかそれはなんか恥ずかしい。となると自分で考えるしかないのか。


「ならば俺が自分でつければ良いか。……良い名があれば良いが。」


 とりあえず身の丈に合った名前を。次郎とかそんな感じで考えるとしよう。けど折角の異世界。横文字の方が良いよな。ゲームでつけるみたいな。


「ふむ。そうだな……ラティ、何か案はあるか⁇」


「逡巡。……彼の印象を元に知識から引用。……検索中。」


 どうやら2人共案は出してくれようとしてるらしい。それだけでもありがたい事である。しかし俺が普段ゲームで付けてた名前とか……適当な文字列だったりアニメのキャラばっかりだからなんかしっかり来ない。どうせならオリジナリティある感じやある程度は名前で舐められない方が良いよな。


「どうだ、ラティさん。良いのがあったか⁇」


「……検索中。……検索中。」


 上の空でそう呟くラティを待つ事数分。そろそろ右手を一度離したい気がしなくもないが俺の名前で悩んでくれている2人に離して良いかを聞くのはどこか申し訳無くてそのままでいると、何処か誇らしげな雰囲気を出したラティがこちらを見て頷いた。


「完了。記憶の中から一件。彼に相応しい名があります。」


「ほう。どんな名前か聞こう。」


「提案。貴方の名前はオーガ。オーガなど如何でしょうか⁇」


「はい⁇」


 いやいやいや、何処が印象から見て決めてるんだよ‼︎明らかに俺の容姿は鬼族みたいな強さはないぞ⁇流石に斜め上過ぎた提案に断りをいれようとした時。エレニアが何かに気付いたのか顔を青くしてラティに近づいた。


「ま、待ってラティ。貴方そういや彼に右手離しておいてと言った⁇」


「……‼︎‼︎照合。……該当発言無し。こ、これは。」


 慌てて魔法陣を見た2人につられて俺も見ると、魔法陣から目を瞑りたくなる程の眩い光が溢れ慌てて目を隠す。その後光が落ち着いた頃に手をどかして魔法陣を見るとそこにはカード型の身分証があらわれており、親の所にしっかりと【母:ラティ】と刻まれていた。


「あわわ、ら、ラティ。これどうしよう。えーっと、発行ミスによる再登録って出来たかしら⁇」


「けっ、検索。照合中。……該当有。但し一年後の更新時、又は両親の死亡による更新時のみ。……私としたことが。」


「これはまずいわ。えぇと。どうすれば……。」


 慌てふためく2人を横目に見ながら俺はふと、発行された身分証を手に取りある部分を見る。そしてそれを見た俺は口をあんぐり開け思わず叫んでしまった。


「なっ……なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁ⁈⁈」


「っ……失態。ごめんなさい。私の軽率なミスで貴方の母としてラティが登録され……」


「違う‼︎それはどうでもいい‼︎‼︎いや、良くないけど‼︎それよりも、顔‼︎‼︎‼︎なにこれ⁈⁈北◯の拳に出てくるザコより厳ついんだけど⁈⁈」


 そう。身分証には当然ながら顔も登録される。それを見た俺は絶叫し、同時にオーガと名付けられた理由を理解。そして空を睨みあのちぐはぐで適当な神に向かい叫んだ。


「くそったれの自称神が‼︎‼︎お前自分の顔が厳ついからって転生した俺まで厳つくするとかもっとそんな事に力使ってるならマシな場所でマシな能力付けやがれ‼︎‼︎」


「っ……。な、何を言ってるのか良くわからないけど落ち着け……‼︎その、なんだ。貴様の顔で怒り散らしてると、流石の私でも怖い……。」


 俺が空に向かって前世から数えても初めてのブチギレをかましてると、先程まで慌てふためきながらも高圧的な姿勢を保っていたエレニアが半泣きになりながらラティと抱き合ってこちらを見ていた。同様にラティも表情は変えないながらも体は震え目を瞑りながらエレニアにしがみついていた。それを見た俺はハッとして怒りを収めようとしたが、収め方が良くわからず怒気混じりに謝った。


「くそっ……‼︎いや、すまない、唯一記憶にある奴に対し怒りがこみ上げてきて……‼︎‼︎」


「わ、分かった。とりあえず私達に怒ってないのは分かったから。えーっと、ラティ。ここはわに任せて、事情を署長に伝えてくれ。」


「っ……把握。し、失礼します……。」


 急ぎ足で部屋を離れたラティを見送ったエレニアは俺から距離を取りつつ息を整えてこちらを向く。


「その、なんだ。こちらの不手際でこの様な事になったのは事実だ。本当にすまない事をした。」


「……ああ、その事は別に気にしてない。むしろ、そっちの方が色々大変になるのだろう⁇」


「まぁ、な。だが事情が事情だ。来年の更新の際には親子関係は取り消せるし登録手違いが生じたとだけ言ってくれれば良い。」


「そうか。その様に言っておこう。」


 その後沈黙してしまったエレニアを見ると僅かに震えが止まっていない。余程怖かったのだろう。普通ならここで声をかけてあげるべきだろうが原因は俺である。流石にこれ以上ビビらせる訳にはいかない。結局、ラティが署長を連れてくるまで沈黙したまま待つ事になった俺は壁に寄りかかったまま天井を眺める事数十分。相変わらず無表情なラティと何故か瓜二つなレティ。そして小柄だが険しい表情をしたおっさんが入ってきた。

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