第3話

 えー。あれから無事身柄を確保、拘束された俺は街の中に入る事は出来ずこの巨大な壁の中。正しく言えば検問を行なっていた外来用の門にある衛兵が出入りする為の扉から入った先の不審者幽閉用の牢屋に収監されている。ちなみに独房かつ中は広く、カビ臭いのと気が狂った不審者達の喧騒を除けば割と快適な空間である。とは言えこのままでは街に入れないどころかあの荒野に返される可能性がある。ここは1つ、知恵を絞って乗り切るしかない。何か良い策はないか……⁈


『さてと、やっと外の検問が終わった。相変わらず暑いな荒野は。』


『ああ。さっさと中で詰問する立場になりたいものだ。』


 暫くすると先程の衛兵2人組が中に壁の中に入ってきた。気怠げに話しながら帰ってきた彼らの声を聞いてか他の独房からの喧騒が一層強くなる。


『おいコラァッ‼︎テメェらはよここから出しやがれ‼︎』


『呑気に話しながら来やがって‼︎テメェらタダじゃすまねぇからな‼︎‼︎』


 なんとも柄の悪い声が飛び交う中むしろその様子を見て衛兵達はニヤニヤとしながら見回り始める。


『はっ、違反者どもが騒いでるぞ。なぁ、こいつら見覚えあるか⁇』


『さぁな⁇まぁただ煩い奴らは縛って荒野に捨てても良いんじゃないか⁇肥料にはなるだろうよ。』


 うわぁ。独房の奴らも奴らだけど衛兵も衛兵で荒くれてるな。まぁ良い。下手に騒ぎ立てて心象を悪くするより静かにしつつ街へ入る方法を考えよう。

 そんな感じで傍観を決めることにした俺だがニヤニヤとした顔を隠さずに見回る衛兵達はふと、ふと、騒ぎ立ててない俺の独房の前で立ち止まり怪訝な表情を見せる。


「……おい、お前。お前は周りの奴らと違って静かだな。」


「ん、ああ。騒いだところで状況は変わらんからな。」


「へぇ。立場をわきまえてやがる。他の奴らも見習って欲しいものだ。」


 少しだけ、目つきを鋭くしながらこちらを見た2人はそれ以上は興味がないとばかりに俺の独房を離れ再び野次に対して煽り返しつつ街中へと消えていった。


 とりあえずどの様にここを出るか。そればかりを考えていた俺はふと、あの2人の会話を思い出す。


(詰問されるタイミングがあると言ってたな。その時に何か身元が分からない理由があればもしかしたら……。)


 それならば、むしろこの街で身元を登録する事が出来るかもしれない。というかそもそもを考えると身元はどこで登録されるのだろうか。生まれてすぐに身元を登録する方法がある筈。だが、そうなると各村単位で行える様なものでは管理が出来るわけがない。……魔法で管理していれば別だが。そうなると恐らくはここの様な都や大きな都市で管理する方が可能性としては高い。一般的な家庭なら親が登録してある時点で中に入れるだろうから登録は可能だ。

だが例えば。孤児として育った者はどうなる⁇孤児院の者が引率する可能性はあるが全てではないだろう。それに、登録自体が年齢的な縛りがあった場合それまでに中に入れる身内が全て居なくなっていたらその者は登録が二度と出来ない話にならないか。独り立ちした後に身分証を紛失した場合も同じだ。となれば、何かしら保障だったり手順だったりがある筈だろう。安定なのは……‼︎


(やはり記憶喪失か。実際この世界について殆ど分からないからな。この際名前負けしているのも嫌だし全て忘れた事にして名前を新たにつけてもらうとしよう‼︎)


 愚直ではあるが一番話す事に破綻が生じにくい記憶喪失を利用してこの場を乗り切る。それが最良の策だろう……‼︎


『そんなもの信じられると思うか。』


 開口一番。真っ向から詰問官の女性に突っ撥ねられた。嘘でしょ……。


「いや、しかしだな。俺はこの街どころかこの世界の事すら記憶にない。気がついたら荒野にいた。俺はそこから所持していた地図だけを頼りにここまで来た。偽りはない‼︎」


 嘘は言ってない。全て事実である。その証拠にと手荷物を机の上に勢いよく乗せ、中を見ろと指を指す。対し詰問官の女性はムッとしながら中身を見ると一転して唖然としながらこちらを見た。


「……おい貴様。この持ち物でどこら辺から来たのだ⁇」


「だいたいこの辺りだ。赤い線があるだろう。これが俺の進んだ道だ。これより前は何処にいたかなんて分からない。」


 謎の空間にいた上にその前は世界が違うからな。と心の中で言いつつ地図を指差す。すると今度は眉間に皺を寄せてこちらを睨んできた。


「嘘を言うな‼︎ここからこの都までどれ位距離があると思ってる⁈それをこの程度の持ち物でしかも素手とか生きている方が不思議だぞ⁈⁈」


「ああ。意識が途切れる寸前だったからな。途中で商人の男に水を貰えなければ俺は死んでただろう。」


  そういえばとばかりに俺は足元に置いていた壺も机の上に置く。あの商人が本当にこの街から来ていたのであれば、この壺にも彼の商売道具と分かる何か印がある筈である。


「んん⁇この壺は……ほう。成る程。確かに貴様が検問を受ける数時間前にこの街を出た商人の物だ。となると、ふむ。貴様の発言は嘘偽りの無い……いや、しかしだな。んん……。」


 そのまま詰問官は頭を左右に何度も捻りながら部屋の中を歩き回りやがてこちらを向いて指をさした。


「ええい。面倒だ。それならば登録を行なっている部署まで行って過去に貴様の登録が無いか照らし合わせる。それで無ければ新たにここで登録するがいい。もしあればそれを元に貴様の正体を精査する。いいな⁈」


 おし、なんかギリギリだったけど何とか通った‼︎しかしそれにしても無害認定を受ける事が多い俺の顔なのにこんなに怪しまれるとは。少し予想外である。


 何はともかく、俺はそのまま詰問官と共に登録部署まで同行する事になった。

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